サンショクスミレ
「魔法使いが健康相談受け付けます」の貼り紙はほとんど効果がなかった。
誰も来ないのである。明らかにカメリアさんはがっかりしていた。
昨今、SNSで代替医療の危険性が叫ばれ、実際に有名な芸能人がガンになって代替医療を使って死んでしまったりしているから、効果の実証された漢方薬くらいまでが「医療」の認識なのだろう。魔法の薬なんて気味が悪いと思われるらしい。すごく効くのに。
そんなわけでカメリアさんとアルフォート(スーパーで安売りされてたやつ)をかじりながら雑談する日々が続いていた。カメリアさんはものすごく素直で大人しいけれど、どこか子供っぽい挙動もする人で、ああ、十四歳で人生が止まっているのだな、と思う。
カメリアさんに失われた青春を取り戻してほしいと思うけれど、それは仕方がない運命という考え方もできるわけで、どうしたものか悩んでしまう。
ふと気になって、
「どうして初めてうちに来たとき、鉢植えの花なんか欲しがったの?」
と尋ねてみる。カメリアさんは頬を赤くして、
「どこを探しても下宿が見つからなくて、隠れ宿の魔法を使おうと思って」
と、震え声で答えた。
「隠れ宿の魔法……?」と、もう一度訊くと、カメリアさんはそこにあった三色スミレの鉢をもって外に出た。花屋の裏の、枯れてしまった鉢植えが放置されている空き地だ。
三色スミレの鉢を掲げ持ち、なにか呪文を唱えて地面に置く。すると、鉢も三色スミレもみるみる巨大化して、鉢にドアがついた。それを開けてカメリアさんは手招きする。入ってみると、中は根っこにくるまれたふかふかの空間になっていた。
「えっなにこれすっご、グランピング感すごい」と、バカっぽい口調で言ってしまう。カメリアさんはうふふと笑って、
「こうやって鉢植えを隠れ家にすることができるんです。ある程度離れて外から見るとただの鉢植えに見えます。昔魔法の国に十字軍が攻めて来たときに作られた魔法なんです」
と、そう答えた。
「十字軍……ってあの基督教のひとたち? なんで魔法の国に攻めてくるの?」
「基督教では魔法は悪魔に頼る術なので罪なんです。だから、魔法の国を十四で出るときは、なるべく基督教の浸透していない土地を選ぶよう言われます。それで日本に来たんです」
なるほど。海外ではハリー・ポッターが焚書されたりしてるもんな。魔法の「魔」は悪魔の「魔」だし。
「でもこんな魔法使って暮らそうとするほど思いつめてたわけ?」
「はい、日本で流通するお金は一切持ってこなかったので。四五十円は、自販機の下を探して手に入れたんです」
OH……それ小遊三さんのテッパンネタ……。
「魔法の国でも笑点は放送されてるんだね」
「はい、歌丸師匠は魔法の国でスケルトンとして高座に上がられてます。笑点の司会を辞められたとき、わたしは寝たきりで
歌丸師匠は死んでからも落語やってるんだ……それもスケルトンとして……。
スケルトンって生きてた頃からだいぶガイコツだったけど、歌丸師匠。
「笑点にかぎらず、魔鏡の内容を認識できるようになったのはごく最近なんです」
「え、じゃあ二十六で起きられるようになって、二年間なにしてたの?」
あたしがそう訊ねると、カメリアさんは少し考えてから口を開いた。
「ご飯を食べられるようになるのにまずしばらくかかって、自分の手でスプーンを持てるようになるのにもしばらくかかって、自分で身嗜みを整えられるようになるのにもしばらくかかって……ってやってるうちに二十八になってました」
カメリアさんは笑顔になった。過酷な人生を語っているというのに、その顔はほがらかだ。
「人生半分ごっそり失いましたけど、わたしはいますごく楽しいので、いいんです」
カメリアさんのブルーグレイの瞳を見る。嘘はない。
「すごく楽しいって、なにが? なにか活躍してるとかじゃないし、お金もないし」
「なにかすごいことをすることや、お金がたくさんあることが、『楽しい』ことではないと、私は考えます。『楽しい』ということは、心が喜んでいる、ということです」
