クローンコエ

 プールにいきデカ盛り花瓶パフェに挑戦した次の休業日。あたしはテープ起こしのアルバイトをしていた。地元の郷土史家のおっちゃんが喋ったことを原稿に起こすだけの簡単なお仕事である。レコーダーを停めたり進めたり戻したりしながら、ボロボロのパソコンに講演の内容を打ち込んでいく。


 カメリアさんは退屈そうに魔鏡をぽちぽちしている。あたしの仕事が半分くらいできたところで、

「プリクラってなんですか?」と訊ねてきた。


 えらく懐かしいものが出てきた。写真を撮ってそれに絵や字を書き込めるものだ、と説明する。カメリアさんはふむ、と納得して、

「アジサイさんは撮ったことあります?」と訊ねてきた。

「一応……直近のは成人式の日に撮ったやつだなあ。もう九年もむかしだ」

 あたしは引き出しからプリ帳を取り出した。成人式の日に振袖を着て撮ったやつが出てくる。友達はみんな正絹の振袖や総絞りの振袖なのにあたしだけペラい貸衣装なのが恥ずかしい。


 異様に盛られた顔や「青春オワタ」という夢のない書き込みにひどく悲しくなってしまった。これ、カメリアさんに見せていいんだろうか。

「いいもんじゃないよ、さすがに二十歳過ぎて撮るもんじゃないな」

 プリ帳をカメリアさんに渡す。カメリアさんはそれをしみじみと見て、

「たのしそう」とつぶやいた。

「いまならスマホアプリで似たようなことが」

「プリクラ、撮りにいきましょうよ! どこで撮れるんですか?」

「いやそりゃあゲーセンだけど、アラサー二人で行くとこじゃないでしょうよ……」

「いいじゃないですか、楽しいのに年齢は関係ありませんよ」

 ド正論なのであった。仕方がないので、テープ起こしを終わらせた夕方、フラワーハハキギの軽トラに乗り込みゲーセンに向かった。ゲーセンは学校帰りの中高生でごった返している。


