エケベリア

 さて。

 タチバナさんは友達になった女児先輩幾人かと、公園に遊びに出かけてしまった。なにをするんだろうか。女児先輩をかっさらって悪さとかするんじゃないだろうな。そう思いつつ、ペットボトルの紅茶をマグカップに注ぐ。


 カメリアさんはアルフォートをぽりぽり食べながら、

「たぶん、アップデートだけじゃないと思うんですよ」と、なにやら不穏なことを言う。


「どゆこと?」


「あの交差点、夜になると魔力が集まるんです。ほら、交差点の四つの道路、どれも交差点の中央に向かって下ってるじゃないですか。そういうところって魔力が溜まるんです」


 ブラタモリみたいなことを言うカメリアさんの言葉をふむふむと聞き、

「で、アップデート以外になにをしてるわけ? ……けほっ」

 とまた咳が出る。咳止めの薬はそろそろ終了なのに咳が止まらない。なんとかならないだろうか。


「そこは、魔法使いと魔術師の差で、よくわかんないんですけど――そもそもタチバナみたいなものぐさが、人間の国に出てくるっていうのがおかしいんですよね」


「ものぐさなの、あの人。あんなせっせと走り回ってるのに」


「とんでもないものぐさですよ! 自分の部屋で動くのが面倒くさいから、悪魔を瓶に閉じ込めて、その悪魔に『照明つけて』とか『棚からお菓子出して』とかいうだけで暮らせるようにしちゃったくらいなんですから」


 ……OH、アレクサ……。


 そんなこたぁどうだっていい。なにが目的で、タチバナさんはこの街にやってきたのか、帰ってきたら聞いてみることにした。その間、あたしは店内の花に水をやり、カメリアさんは枯れかけのミニバラから神経痛の魔法薬を作り始めた。


 しばらく店内を片付け、伸びすぎた多肉植物を首ちょんぱしているところに、タチバナさんが帰ってきた。手には「妖怪けむり」。駄菓子屋で売っている、指をぺたぺたすると糊が煙みたいにふわわーっと出るやつ。


「人間の国の文明というのは進んでいるのだな! アッスーからもらったんだ」


 アッスーというのは女児先輩のだれかのあだ名だろうか。タチバナさんは魔法薬の瓶詰め作業をしているカメリアさんに妖怪けむりを見せた。カメリアさんもびっくりして、


「た、タチバナ、それ熱くないの?」

 とかなんとか言っている。


「それ糊が伸びてるだけだから。煙じゃないから」

 あたしがそう言ってやると、二人はあからさまにがっかりした顔をした。


「そんなの、どこで売ってるの?」カメリアさんが訊ねる。


「ダガシヤ、というところだ」


「駄菓子屋……ねえ。もしかして『かどや』さん?」と、あたしが訊ねる。


「そうそこだ。街の角にあるから『かどや』なのか?」


「うーん、『かどや』っていうのは屋号で、別に角にあるからかどやってわけではないと思うんだけど。ああでも角にあるから『かどや』なのかな。わかんない」


「名前をきちんと把握することは大事だ」


 タチバナさんはそういうとソーダ餅を取り出して食べ始めた。食べ終えて、

「うん、そんなにおいしいもんではないな」とつぶやく。


 名前をきちんと把握する、かあ。そう言えばうちの店に並べている、だいぶひょろってしまった多肉植物も、きっと品種ごとにちゃんと名前があるはずなんだよな。気になったので調べてみることにした。


 さすがに祖父のころの図鑑では品種改良に対応していない。スマホアプリの、植物の写真をとると名前を教えてくれるやつを起動する。ひょろってるけど大丈夫かな。ぱしゃっとやって、しばらくすると、「エケベリア 園芸名不明」とでた。さすがに園芸名までは分からなかったようだが、エケベリアであるということがわかってすっきりした。