ううむ、深い。しばらく黙ってその言葉をかみしめる。
「わたしは、あじすさんに出会って、朝ごはんを作ったり手荒れを治したりするのが楽しいんです。心が喜んでるんです。あじすさんも、お花が売れたら嬉しいんじゃないですか」
「うんまあそうだ、仕入れたものがはけたときは楽しい。これが買った人のおうちでどう愛されるか考えるとワクワクする――まあたいていの人が枯らしちゃうんだろうけど」
「そろそろ出ましょうか。お花が可哀想です」
二人で隠れ宿の魔法から出る。カメリアさんは魔法を解除し、花はふつうの鉢植えに戻った。
それを店の前に持っていく。すると向こうからおばあさんが一人歩いてきた。
ざわ、と体の中がざわつく。分からないけれど、なにか嫌な予感がする。そしてあたしの予感は、往々にして当たるのだ。
おばあさんは店の真正面であたしに話しかけてきた。
「ここに魔法使いがいるって本当かい」
どう答えたものか。少し悩んで、でもただのお客さんかもしれないし、
「はい、そうですけど」と答える。
おばあさん――黒っぽい洋服を着て、思いきり腰の曲がった、小さいおばあさん――は、
「魔法の国からきた十四歳かと思ったら、結構な年増じゃないか」
とぼやいて、すぐ近くにいるカメリアさんをぎん、と睨みつけた。
カメリアさんも、おばあさんをぎっと睨みつけた。
「――あなたは魔女……ですね。悪魔の匂いがぷんぷんします」
「そうだよ。どんなおいしそうな十四歳か気になって来たんだけどね、こんな年増、骨っぽくて食べられないよ」
「おばあさん。年増年増っていいますけど、あたしらこれでもまだギリ二十代です!」
「あ、あじすさん、怒るところを間違えてます」
カメリアさんはあたふたして耳打ちしてくる。
(魔女は悪魔と契約して悪魔のしもべになることで魔法を使うので、仮に悪魔が人間を食べたいと言ったら、それに従って人をさらってこなきゃいけないんです)
(ゲゲッ。マジで魔女だ)
「私の主様は魔法の味のする子供をご所望だったんだけど――しょうがない。諦めて帰るほかないね……主様の機嫌がいいときに、神経痛の薬でもお願いしようかね」
「あなただって神経痛の薬なんて簡単なものくらい作れるでしょう」
カメリアさんは語気を強めて、精いっぱい踏ん張ってそう言った。
「私は薬づくりはからっきしでね、呪いと占い専門なのさ。――おかしいね、水晶には十四歳の子供が写ってたんだけど」
魔女はもうカメリアさんに危害を加える気はないようだった。あたしは、
「お花はいかがです? きれいなものが身の周りにあると楽しいですよ?」
と、魔女に声をかけた。
「これは三色スミレかい。可愛い花だ。じゃあこれを一つ買っていこうか……ちょうど、部屋の中がさみしかったんだよ」
はい、三色スミレお買い上げ。三八〇円ナリ。
「そのうち神経痛の薬の相談にくるからね」そう言って魔女は帰っていった。
「お客さんゲットだぜじゃん、カメリアさん!」
「で、でも。魔女ですよ、それも呪いと占い専門の」カメリアさんは落ち着かない顔だ。確かに呪いと占い専門というのはたちが悪いなあと思う。占いなんてアテにしちゃいけないものの代表格だ。あたしは初詣のおみくじすら買わない占い嫌いである。でも思うのだ。
「人を仕事とか性格とか所属とかで差別するのは愚かだよ、カメリアさん」
「……」カメリアさんは、小さな子供みたいな表情で、とても小さく頷いた。それから、
「だから、あじすさんは、わたしを受け入れてくれたんですものね」と、そう答えた。
「そうだよ。差別はなんにも生まないよ。よーし久しぶりに菊以外の花が売れた記念だ、お茶にしよう」
「花が売れなくてもお茶ずっと飲んでるじゃないですか。身体が冷えますよ」
その日も、カメリアさんと、のんびりお茶にしたのだった。
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