「うわー……こりゃハードルたっけえなあ」思わずそんなセリフが出る。カメリアさんは、

「なんでです?」とよく分からない顔。だって本職の女子中高生がいるなかプリクラ撮るのは恥ずかしいでしょうよ、とつぶやくと、カメリアさんははじける笑顔で、

「いいじゃないですか! なんも恥ずかしいことないです!」

 と空気を読んでくれと言いたくなるセリフを発した。


 とりあえずプリクラ機の筐体に描かれた、盛り放題に盛ったモデルの写真を眺めてから、少しゲーセンの中をうろつくことにした。

「これはなんですか? ぬいぐるみがたくさん」

「UFOキャッチャー。やってみる?」

 小銭をちゃりんと入れて、カメリアさんはUFOキャッチャーに挑戦した。

 三回やってすべて空振りだったのであたしがお手本を見せる。見事、よく分からないキャラクターのぬいぐるみをゲットした。でかくて邪魔だ。


 中高生の数が目に見えて減ってきた。バスの時間なのだ。というわけでプリクラに向かう。

 ちゃりんちゃりんと小銭を投入し、ライトの形を☆にして、美白モードを選ぶ。カメリアさんが修正液並みに真っ白くなる可能性も捨てきれないが、まあやるだけやってみよう。


 顔も限界まで盛ってみることにした。ぱしゃ、と二人で写真を撮る。

 写真の出来に、思わず二人で大笑いした。

 真っ白だ。盛りすぎにも程がある。顔は真っ白、目は漫画のごとし。カメリアさんはしばらくヒィヒィ笑って、それからその写真で決定し、筐体の外に出る。


「ここで落書きするんですね」

「そう。何描こう。背景がこれじゃつまんないな」というわけで背景塗りつぶし機能でキラキラにする。盛り上がって見えるペンで、

「アラサーが青春して何が悪い」「あじさい」「かめりあ」

 と、あたしが書き込んだ。カメリアさんはうれしそうだ。


 二人で分けられる枚数にプリントし、しばしのちぱさっとプリクラが取り出し口に落ちてきた。

「これがプリクラ……!」カメリアさんはしみじみと感動している。いやそんな感動することだろうか。ゲーセンのお兄さんからハサミを借りてプリクラを分ける。

「楽しいですね」

「そりゃーよかった」あたしはそう答えてゲーセンの入り口をちらと見た。げっ、中学の同級生だ。しかも二人。しかも二人とも子連れだ。


 顔を合わせると面倒だけれど、ゲーセンの出入り口はそこ一か所。どうしよう……。

「どうしたんですアジサイさん」

「いやその……あっちからくる二人、中学の同級生で、どっちも子供がいて、あたしはなるべく顔を合わせたくないというか」

「あれー? あじすじゃん! どしたの、ゲーセンなんか」

 無神経なことに片っ方がそう話しかけてきた。あたしは怖くなった。


「あ、い、いやその、うちにホームステイしてる子がプリクラ撮りたいっていうから」

 キョドりつつ逃げ出しの体勢に入る。

「あーじゃあさプリ交換してよ」

「あ?」思わず喧嘩腰の返事が出た。


「ウチらもさー、うちのはるとが二つになった記念にプリ撮ろうよってなってさー」

「へ、へえー……」

 まさにドン引き。だが致し方ない、その二人がプリクラを撮影し終えるのを待つ。


 彼女らのプリクラは、実に陽気に「はるるんにさい」「あやね」「まこ」「みら」の文字が並んでいた。赤ん坊との記念写真をプリクラで撮る謎の感性にビビりつつ、プリクラを交換する。


「プリ交換とか久しぶり過ぎてなついねー」

「そのYOUはあじすんちにホームステイしてるの? なに人?」

「あのさ、外国人に『なに人?』って訊くのはどうかと思うよ」


「アハハハあじすおもしろーい」なにを面白がられているんだろう。とにかく不愉快だと思った。はやくこいつらから逃げたい。あたしの中に怒りが蓄積していくのがわかる。

「アジサイさん、早く帰りましょうよ。録画した深夜番組見ましょう」

「お、おう。じゃあね」

 というわけで急ぎ足でゲーセンを出た。深夜番組なんて録画していないのだが。


「アジサイさん、明らかに怒ってましたよね」

「そりゃそうだ、カメリアさんをあんなふうにいじられたら怒るよ」フラワーハハキギの軽トラに乗り込む。カメリアさんもくたびれた顔だ。


「なんなんでしょうあの人たち……子供がいることってそんなに立派なことでしょうか」

「やっぱりそこ、そう思う? あいつらは中高生のころから人にマウントとるの好きだからしょうがないってもんよ。子供がいるのが偉いなら子宝草は大統領だよ」


「こ、子宝草?」カメリアさんがいぶかるので、クローンコエという多肉植物だ、と説明する。葉のふちに小さな芽が出て、それがぽろっと落ちてそこからまた生えてきて、という地獄のごとき増え方をする多肉植物である……ということを説明する。


 カメリアさんは大きな声で笑った。耳が痛くなるレベルの声で笑った。

「子供がいるのはさ、人生オールグリーンだからなんだよね」あたしはそうつぶやく。


「普通に大学を出て普通に勤めに出て普通に結婚して、普通に子供がいる。それを世の中は当たり前だと思ってるけど、勤めに出られない、家を守るしかないあたしの立場はどうなる。そりゃ子供を育てるのは大変だって想像がつくけど、しかし……」

「気にしちゃだめです。しょせん普通の人。アジサイさんはプロフェッショナルじゃないですか」

「プロフェッショナルて……そんなたいそうなもんじゃないよ」ため息をつく。

「アジサイさん、アジサイさんはすごくすごく頑張ってます。ああやって子供との記念写真をプリクラで撮るようなくだらない人間じゃない」

「そいつぁどうも……はあ。下らんことで怒っちまった。カメリアさん、ごめんね」

「いいんですよ。楽しかったです。この国の若者が楽しむ遊びをできて、理解が深まりました」


 フラワーハハキギの軽トラを店の横に入れて停める。降りて中に入ると、カメリアさんはプリクラをノートに挟んだ。それ魔法薬のレシピを書いてあるやつじゃないの。

 とにかく、久しぶりにいくゲーセンは、あの二人さえいなければ最高だった。

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