アジサイ

 平穏な日々。

 カメリアさんが元気になって数日。


 きょうもあたしが朝ごはん――ヨーグルトにコーンフレークとバナナとジャムをぶちこんだやつ――を作った。きょうは定休日なので花卉市場はなし。カメリアさんは寝坊ばっかりで、


「0655始まっちゃうよー!」

 と呼んでもなかなか起きてこない。


 しばらくして――えいごであそぼのクイズのコーナーのあたりで、寝間着を引きずりながら現れる。テーブルの上のヨーグルトを一瞥して、


「またこれですか?」

 と図々しい居候を発揮する。だってカメリアさんこーゆーの食べたいって言ってたじゃん。


「おしゃれな朝ごはんってもっとこう、コーヒーとクロワッサンとかそーゆーのだと思ってました」


「すみませんねセンスのない朝ごはんしか作れなくて」


 カメリアさんはふふふ、と笑う。

 あたしが、

「カメリアさんのお父さん、すごく料理上手に見えたから、仕方がないね」

 と答えると、カメリアさんはコーンフレークをひと匙すくって、


「別にセンスのない朝ごはんとは言っていませんし、父はパンケーキしか作れませんよ」


「えっそうなの?」


「そうです。なんとかの一つ覚えでひたすらパンケーキばっかり焼いてます」


「……知らなかった」そういうとカメリアさんはアハハハと笑った。


「当然ですよ、魔法の国でご飯を食べたのはそのときだけなんですから」


 というわけでコーンフレークをもぐもぐする。何度かやったけどやっぱりあんまりおいしくない。やっぱりコーンフレークは牛乳で食べるのがいちばんおいしいようだ。


「……カメリアさん、なんで毒じゃない……いやアジサイは毒か。でもキョウチクトウほどの毒じゃない薬で、悪魔を追い出せたの?」


「そこの理屈はわたしもよく分かりません。母はすごい人なので」


「そうなの? どれくらいすごいの?」


「えーっと……オーヤマ・ヤスハルとかオーヤマ・マスタツとかそれくらいすごいです」


「はあ……」よく分からない比喩にどう返していいものか考える。大山康晴って将棋の昔の名人だよな。大山倍達……は空手家か。


「結局、毒じゃ体にダメージが及んで、それで副作用を起こすから、なにか別の方法を使ったんでしょう。ツバキの蜜にアジサイの煎じ薬……でしたっけ」


 カメリアさんはしばらく考えて、それからぼっと顔を赤らめた。


「どしたの?」


「いえ……なんでもないです。そうか、名称支配……」

 カメリアさんは机の上のメモ帳にさらさらと字を書いた。ちなみに「さらさら」という擬音語を使ったが、カメリアさんの字は「さらさら」というより「ぐちゃぐちゃ」に近い汚さである。


 そんな文字なのであたしからは読めない。っていうかこれ何語なんだろう。


 机の上に置かれた、人間のいうところの「スマートフォン」にあたる「魔鏡」がちかちかした。カメリアさんがそれに触ろうとするので、


「食べてから」


 と釘をさす。カメリアさんは思いっきり不満げな顔で手を引っ込め、ヨーグルトを食べる。

 食べ終わって、カメリアさんはさっそく魔鏡に手を伸ばした。しばらくぽちぽちいじって、


「あの、あじす……アジサイさん」と、妙に丁寧な口調で声をかけてきた。中学の同級生はみな「あじす」と呼んでくるので、「アジサイ」呼びはなんとなく懐かしくて、一瞬嬉しくなる。


