ツユクサ
さて。
ピ●ミンを開始することにした。正確にはピク●ン2だ。使うテレビは、茶の間にある地デジチューナーにつながれた古いテレビだ。
カメリアさんはしみじみとゲームキ●ーブのコントローラーを眺めてから手に取った。
「すごく手にしっくりきますね、この形」
「それの反対側をだな、この穴にぶすっと」コントローラーの端子を本体に差し込む。メモリーカードやソフトも準備OK。えへへへ、と笑って、
「ぽちっとな」と電源を入れる。この「ぽちっとな」というフレーズ、タイム●カンではなくポケ●ンで覚えたフレーズである。あたしの生まれて初めて遊んだ電子ゲームが、ポケ●ン赤なのであった。
……あれ? なんかおかしいな。設定画面が出るぞ。ディスクは入ってる……よな。改めてリセットボタンを押すと、どうにかこうにか読み込んでくれた。セーブしてある序盤のステージから開始である。まずはカメリアさんに、簡単に操作を説明する。
「この黄色いスティックを倒すとピク●ンが突撃するわけ」
「うわあーッ! すごーい! テレビの中のものがわたしの命令に従って動いてるーッ!」
そんなにすごいことかな。魔法の国の文明程度を思えばファミコンくらいはありそうだというと、カメリアさんは異世界人を見る目で(まあ事実異世界人なのだが)「ふぁみ……こん……?」と首を傾げた。どうやら魔法の国にはファミコンすらないらしい。
「魔法の国って幻想郷みたいなとこだと思ってた。ゲームキでサッカーする話があってさ」
「幻想郷、ですか? えーと……東●プロジェクト」
さらりと出てきた。なぜに、と聞くと魔鏡でピク●ブを見ているらしい。よくまあそんなオタクめいたことを……。
「アジサイさんはスポーツをするから東●プロジェクトとか知らないとばかり」
「するから、じゃないよ。してただけ。東●プロジェクトはねー、前に言った裕福な友達が都会の大学に入って、『同人書店で代理購入するし、遊びに行ったときに届けるからやろうよ』って言われて無理くり買わされたんだ。それなりにおもしろくやってたし、音楽も好きだったんだけど、なんか……その友達と縁が切れたときに、メルカリに投入して片付けちゃった。音楽CDはとってあるけど」
「へえー……あっ。ああっ。なんかでっかい生き物が迫ってきます!」
あたしは攻略本を開いてカメリアさんに入れ知恵した。
「そいつはチャッ●ーだ! 正式名称ベニデメマダラだ!」
「ちゃ、チャ●ピーですね! どうすれば!」
「ピク●ンを投げるんだ! 足元から襲っても大して攻撃にならないから!」
「こ、こうですかっ!」
「そう! なかなかスジがいいよカメリアさん! あたしより上手いかもしれない!」
というわけでしばしチャッピーと戦った。それなりに損害も出たが無事に勝った。
「で、それを運搬して、ピ●ミンを増やす……と」
「おおー……ハラハラドキドキ……まだバクバクしてる……」
カメリアさんは本気で緊張したらしく、うっすら汗をかいている。
「そこにある牛乳瓶のふたも運べるよ」
「牛乳瓶……あぁ、温泉に行ったときアジサイさんが飲んでたやつ……とも違いますね」
「いまはプラスチックのフタだからね。昔はこういう紙のフタを、ピックでぱこんと外してたんだ」
カメリアさんの操作する赤青黄色の軍勢は、牛乳瓶のふたをわっせわっせと運んだ。向こうにツユクサが生えている。その実を採取すると有利になる。それを説明すると、
「ツユクサ……ですか。これが? 人間の国のツユクサってこんなんなんですか?」
「ううん。これはゲームの中だけ。本物はちゃんと青いよ」
あたしはスマホをぱっと出してツユクサの画像を検索した。カメリアさんは、はへー、としみじみみて、
「魔法の国のツユクサと同じですねえ。清々しい青。やっぱり夏に咲くんですか?」と訊ねてきた。
「うん。うちの前にいっぱい生えてたけど、除草剤で雑草と一緒に枯らしちゃった。一人だと草むしりが追い付かないから……ああっ! カメリアさん! 画面見て画面!」
