マーガレット

「古本屋ってなんですか? 古文書とか置いてるんですか?」


 カメリアさんが唐突にそう訊ねてきた。あたしは花卉市場から仕入れてきた花を、適切な長さにカットしながら、

「えっと、そのチラシは……ブックイレブンかあ。古文書じゃないよ、読み飽きた漫画とか小説とか絵本とか、あるいはゲームとかCDを買い取ってくれるとこ。販売もやってて、普通に買うよりずっと安く買えるけど」

 と答えた。カメリアさんが持っている「激安セール! 古本屋ブックイレブン冬の大放出祭り!」とあるチラシは、近所の古本屋のものだ。どれどれ、と覗き込むと、チラシを持ち込めば割引になるとある。


「へえ……それって作者にはお金入るんですか?」

「入らないねえ。だから偉い人は古本屋はダメだっていうんだけど、でも全巻セットで漫画を買うなら圧倒的に古本屋のほうがありがたい……かな」

「はー……アジサイさんはどういう漫画が好きですか?」

「少年漫画のほうが好きかな。少女漫画に胸キュンするより胸のすく冒険が好きだなあ」

「そうなんですかぁ。漫画……は、アジサイさんの蔵書でしか知らないですけど、あれが少年漫画ですか?」

「そうだね。ジャ●プはロマンだ。オタクじゃないけど」

「ジ●ンプ」カメリアさんはそう、喋る小鳥みたいな調子でいう。


 そういうわけで、フラワーハハキギの営業時間が終わってから、軽トラで古本屋、ブックイレブンに向かった。店の看板はサッカー少年のイラストで、おそらく昔のサッカー漫画が元ネタだろう。ボールは友達、ってやつだ。


 だいぶ空いている店内を、カメリアさんとウロウロする。カメリアさんは興味深げに、コンビニの廉価版コミックスの棚を見ている。


「なんだか難しそうですねえ」

「こっちに普通の漫画もあるよ。わお、百円じゃんこの棚」


 カメリアさんはテテテと小走りでやって来て、漫画の棚を見た。適当に引っ張り出してぺらぺらめくって、また棚に戻す。それをしばらく繰り返してから、

「漫画以外にはなにがあるんですか?」と訊ねてきた。


「うーんと、あっちはライトノベルでこっちは攻略本……そっちはちゃんとした小説とかエッセイとかで、」

「攻略本ってなんですか?」

「あー、ゲーム、例えばテレビゲームとかを楽にクリアするための方法とか、アイテムがどこにあるかとかがびっしり載ってる本。あるだけでゲームが格段に楽しくなるよ。ときどき設定資料が載ってたりするし」


「てれび……げーむ」カメリアさんはよく分からない顔だ。こっちこっち、とゲームの棚まで案内する。

「これで、どうやって遊ぶんですか?」

「対応するゲーム機にいれると遊べるの。そうだ、ワゴンセールになってるやつにうちにある古いゲーム機のソフトがあるから、あたしの青春のゲームで遊ぼう」


 そう言い、あたしはワゴンセールのゲームキ●ーブのソフトを漁り始めた。高校を卒業したころに、だいたい売っちゃったはずだ。ハードはぼろっちくなっていたので金にならないととってあったはず。メモリーカードも然り、である。


「これはどうだ。ピク●ン2」

「ぴ●みん2? わ、なんか不気味だけどかわいい」カメリアさんは嬉しそうな顔をする。コントローラーはたしか二つあるはず。というわけで、かごにピク●ン2を入れる。それから、攻略本のコーナーに向かう。


「あるかな~ピ●ミン2の攻略本。ゲー●キューブのソフトの攻略本……」

 本棚を探していく。カメリアさんが、

「あの。2ってことは1があるんですよね。そっちはやらなくていいんですか」と訊ねてきた。


「うん。1は一人用なんだ。ストーリーはとくにないから、一緒に遊べたほうがいいでしょ?」

「そうなんですか」カメリアさんの納得できていない顔を面白く思いつつ、結構な規模の攻略本コーナーを見る。


「これ、違いますか」

「あーそれは1のだ。えーっと、ピ●ミン2……お、あったあった」


 攻略本をすっととる。比較的きれいだし書き込みもない。それもカゴにいれて、レジを通す。チラシを持って行ったらほんのちょっと安くなった。


「どんなゲームなんですか?」

「えっとね、すごく小さな宇宙人になって、たどり着いた星にいたピク●ンっていう生き物にいろいろ命令して、動物をやっつけたりアイテムを探して持ち帰ったりするゲームだよ」