「……お、おう。なに?」


「わたしの部屋の押し入れに、もう一人住まわせることってできますか?」


「お、押し入れってドラえもんじゃないんだからさ……どうしたの?」


「いとこが、こっちにくる許しを得たらしくて、いい下宿先はないかと」


「下宿先……ねえ。うちみたいな貧乏な家でなくてもよくない?」

 そう言うとカメリアさんは子供みたいな顔で、


「アジサイさんのことをいろいろといとこに伝えたら、そんな楽しい家なら一緒に暮らしたい、って」


「そーかあ……じゃあいいよ、カメリアさんの部屋、二人で暮らすには狭いから、きょうは定休日だし……物置きになってる部屋片づけよっか」


「はい!」


 というわけで、花屋の裏にある家の、物置きになっている小さな部屋を片付けることにした。ひどい埃だ。あたしが小学生のころ冬の体育で使っていたスキー板だの、祖父が道楽で育てていた君子蘭の立派な鉢だの、よくわからないツボだの、変なものが雑多に突っ込まれている。


「――うーん。これどーすっかなあ。うちにあってもしゃーないしメルカリで売っぱらうか」


「メルカリ?」


「ああ、フリーマーケットができるアプリなんだけど、魔法の国にはないのか……」


「魔法の国は古いものが流れ着くところですから……魔鏡は魔法による技術ですけど、結局性能は売り出されたころのスマートフォンとあまり変わらないです」


 というわけで、裏庭に子供用のスキーセットだの植木鉢だの謎のツボだのを運び出し、パシャパシャ写真を撮ってメルカリに売り出した。なぜか謎のツボが一番に売れた。


 やれやれ。

 謎のツボを花卉市場で花を買ったときのでっかい段ボール箱に押し込みながら、カメリアさんに訊ねる。


「いとこさんってどういう人? やっぱり魔法使い? 名前は?」


「えーと、いとこはタチバナっていう名前で、魔術師ですね」


 出たぞ、魔法の国のややこしいやつ。魔術師ってことは「悪魔を従わせる」ひとだ。


「わたしの家は概ねみんな魔法使いになるんですけど、いとこはモノを考えるのが大好きなひとで、難しいことをいっつも考えてて……それで、超自然的な力を使う魔法使いでなく、数字や文字を操る魔術師になったんです。アカデミアを主席で終わって、それからアカデミアの研究職について、アラサーになっても結婚しないで、いまだに魔術を研究していて……それを実地で使ってみたくて、人間の国に来たがってるみたいです」


「そうなんだ。あったまイイんだろうなあ」


「でも正味の話、頭よすぎて変な人ですよ」

「はあ」


 そんなやり取りをしていると、住居の玄関チャイムが鳴った。はーいと返事をして出ていく。ずっとピンポンピンポン連打している。どんだけせっかちなのよ、言われんでも出るわい。


「はいはいお待たせしました!」


 皮肉交じりにそう言って玄関を開けると、小さな女の子が立っていた。手には、古びた革のトランク。頭には猫耳。しっぽもある。分厚い眼鏡をかけていて髪は金色に目はブルーグレー。その顔立ちでカメリアさんの親戚だとわかる。


「えーと。フラワーハハキギ、帚木紫陽花の家はここでいいのかね」


 その小さい女の子はそう、ご立派で尊大な口調で言った。アニメの軍人とかそんな感じ。


「ええ、そうですけど。なんの御用でしょう」


「僕はタチバナ・ローズ。カメリアから聞いているかとは思うが、この家に住ませてもらうつもりで来た」


「え、は、あえ? アラサーじゃなくて?」


 混乱。圧倒的混乱。その魔術師猫耳猫しっぽ僕っ子眼鏡っ子という属性を盛り過ぎた女の子は鼻をふんっと鳴らす。


「幼い見た目のほうがなにかと通りがいいのでね、ご覧の通り九歳くらいの娘っ子の姿をしている。中身は立派な二十九歳だ。カメリアの逆パターンだね、わははは」


 OH、あたしとタメかい……。


 そういうわけで一難去ってまた一難、また下宿人が増えてしまった。ただでさえカメリアさんバラバラ事件が解決したばかりだというのに、いったいこれからどうなるんだ。


「わははは! これでカメリアと一緒に暮らせるぞ!」


 そう笑うタチバナさんの様子を、カメリアさんがあきれて眺めていた。

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