ラベンダー
やっぱり今日も菊しか売れなくて、いい加減退屈だと思いながら店番していると、カメリアさんがなにやらニコニコして現れた。
「どしたの、なにかいいことあった?」
「はい。親が洋服代送ってくれたんです。たまに買い物楽しんできなさい、って」
「ほおー。確かにカメリアさん、そんなに衣装持ちじゃないもんね。じゃあきょう営業終わったら、洋服見に行ってみる?」
あたしがそう言うと、カメリアさんはうんうんと頷いた。
「どこにいくんですか?」
「ユニクロかハニーズかしまむら……本当は県都のデパートでブランドのついた服を買いたいんだけどね、そういうのってアホみたいに高いから」
「その三つだとどれがいちばんおしゃれですか?」
「うーん。ユニクロはすぐ買い替えられるの前提の服ばっかだし、しまむらは探しにくいし、ハニーズいってみっか。中高生もいるけど普通におばさんも買い物してるし」
「ハニーズ……面白そう。この人間の国って面白いですね!」
「そんな面白いとこじゃないよ。ふつうの服屋だよ」
というわけで営業のあと軽トラでハニーズに向かった。ハニーズはショッピングセンターのなかにある。行ってみると特に客はおらず、ほぼほぼ貸し切りである。
「黒くない服が欲しいんですよ」カメリアさんはそう言う。
「黒い服って魔法の国のトレードマークなんじゃないの?」
「でも退屈じゃないですか、黒い服。もっと可愛いのが欲しいです」
「可愛い服かあ……こういうのは?」
シンプルなグレーのワンピースを取り出して当ててみる。カメリアさんは、
「もっとこう、ピンクとかオレンジとか、ぱっと目立つやつがいいです」と言い張る。
「ぱっと目立つやつ……かあ。目立ってなにがしたいの?」
「とくに理由はないのですが、黒とかグレーとか、なんだかさみしいじゃないですか」
「うむそれも一理あるな。こっちは」
次はピンクのセーターを当ててみる。カメリアさんの薄紅色の頬にとてもよくなじむ。
「これにします」
「セーター一枚じゃ寒いからスカートとかズボンも買おうか」と、物色する。すらりとしたスキニーのカラーデニムを気に入ったようなのでそれもカゴにいれる。
「アジサイさんもなにか買いましょうよ」
「あいにくフラワーハハキギはいま貧乏してるから、特になにも……」
「……そうですか。それなら仕方がない」
というわけでカメリアさんは服をレジに通した。
「よかったじゃん可愛い服買えて」
「うれしいです。でもここの店員さんはオススメはこれだーとか言ってこないんですね」
「そりゃそうだなんの志もないアルバイトだもん。県都までいけばもうちょっとしつこい店員もいるけど」
あ、とカメリアさんが声を上げる。子供なみにせわしなく動いて、ショッピングセンターの化粧品売り場に向かった。
「化粧品も見ていいですか?」と訊ねてくるので、いいよとOKを出す。
「これが……ファウンデーション。こっちが……アイシャドウ。うわ、すごい値段」
「そういうのだったらキャンメイクで充分だよ。これとかどう?」
「わ、かわいい! アイシャドウが五色も入ってる!」カメリアさんはキャンメイクのアイシャドウと、ちふれのファウンデーションを買うようだった。それから、とフェイスシャドウとハイライト、チークも買う。さすがに買いすぎではと思ったがカメリアさんが自分でお金を管理しているなら問題ないか、とOKを出す。
「あの、アジサイさん。アジサイさんはお化粧ってしないんですか?」
「あんまし興味ないなあ。化粧水とか乳液くらいはつけるけど」
「そうですか。うーんと……あ。マニキュアも買おう」
カメリアさんはマジョリカマジョルカのマニキュアもカゴに放り込み、それをレジに通した。はい買い物終了。家に帰る。
「わーい、いっぱい買い物しちゃった」
「よかったね」あたしはそう答える。カメリアさんは、
「アジサイさんは何も買わなかったんですね」とつぶやく。
「そうだね、欲しいものもこれといってないし……財政緊縮策をとらねばならん」
「ざいせーきんしゅくさく?」
「要するにもうちょっとお金を使うのを控えよう、ということ」
「……そうですか。ごめんなさい」
「なぜ謝る。べつに謝ることじゃないよ、ぜんぜんアリだよ。カメリアさんはカメリアさんの欲しいものを買っていいし、それはうちが貧乏なこととは関係ないよ」
カメリアさんは黙ってしまった。
とにかく家に着いて、カメリアさんは買ってきたものの整頓を始めた。
「アジサイさんもマニキュア塗ってみませんか」
「ま、マニキュア? だってあたし水仕事ばっかだからすぐはがれちゃうよ?」
「いいんです。親友の証です」
カメリアさんはマニキュアの瓶をとんと置いた。
きれいなラベンダー色だ。
「いい色のチョイスだね」
「こういう優しい色好きなんです」カメリアさんは照れたように笑う。
カメリアさんはあたしの手を取ると、あまり形がいいとは言えないあたしの爪に、そのラベンダー色のマニキュアを塗り始めた。
なんだかすごく、ドキドキした。カメリアさんは指一本一本に、丁寧にマニキュアを塗る。あたしは自分の爪が乾いたところでカメリアさんの爪にマニキュアを塗っていく。
カメリアさんの手はきれいだ。ささくれひとつなく、指はすらりと細くて長い。
「カメリアさんの手、すごくきれい」思ったことをそのまま言う。
「アジサイさんの手は、働き者の手、って感じがしますね」
「働き者の手かあー。そこまで上等なものじゃないよ。普通の荒れた手だよ」
「それこそ祖母の手が、アジサイさんの手みたいでした。野に咲く花を摘み、魔法薬を作り、たくさんの人を元気にしていました」
「……」あたしは黙ってしまった。
照れる。そんなすごい人と比較されたら照れる以外のなんでもない。
「買い物、楽しかったね」
「そうですね。今度は県都のデパートにいきたいです」
「県都かあー往復三千円はキツいなー」素直に言うとカメリアさんは慌てた。
「あ、ご、ごめんなさい。無理にではなく、えっと、その」
「大丈夫。あたしだって大人だもん、それくらいほいと出せる稼ぎはある」あたしはそう言った。半分嘘だ。フラワーハハキギの経済状況ではそうそう遠出はできない。
「次は、アジサイさんが服を選ぶのを手伝いたいです」カメリアさんはそうつぶやく。
「お、おう……ありがと……」変な感情が湧いてきて答えに詰まる。
カメリアさんの保護者でなく、カメリアさんの友達でいたいとそう思った。カメリアさんと対等な友達でいたい、とそう思った。
カメリアさんはご機嫌でテレビを見ている。なにも言えない。黙ってその姿を眺めるばかりだ。カメリアさんは中身が中学生女児なので、やることがぱたぱた変わる。
ペットボトルの紅茶をカップに注いで、少し飲む。カメリアさんも自分で紅茶をカップに注ぐ。カメリアさんはふふふと笑いながらテレビを見ていて、なんと形容すればいいか分からないが、素直に言うなら帚木家の茶の間には幸せが溜まっていた。
この幸せがずっとずっと続けばいいのに、と思った。でもいつかカメリアさんは魔法の国に帰るだろう。あたしはまた一人になるだろう。
そんなのはいやだ、とアンパンマンの主題歌が頭をかすめていく。
カメリアさんと笑いながらテレビをみているふりをして、指先ではマニキュアのムラになって段差になっているところをずっと撫でていたのだった。
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