ブルーベリー
「ちょ、カメリアさん。無理があるぞ無理が。デカ盛り花瓶パフェって、死ぬほどでっかいんだよ。二人じゃ無理だよ。無理無理無理」
「やりもしないで無理というのは臆病です」そう言ってカメリアさんはウェイトレスさんに
「デカ盛り花瓶パフェひとつ」と発注する。
「チョコレートとブルーベリーのどちらにいたしますか」
そう訊ねられて、カメリアさんはあたしをちらっと見た。
「高校のころチョコレートのほうに挑戦して死にかけたからブルーベリーにしよう」
そう提案して、カメリアさんは「ブルーベリーで」と言う。ウェイトレスさんは頷いて厨房のほうに戻っていった。ああ……カレー食べたかった。
高校のころ、友達とプールに遊びにいったり買い物したりした帰りに、この喫茶店によく来た。ふだんはカレーを食べていたけれど、あるときふざけてデカ盛り花瓶パフェを発注し、地獄を見た。
まずは生クリームのくどさが地獄。チョコレートの甘さが地獄。アイスクリームの冷たさが地獄。
あの若かったころすら地獄だったデカ盛り花瓶パフェを、果たして楽しく食べることなんてできるんだろうか? わからないが注文してしまったものは仕方がない。
「高校の友達って、どんな人ですか」
「んーとね、お父さんが公務員で、おうちは裕福だったなー。しょっちゅう県都の買い物に誘われてさ、正直そんなお金どこにもなかったんだけど、見栄を張りたくて一緒に行ったんだ」
「買い物……ですか。なにを買うんですか?」
「県都にあるデパートの洋服売り場で、地元じゃ買えないブランドものの服とか買ってたな。あたしはニコニコして買い物を見てるか、バイト代の使い道を必死で考えてスカート一枚買うとかそんな感じだった」
「……なんだか嫌な感じですね」
カメリアさんは顔をしかめた。あたしは変に穏やかな気分で答える。
「嫌な感じ……っていうか、その子は『お金がない』っていう状況がよく分かんなかったんだよ。価値観が合わないんだ。結局SNSを見張られて、気持ち悪いと思ってたら喧嘩になってそれで縁がきれちゃった。本当の友達なら、喧嘩したって仲直りできるのに、もう何年も連絡してないのを見るとやっぱり仲直りは不可能だよ」
あたしはそう言って笑った。若気の至りだ、と。
「友達……って、むずかしいんですね」
「難しくないよ。一緒にいて楽しければ友達でいいんだよ。だから、そいつとは昔友達だったし、今はカメリアさんと友達なんだよ」
「……いつか、わたしも友達じゃなくなるんでしょうか?」
「なぁにを思いつめてるのさ。うちの祖母は女学校の友達を、八十過ぎても『ナントカちゃん』って呼んでたよ。十代で出会ってから七十年ちかくちゃん付けで呼べる友達だっているんだよ」
「わたしはアジサイさんの、そういうものになれますか?」
「それは……五十年経ってみないとわかんないな」
カメリアさんは露骨に悲しそうな顔をした。あたしは少し困りながら、
「とりあえずいま、友達なんだから、いま友達でいいんだよ。先のことなんてわかんない」
「そう……ですよね。あ」
来た。デカ盛り花瓶パフェ。ブルーベリーの紫色が鈍く輝いている。
でん! と置かれたパフェと、二本の長いスプーン。それではいただきますと手を合わせる。
まずはてっぺんの生ブルーベリーを、カメリアさんが食べた。その次にウエハースをあたしがばりばり食べた。アイスクリームはバニラ味とヨーグルト味とがあるようだ。
「最初の一口はおいしいんだけどねえ」
そんなことを言いながら食べすすめる。カメリアさんは結構な食欲で、もぐもぐとアイスクリームを食べている。食べても食べても終わらないデカ盛り花瓶パフェを、あたしとカメリアさんは黙々と食べた。
だんだん気持ち悪くなってきた。うぇっぷ、となる。