「へえ……そんなすごいゲームがあるんですね、魔法の国でゲームっていうとトランプとかそういうのばかりなので」

「そうなんだ。あたしには一般教養だったなあ、テレビゲーム……小さいころは大好きでね、それこそ高校生くらいまでは部活の次に好きだったな。花屋を継いでからはそういうことしてる場合じゃないって辞めちゃったんだよね。ぜんぜん暇なのに」


 あたしはそう笑って、フラワーハハキギの軽トラに乗り込んだ。

 家に帰り、さっそく家探しをしてゲームキ●ーブを探す。結構夜遅くまで探してしまった。カメリアさんは眠たそうだったので無理にゲームに誘わず明日にしようと言い、オレンジ色のゲーム●ューブと、小汚いコントローラーを見ながら、あることを考えた。


 確かにこのゲームはあたしの青春だった。

 あのころは確かにいた友達と、夢中になって遊んだ。でも、だんだんみんな大人になって、「ゲームなんて色気のない遊び」とか言うようになった。


 なんで色気のない遊びをしちゃいけないんだろう。楽しいならそれでいいではないか。子供っぽくてなにが悪いのだろう。


 そこまで考えて、明日も花卉市場にいかねばならないことを思い出した。さっさと寝よう。布団に入って目を閉じる。さっさと寝て明日に備えなきゃ。


 そう思ったけれど、なんでいつの間にかゲームをしなくなったんだろう、という疑問が、頭の中をぐるぐるする。忙しくなったから? いや、忙しいもくそもないだろう。むしろ学校を終わって暇になったくらいだ。毎日やることがないもんだから紅茶を飲みつつお菓子を食べるばかりだ。なんで? なんで昔楽しかったことを放棄してしまったんだろう?


 それが大人になる、ってことなのかな。


 翌朝どうにか花卉市場に間に合う時間に目が覚めた。ちょっと寝不足になりながら、花卉市場まで軽トラを飛ばした。いつも通り菊を仕入れようと思って、ふとマーガレットが目に入った。季節外れだがどうやら温室栽培のようで、どこか南の町から届いたらしい箱に収まっている。


 ――そういやピク●ンの背景に、マーガレットが出てくるっけ。

 つい欲しくなって採算度外視でマーガレットの切り花を買ってしまった。ほかに菊とかを買って、軽トラの荷台に積みこみ家に帰る。


 店頭に花を陳列し、それから朝ごはんを食べて朝ドラでも観るか、と住居に戻る。カメリアさんが朝ごはんを支度してくれていた。いたってシンプルな、トーストとカップスープ。


「ありがと」そう声をかけるとカメリアさんは「えへへ」と照れた。

 朝ごはんを食べて、それからギリギリ間に合った朝ドラを見る。それなりにおもしろく見て、カメリアさんが魔鏡をぽちぽちいじっている様子をちらりと見る。ツイッターで朝ドラの実況をしているらしい。……カメリアさん、どこでそんな趣味を……。


「よし。そいじゃあゲームすっか」

「お店はいいんですか?」カメリアさんにたしなめられてしまった。あたしは、

「どうせ誰もこんじゃろ……いや待て、ゲームの前に食器を洗わんと」


 相変わらず、ある食器を次々出すスタイルで食事をしているので、流し台はぎゅうぎゅうである。とにかく急いでかたっぱしから洗う。


 カメリアさんとゲームができると思うだけでワクワクした。それは、子供のころ、ゲームを友達とやる約束をした日に、下校しながら感じていた思いによく似ていた。

 間違いなく、あたしは青春を、カメリアさんと取り戻しているんだ。

 ワクワクが高まる頃、皿洗いが終わった。

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