 エケベリア、でググってみるとすごくきれいな、花の形をした葉の画像が次々出てくる。


「エケベリアかあ……どうすればこういうふうになるんだろ」


 ――雨に当てないようにと店内に置いたのがまずかったかな。サボテンと一緒に店の外に出す。これで元気になるだろうか。


 秋になって日当たりはだんだん弱くなってきた。冬もそう遠いものではない。

 ……カメリアさんとタチバナさんに言ってなかった。うち、冬は死ぬほど寒いのだと。


 家がシロウト工事のぼろい家なので、隙間風は吹くわ断熱性能は低いわで、住んでいる自分が言うのもアレだが寒すぎてやっていられない。しかも最近給湯器の調子もよくない。極寒になりかねない。


 ひとつため息をついた。


 カメリアさんが、タチバナさんとなにか話している。なんの話か気になって、そっちをちらっと向く。二人は気にしていない。


「本当に、耳としっぽと眼鏡のグレードアップのためにいったの?」


「そ、そうだぞ? それ以外になにがあるっていうのかね?」


「なんかうさんくさいなあ……本当に? なにかもっとヤバい魔術やってない?」


「やってないぞぼかぁ。まさか人間世界を脅かす凶悪な悪魔の所在を調べるなんてことは」


「凶悪な悪魔の所在を調べてるわけね」


「ちちちちがう! そんなことはしておらん!」


 ――凶悪な悪魔、ねえ。

 そんなことはいいから咳をとめる魔法かけてくんないかな。咳き込みながらそう考える。


 もし肺病だったら隔離病棟だなあ。たしか一か月だか三か月だか出てこられないんじゃなかったっけ。そしたらこの二人とフラワーハハキギはどうなるやら……。


 心配したってしかたがないや。


 買い物にいくことにした。軽トラなので二人しか乗れない。カメリアさんは留守番をすると言ったので、タチバナさんを助手席に乗せて、フジノヤに向かった。


「おお……これがスーパーマーケット!」


「いちいち驚かんでよろしい。えーっと、きょうは……麻婆ナスにするかぁ。ナス安いし。えっと、タチバナさんはこってり味とさっぱり味どっち?」


「さっぱり!」というわけで麻婆ナスの元さっぱり味をカゴにぶち込む。店内をうろついて、夕飯の買い出しとおやつを買った。おやつは「カロリーモンスターチーズ味」というアイスクリームだ。カロリーモンスターというのはなかなか恐ろしいネーミングだが食べたいという興味が勝ってしまった。


「あ、あまっ」


 軽トラでタチバナさんとふたり、アイスをもぐもぐする。


「タチバナさんは、本当に魔術の実践のためにここに来たの?」


「まあほかにもいろいろと用事はある」


 知りたいことはたくさんあるが、あまり深く掘り下げないことにした。聞かれたくないことだってあるはず。


「ときに――アジサイくんの咳は、なにかに憑かれているのではないかね?」


「わかんないよそんなの。言っとくけどあたしただの人間だからね、けほっ」


「人間の国には『こーせーぶっしつ』という神秘の薬があると聞いたんだが」


「あたし医学にはとんと疎いし、喉にばい菌沸いてるならお医者様が気付くでしょうよ」


「……そうか? ……そうだな。しかし無理するなよ、なにか悪い力を、しっぽが感知しているからな」


「はいはい、じゃあ帰るよ。カメリアさんお腹空かしてる」


 というわけで、軽トラで駐車場を出た。家に帰ると、カメリアさんはペットボトルの紅茶を飲みながら、魔鏡をいじっていた。まるっきし、スマホを買ってもらった中学生である。


「あ、おかえりなさい」


「きょうは麻婆ナスだよ」


「やったあー! この世界の、クッ●ドゥとか●美屋って、本当に便利ですよね! 魔法の国じゃ、麻婆ナスなんて食堂にいかなきゃ食べられないですもん!」


 ●美屋ってぜんぜん伏字になってないぞ、カメリアさん……。

 明日は休業日だ。久しぶりにのんびりできる。紅葉もきれいだし、バスで山のほうの温泉にでも行ってみようかな。

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