ヤシ
水着が届いたので、ひそかにファッションショーをするなどした。おお、まだまだイケるんじゃないかあたし。若干お腹がぽっこり気味なのが気になるが、それでも十分似合うと思っていいはず。
大昔に亡くなった祖母が使っていた姿見の前でくるくるしていると、
「……なにしてるんです?」と、カメリアさんに見つかった。恥ずかしい。だがカメリアさんも水着だ。真っ赤な三角ビキニ。白い肌に華やかに映えている。
「カメリアさんこそなにしてんの? 寒くない?」
「寒いですよそりゃ。でも似合いますか? 派手過ぎません?」
「似合う似合う。超似合うよ、カメリアさんみたいなのがプールサイドを歩いてたら、男子の目は釘付けだ」あたしはそう言い、自分の水着姿を見る。まるで、パルムをおいしいと思っていたら横からハーゲンダッツが出てきた気分。
「アジサイさんの水着、控え目で人間の国って感じがしていいですね」
「ありがと。明日の休業日に間に合ってよかった。これだからネット通販はやめられない」
というわけで、翌日列車で県都に向かった。二時間列車にゆられて、カメリアさんとお喋りをした。カメリアさんは、魔法の国の思い出を少し話した。
「魔法の国にも、友達はいました」
「……友達。その子はどうしたの?」
「わたしが寝込んでるうちに、人間の国に行ってました。もう会っても顔もわからないと思います。男の子って子供から大人になると顔すごく変わりますよね」
「そうだね……そいつ男の子だったのかあ」妙に悔しくなる。カメリアさんは微笑み、
「好きとか嫌いとかそういう関係じゃないですよ。ただの友達です」
と答えた。心を読まれているようでどきりとした。列車は県都についた。
駅前のバス停から温水プールに向かうバスに乗り込む。それほど人は乗っていない。ガラガラに空いているといっていいだろう。温水プール前のバス停で降りると、カメリアさんは目をキラキラさせて、
「わあすてき……!」と、そのガラスを用いた建物を見上げた。
中に入るとむわっと温かい。女子更衣室で水着に着替えてプールにつくと、プールもびっくりするほど人がおらず、人の来ない花屋をやってる人間が言うのは盛大なブーメランなのだが、採算がとれているのか不安になった。
「なんですこれ! 水がぐるぐるしてる!」
「流れるプールだよ。入る前に準備体操して……」
体をポキポキ言わせてから、レンタルの浮き輪を借り、流れるプールに入った。子供のころは足のつかなかったプールは、思ったよりずいぶんと浅かった。
しばらくなんの意味もなくぐるぐるとプールに流されて遊んだ。
プールサイドにはヤシの木が植えられていて、でも日光が足りなくて徒長気味だ。温水プールをぐるぐる流されていると、唐突にヤシの木の影から水鉄砲で狙撃された。
「うぉぶっ!」変な悲鳴が出る。カメリアさんは「やった!」と叫んでプールに飛び込む。どうやら水鉄砲を借りてきたらしい。
カメリアさんはあたしのつかまっている浮き輪につかまると、
「たのしいですね!」と心底楽しそうに言った。
「ヤシの木も植わってて、南の島みたい」
「ごめんねー本物の南の島に連れていってあげられなくて。しかし貸し切りというのはすごいな、どんだけ騒いでも怒られないぞ」
「よぉし」カメリアさんは水鉄砲――相当火力、水力? のある、ごついやつ――に水を装填すると、すいすい泳いで狙撃してきた。……なんだかくやしいのであたしも水鉄砲を借りる。それでカメリアさんを狙撃する。
「ぷわー!」
カメリアさんはそう声を上げると、嬉しそうにばしゃばしゃした。
「アジサイさん、あれはなんですか?」
カメリアさんはウォータースライダーを指さした。説明すると、カメリアさんは流れるプールから上がって、ウォータースライダーの階段を上りざざざーっと流されて中央のプールにドボンと落ちた。
