サボテン

 夜中、変な物音で目が覚めた。

 なにやら物置きのほうからガサゴソ音がする。……ああ、物置はタチバナさんが使ってるんだった。しかし寝返りを打ったとかそういう感じの物音じゃない。明らかになにかやっている音だ。


 魔術師だしなんかヤバいことしてるのかな。恐る恐る起きて物置きの様子をうかがう。タチバナさんは着替えている。どこかに出かける気だ。


 あたしはそっとカメリアさんを起こした。カメリアさんに、

「タチバナさんがどこかに出かけようとしてる」

 と伝えると、カメリアさんは難しい顔をして、

「儀式……ですかね。つけてみましょうか」と提案してきた。とりあえずあたしらも着替える。


 玄関を開けた気配はないので窓から出たようだ。すっと窓から追いかけるが、開けっぱなしってどれだけ不用心なのよ。ちゃんと閉める。まあ、玄関前のサボテンの鉢の下に、玄関の鍵を隠しているあたしが言えた義理じゃないか。


 遠くを歩くタチバナさんは、黒い長いコートを着ている。ひらひらした飾りがいっぱいついていて、カメリアさんがいうには「魔術師の正装です」とのことだった。タチバナさんは、この間花卉市場に行くときに見た、悪魔教徒がたくさんいた十字路に立った。


 そして、手にもったいかにもハリー・ポッターみたいなステッキを軽く振った。ばちばちと空間が爆ぜ、タチバナさんの姿が一瞬にじんだかと思うと、輝きながら眼鏡と猫耳と猫しっぽが現れた。それはまるで合体変形ロボみたいにしてタチバナさんにセッティングされ、タチバナさんはそこでくるりと一回転した。


「やっぱり儀式だ」あたしがそうつぶやくとカメリアさんは頷いた。


 ――んん? 向こうからなんかくるぞ。灯りはついていないけどパトカーだ。パトカーからお巡りさんが降りてきて、タチバナさんに声をかけた。


「あの人たちはなんです?」

「お巡りさん……警察官。そっか、タチバナさんってぱっと見が子供だから補導されちゃうんだ」

「ほ、ほどう……?」

「夜中に出歩いている子供や悪いことをした子供を、警察に連れていって叱ったりすること」


 自分は補導されたことがないのでそう説明せざるを得なかった。本当は叱るだけで済むことでもないのだろうという気がする。


 とにかくタチバナさんは必死の抵抗にも関わらずパトカーに乗せられてしまった。


 このままではまずい、と思って、あたしはパトカーに駆け寄った。

「あのっ」

 声をかけるとお巡りさんは眠そうな顔を上げてあたしを見た。


「なんですか。もしかしてこの子の知り合いとか?」


「アジサイくん。頼む、助けてくれ」


「えっと、この人がその子のいとこで、わたしがその子とこの人の下宿の管理人です。夜中に出かけていったので、なにをしているのかと思ってつけたんです」


「困るよーちゃんと見張ってくださらんと。はい、迎えに来てくれてよかったね。夜中に出歩くのは危ないからね、魔法使いごっこをするのは昼間!」


「ぼ、ぼかぁ魔法使いじゃなくて魔術師で」


「はいはい。じゃあ気を付けて」


 というわけでタチバナさんは解放されたわけだが、なにやらぷりぷり怒っている。


「どういうことなのかねアジサイくん! 魔術師が魔術をするのも認めておらんのかねこの国というところは!」


「あのねタチバナさん。この国では子供が夜に出歩いてるとこういうことになるわけ。タチバナさんは見た目が子供だから、当然こうなるわけ。そして世の中のほとんどの人が、魔法や魔術なんて区別もつかないし、それどころか信じちゃいないわけ」


「ぐ、ぐぬう……!」


 憤慨するタチバナさんをちらっと見てから、あたしはあくびをして、


「帰るよ。いつまでもここにいちゃいけない」


 と、タチバナさんの手を引っ張った。タチバナさんは仕方なく、といった様子で、帰り道を歩き出した。


「でも、耳も目も尻尾も、まめにアップデートしてやらないと、パフォーマンスが低下して」


「昼間はできないの?」


「昼間だったら確実に車にひかれるんじゃないですか」


 カメリアさんに言われて気付く。確かに昼間にやってたら車にひかれるな。あの通り、昼間はそこそこ交通量多いし。


 というわけで家に戻ってきた。玄関のサボテン――月下美人――の下から鍵を取り出し玄関を開ける。月下美人はつぼみをつけている。そう遠くないうちに咲いて、枯れてしまうだろう。なんだかそうなったらさみしいな。


 家に入って時計を見る。すっかり明け方。そろそろ花卉市場にいかねばならない。眠いので、缶コーヒーをぐびぐびーっとやって、花卉市場に出かけることにした。


「二人は寝てて。帰ってきたら朝ごはんにしようか」


「わかりました」


「うむ……待て。いつもこうやって、明け方に出かけるのか? そのカキイチバとやらに」


「そうだよ、腐っても花屋のはしくれだからね」


「それならぜひ、魔術でパーツをアップデートするのを、見守ってはもらえないか」


「はい?」


 よく分からない申し出。しばらく考えて、なるほど保護者がいれば補導されないという考えなのだろうと思い至る。


「いいけど、それって頻度は?」


「月イチだ」


 月イチ。それならいいか。とにかく寝ていろと言ってあたしは軽トラで家を出た。


 月下美人は花が咲くと枯れてしまう。あたらしいサボテンが必要だ。そうだな、商品としても、面白い見た目のサボテンならそれなりに売れるかも。花卉市場で、いつも通りのお供えの菊と、サボテンの質のいい株をいくつか買い、家に戻った。


 店の前にそれらを陳列する。うん、イイ感じ。ポップを書く。「まるサボテン 598円」。


 だんだん眠くなってきたので、とりあえず朝ごはんを料理し、食べて、開店まで寝ることにした。カレンダーを見ると、きょうは近くの小学校の創立記念日だった。なんで覚えているのかというと、やたらと健康なわたしは小学校を休む理由が土日と創立記念日、それから運動会や学校祭の振休しかなかったからである。


 開店の時間になんとか起きた。カメリアさんが店を開ける支度をしてくれていた。


「もう友達ができたみたいですよ」


 カメリアさんはそう耳打ちしてきた。みると、店の前には本物の女児先輩がいて、タチバナさんと一緒にサボテンを見ている。


「なんだぁこれは。奇々怪々な姿」


「あはははタッチーむずかしいこといってるー」


 さっそくあだ名をつけられていた。タッチーて。


「それね、日当たりのいいところにおいておけば、水やりは月に一回とかでいいんだよ」


「えっ。そんなに枯れないの?」女児先輩は目を真ん丸にしている。


「簡単には枯れないよ。日当たりのいいところにさえおいておければ」


「買う! あのね、お小遣い千円ももらってるんだよ!」


「せ、千円ッ! なんという大富豪!」


 タチバナさんは変な驚き方をした。この世界の金銭感覚が分からないらしい。隣のカメリアさんをみるとやっぱりため息をついている。


 その女児先輩は、まるサボテンの「ペンタカンサ」というのを買っていった。とげも少ないし安全だろう。枯らさないようにね、と声をかけると、女児先輩は嬉しそうに頷いて、帰っていった。その日売れたのはそのサボテン一個だった。ふと思って、


「タチバナさんのことタッチーって呼んでいい?」


 と訊ねると、あっさり却下された。カメリアさんも同じことを言って却下されていた。


「名前は大事にせんとな」と、タチバナさんは言うのだった。

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