「ぎゃーっ! なんですかこれぇ!」
画面ではヘビ●ラスがピク●ンにがっついていた。倒し方を説明するとカメリアさんは毅然とヘビガ●スをやっつけてみせた。やっぱりスジがいい。
「カメリアさんスジがいいよ……あたしこれ全然ダメだったもん、三日かかって倒し方覚えたもん。……モン●ンのモ●ブロスもそんな感じだったな」
「モ●ハン……?」
「もっと殺伐としたゲームだよ。モンスターを狩る狩人になって、モンスターをやっつけてその革とか骨とかで武器防具を作ってもっと強いモンスターと戦って、っていう」
「そんなのもあるんですか。わたし、いい加減自力でこのでっかい生き物にパンチしたいです。モン●ン、やってみたい!」
「……P●Pどこやったっけな。さっき言ったのと別の友達がさ、短大終わって帰って来て、その子のお父さんが家にいる仕事ですごいゲーム好きで、中古の2ndで遊んでて、一緒にやろうって巻き込まれたけど、……そいつもなんだかんだ仕事探して都会に行っちゃってさ」
あたしはそうため息をついて頭をポリポリした。実に懐かしい話だ。この街に生まれ育った子供は概ねみんな外に行ってしまう。ここにはろくな仕事がない。あたしはこの花屋を継がねばならなかったからここにいるだけ。友達なんて葬儀屋のアイツくらいしか地元にいないもんな。ため息がまた出る。
「幸せが逃げちゃいますヨ」
「うんわかってる。ピ●ミン、どうだった?」
「楽しいですけど自力でパンチできないのがつらいですね」
そんな話をしているとストーブが灯油切れのランプを点滅させた。灯油タンクを引き抜き、給油する。あ、やっべ。P●P、当時中学生のはとこに譲ったんだった。ちょうど、父さんの葬式があって、そこで久々に会ったはとこがモ●ハンやりたがってたから。
「あのさカメリアさん、いま思い出したんだけど、P●P……昔親戚に譲っちゃってさ。友達が仕事探して出ていったのが地味にショックで……カメリアさん?」
カメリアさんは、ピ●ミンを放置して、オ●マーのパンチで原生生物と戦っていた。
「おらおらっ。くらえ~」
楽しそうだから何も言わないでおくか。カメリアさんの言動が乱暴になるのは困るが、ゲームをして人格がゆがむんならあたしなんかとっくに殺人鬼だ。
さすがに五~六分パンチで戦うと無力さを悟るらしく、普通にピ●ミンを操り始めた。カメリアさんは中学生女児のような集中力で黙々とピク●ンを遊んでいる。
ちょっと羨ましかった。こういうふうに、自分もなにかに夢中になりたい。
ぴーんぽーん。玄関チャイムが鳴った。はーい、と出ていくと神経痛魔女のキヨ江さんだった。
「あの子はどうしたかね」そう訊ねてくるので正直に答える。
「古いテレビゲームに夢中ですけど」
「そんなのやってたら馬鹿になっちまうよ」うわ、テンプレおばあちゃんの意見。
「だったらあたしはかけ算九九もできないことになりますね」
「……まあいいさ。薬は?」そう言われてあたしは茶の間でゲームに夢中のカメリアさんに声をかけた。もうすでにダンジョンみたいなやつに突入している。かくかくしかじか、と伝えると、
「ああっ。忘れてました。大至急で作るのでその透明なやつやっつけといてください!」
と言われた。画面を見るとアメ●ウズがローラーをごろごろしながら接近してきた。うえっ、これ中学生のころいっぺんも倒せないで終わったやつだ。紫ピ●ミンを投げればいいんだっけか。とにかくやってみる。
カメリアさんが魔法薬を完成させるころ、あたしは中学のころどうあがいても倒せなかったアメボ●ズをやっつけていた。これが成長というやつか。
カメリアさんが戻ってきたので、それから半日、ピク●ン2の対戦モードで遊んだ。カメリアさんはなかなか手ごわかった。中学のころ友達にどうあがいても勝てなかったのを思い出した。
なつかしさと嬉しさと、一抹のさみしさが胸をよぎった。
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