「コーヒー頼みましょう。お腹があったまります」
「すいませーんコーヒーふたつ!」
コーヒーはすぐ出てきた。それを飲みつつパフェと戦う。
「……なんか、ごめんなさい」
カメリアさんは明らかに後悔している顔だ。そのしおらしい顔がおかしくて、
「大丈夫だよ。なんとかなるなる」と言ってヨーグルトのババロアをちゅるちゅる食べる。カメリアさんの顔色がなんとなく悪くなってきた。
「これ、食べ終わったらなにかあるんですか?」
「ああ、テレビでよくデカ盛りグルメとかやってるもんね、制限時間内に食べ終えるとお代無料とか。たぶんなんもないと思うけど」
「ええっ。じゃあ1980円お支払いの方向なんですか」
「そうだよ。お、ブルーベリージャムの層にたどり着いたぞ」
ブルーベリージャムをヨーグルト味のすっかり溶けたアイスクリームとかきまぜて食べる。もうほぼほぼ液体だ。
「ああう……胃拡張になりそうです」
「頼んじゃったもんはしょうがない。食べるしかない。ね? がんばろ」
カメリアさんを励ます。誰が頼んだのか分からなくなってきた。
それでもとにかく一番底まできた。あと二口か三口くらい。
「はあ……あとちょっと……」
「よおし。頑張って食べようじゃないの。がんばろ」
カメリアさんと頑張って、パフェをすべてやっつけた。食べ終えたのをウェイトレスさんが確認して、花瓶を挟んでチェキを撮ってくれた。1枚はあたしに渡して、もう1枚は店に貼るようだ。
壁に画鋲で止められたチェキには、日付と、「帚木紫陽花」「カメリア・ローズ」の名前が書き込まれていて、なんだか見ているだけでニコニコしてしまった。
「これ次回のコーヒー無料券です」マスターが2枚、コーヒーの無料券をくれた。予想外だった。ただのデカ盛りではつまらないからとこういうサービスを始めたのだろうか。
「ラッキー。次に来たらカレー食べてコーヒー飲もう」
無料券を財布に仕舞いそう言うとカメリアさんはくたびれた顔をして、
「そうですね、変なもの頼まないでカレーにしておくべきでした」
と、そう答えた。心底後悔している顔だ。
「でも楽しかったじゃん。二人でモンスターと戦ってるみたいでさ」
あたしはそう言ってカメリアさんの背中を叩いた。
「そうですか? ……ごめんなさい。青春って、こういうことなのかなって思っちゃって」
カメリアさんは小声でそう言った。あたしはアハハと笑って、
「そうだよ、青春だよ。カメリアさんは確実に青春を取り戻してる。青春は失敗することだ」
「……青春は、失敗すること」
「そうだよ。失敗すること。いっぱいいろんな失敗して、ちょっとずつ大人になっていくことが、青春だよ」
カメリアさんは、やっと笑顔になった。
「青春のなかには、ずっとはいられないんですもんね」
……その笑顔は、すこしさみしそうに見えた。まるで、ずっと子供でいたかったとでも言いたげな表情で、だからあたしはダメ押しの一言を言った。
「そうだね――春はいつか夏になるからね。いつか大人にならなきゃいけない。その途上の、自分を愛さないと」
あたしは、そう偉そうなことを言った。カメリアさんは、えへへ、と笑った。
お代を支払って喫茶店を出た。バスで県都の駅に戻る。
「ほら、そろそろ帰りの列車の時間だよ。……どうしたの?」
「また来ましょうよ。デカ盛り花瓶パフェはともかく、洋服買ったりカレー食べたりしに」
「……そうだね。そうしよう。きょうはもう時間切れだ」
二人、寒い駅のホームで、冷え切ったお腹をしんどく感じつつ列車を待った。
列車で帰る道、二人して眠ってしまった。
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