「なにこれ超たのしい!」カメリアさんは楽しそうだ。あたしまでなんだか楽しくなった。しかし「超たのしい」という言い回し、あたしのぞんざいな言葉使いをうつしてしまったみたいで申し訳ない。あたしもウォータースライダーで滑ってみることにした。
階段がまずはちょっと怖い。結構長さのあるウォータースライダーである、勢いよく飛び出したら鼻に水が入りそうだ。とにかく勇気を出して乗ってみた。一瞬で何メートルも駆け下りて、中央のプールにだぼんと落ちる。
「っぷはーっ! 死ぬかと思ったーッ!」
「死なないですよそんな簡単なことで」その通りだった。
ちらとカメリアさんをみる。家では薄暗くて気付かなかったが、まだうっすらと、体をつなぎとめる縫い目が見える。
あの悪魔はカメリアさんの青春を喰いつくしたのだとタチバナさんは言っていた。カメリアさんは人間が本来味わうべきだった青春を奪われたのだ。なんと悲しいことか。
それを取り戻すために、いまカメリアさんは夢中で泳いでいる。本当なら友達ときて、友達と一緒に遊ぶべきところを……あれ? ……あたしって、カメリアさんの友達だよな。
わからない。
わからないけれどカメリアさんと友達だということにしておこう。
いまさら迷うことか。あたしはカメリアさんの友達なんだ。
さて、温水プールは温泉を引いて温めているので、だんだん泳ぐうちに湯あたりみたいな気分になってきた。しばらく休もうとプールを上がり、プールサイドにある軽食コーナーでなにか水分を摂ることにした。
「軽食 ヤシの木」という、南国を思わせる軽食コーナーで、とりあえずレモネードを発注した。一杯百三十円。二人でしばらくそれを飲んで、ひとつため息をついて伸びをする。
カメリアさんは「長い髪は結ってください」という規則に従い、髪を高々と結いあげている。端的に言ってとてもかわいい。あたしのほうは便利さ優先で短くしているのでそういうかわいいことができない。
「髪伸ばそうかなあ。カメリアさんの髪型かわいい」
「アジサイさんはそれが似合うと思います」
褒められているんだろうか。わからないが飲み干したレモネードをさげて、体をポキポキした。
「さすがにもう湯あたりだなー。そろそろお昼もだいぶ過ぎるし、出てなにか食べよっか」
「じゃあ、じゃあ最後にアジサイさんとウォータースライダーしたいです!」
「お、おう……わかった。いこう!」
二人で手をつないでウォータースライダーを滑った。鼻に水が入って盛大に噎せてしまった。
でも、なんというか「幸せ」というものの形を見た思いがした。
二人で浮き輪や水鉄砲を返却し、シャワーを浴びて着替え、髪を乾かした。プールは常夏かもしれないが外は初冬である。髪は実にしつこく乾かし、誰もいないのでカメリアさんの髪もついでに二人がかりで乾かした。
着替える。ついさっきまで常夏だったのがウソみたいな冬の服。プールの建物を出る。県都は地元よりかは往来の人が多い。
カメリアさんのお腹が「ぐううー」と鳴った。
「何食べようか……あ、いいとこ知ってる。すごくカレーのおいしい喫茶店」
「カレー……ですか。カレーならアジサイさんの作ったやつが好きです」
「あんな貧相なブタコマのカレーじゃないよ。もっとすごくすごくおいしいやつ」
カメリアさんは困ったように笑った。ああ、あたしはカメリアさんの意思を無視してしまったのか。後悔がじわっと湧いてきた。
とにかく、高校生のころ友達とよく行った喫茶店は無事に営業しているようだったので、そこに入った。ドアベルがからんころーんと陽気な音を立てた。
「なにか体の温まるもの発注しよ……」とりあえずカレーが無事だったのでそれに狙いを定め、カメリアさんにメニューを渡す。カメリアさんは速攻で、「これにします!」と指さした。
それは、……超デカ盛り花瓶パフェだった。
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