ハイビスカス

「花卉市場って、どんなところなんですか?」


 フラワーハハキギの定休日、朝ごはんを食べているとカメリアさんがそう訊ねてきた。もしかしたらカメリアさんはきれいな外国の花市場みたいなのを想像しているのかもしれないが、実際のところ箱詰めにされた花を見て機械せりをするだけのところ。面白くもなんともない。どう説明しよう。とりあえず素直に、


「そんなにきれいなところじゃないよ? あちこちの農家から送られてきた花が並んでて、下げせりの機械があるだけ」と説明する。


「下げせり?」


 仕組みを説明する。下げせりというのは機械をつかって、値段がどんどん下がっていく画面を見て一番早く、要するに一番高く購入を決めたひとが買えるシステムである。いまはだいたいどこの花卉市場でもこの仕組みだ。


「……なんだか想像してたのとずいぶん違いますね」


「そうだよ。面白くもなんともない」


「そうなんですかぁ……魔法の国の花市場とはずいぶん違う」


 カメリアさんはそう言い、カメリアさんの作った味噌汁をずっとすすった。

「花卉市場はそんなに面白くないけど、隣町に植物園があるよ。熱帯植物園。火力発電の熱で花を育ててるところ」


「ええっ! 熱帯植物園って、南の国の花があるってことですか?」


「うん。小さいころ菊と蘭以外の花が見たいって駄々をこねるとだいたい連れていかれたところ。どうする、きょう定休日だけど行ってみる?」


「い、いいんですか? お仕事は?」


「テープ起こしならメールで納品したから振り込みと新しい音源を待つだけだし大丈夫。スーパーでなんか食べるもの買ってピクニックだ。植物園の外は公園でね、海が見えるよ」


 というわけで、急遽ピクニックに行くことになった。スーパーで菓子パンを四つばかり買い、隣町の植物園に向かう。空はピカピカの夏空で、なんだかすごく青春している気分。


「……軽トラってずっと乗ってるとおいどが痛うおますな」


「なんでそこだけ関西弁になるねん」


 そんなことを言って笑っているうちに植物園についた。ガラスでできた大きなドーム。「フラワーハハキギ」と書かれた軽トラを駐車場に停めて、歩き出す。

「うわあ……すごい。まずは建物だけでもすごいですね」


 カメリアさんはガラスのドームを見上げてそう言った。あたしは正直、小さいころに見たよりグレードダウンしているなとすら思っていたのだが、カメリアさんは初めて見るこの建物をすごいと思ったらしい。


 入場料はタダ。火力発電のしくみコーナーを抜ければ植物園だ。


「うわあー!」


 カメリアさんの遠慮しない大きな声。そんなにすごいかな。普通だと思うけどな。


「外も暑いけどここもっと暑い! なんでこんな大きな建物の中を暑くできるんですか?」


 カメリアさんは完全なる「ネズミーランドにやってきた中学生」のテンションである。


「火力発電の余熱でやってるって説明コーナーにあったじゃんよ」


「植物園が楽しみすぎてほとんど覚えてなくて」カメリアさんは「てへぺろ」といった感じの顔をした。アラサーだというのに全く痛くない。


 熱帯植物園は、わたしが小さかったころよりちょっと植物の種類が減っていた。でも、いい季節に来たらしく、珍しい花々が煌びやかに咲いている。甘い香りもする。


「これは……ウツボカズラ。虫をおびき寄せて食べる……」


 カメリアさんが珍しそうにウツボカズラを見ている。あたしが、

「そーゆーのって魔法ではテッパンだとばかり」というと、


「そうでもないです。初めて見ました。魔法の国は寒いところなので」と答えた。へえ、寒いんだ、魔法の国って。だからカメリアさんは熱帯植物園に食いついたんだ。


「あ。このお花きれい」


「ハイビスカスだね。うちで仕入れようか悩むんだけどね、いっつも悩んでるうちに買いそびれるんだ」


「へえー……これお茶になるんですね、魔法薬に使えないかな」


「ハイビスカスは芙蓉やタチアオイとかそういうのと仲間だね。もっと言えばオクラも仲間だ」


「ふむふむなるほど」


 よし、明日花卉市場に行ったらハイビスカスを仕入れよう。そう決めて、植物園をうろつく。植物園の中は雰囲気づくりに熱帯のサルや鳥の声が流されていて、カメリアさんが、


「これはただ音が流れてるだけですよね、鳥とかサルはいませんよね?」


 と訊ねてくる。そうだよ、と答えて、一通り見終わってから公園のほうに出た。

 公園には「世界のヘビ・トカゲ展」という世にも恐ろしい看板が立っていた。


 苦手なものはほとんどないはずのあたしが唯一苦手なのが、ヘビとかトカゲとか、爬虫類である。亀はギリギリセーフ。カメレオンは大きければ問題なし。でもヘビはすべてアウト。トカゲもちっちゃくてチョロチョロ動くやつはアウト。


「すごーい! 見てくださいあじすさん、ニシキヘビを首にかけてもらえるみたいですよ!」


 カメリアさんは嬉しそうに「世界のヘビ・トカゲ展」の看板を指さす。ニシキヘビを首にかけてもらえるって、それどんな罰ゲームだ……。


「お、おう……あたし爬虫類むりなんだ……」


「あ、ご、ごめんなさい。ついはしゃいじゃいました。こっちはどうですか、おもしろい顔」


 カメリアさんはカメレオンの水槽を覗き込む。のそのそ動いている。まあまあかわいい。


 カメレオンの水槽の外側を、ハエトリグモがてけてけ歩いていて、それを餌と勘違いしたカメレオンは長い舌を「ばひゅん」と伸ばした。おもわず「ひっ」と声が出る。


「アハハハあじすさん怖がりすぎですよ。水槽の中にいるんですから」


「うう……早くランチにしよ……あたしゃヘビもトカゲもアウトだよ……」


 というわけでカメリアさんはニシキヘビを首にかけてもらうのは諦めたらしく、二人で公園のベンチに座って買ってきた菓子パンをもぐもぐした。まあまあおいしい。


「たのしいですね」


 カメリアさんが、そうつぶやいた。ベンチから見える海は、夏の日差しをうけて、きらきら光っている。


「うん、すごくたのしい」


 あたしはそう返事をする。カメリアさんはメロンパンをかじり、しばしもぎゅもぎゅ咀嚼したあと、それを飲みこんで、


「ここに来られてよかったです。あじすさんのいる町に来られてよかったです」

 と、そう言った。


「なんであたしのいる町に来ようと思ったの? 魔法の国にも『るるぶ』みたいのあるの?」

「……『るるぶ?』」通じなかった。旅行案内だ、と説明する。


「魔法の国と人間の国をつなぐ列車は、仮に人間の国を上りとすると、上りは『行くべきところ行き』だけで、下りは『望むところ行き』だけなんです」


 行くべきところ。そう言われてこころの中が熱くなった。それがうちの花屋なのかは、わからないけれども。


「……なんです。それで、」

 あたしが心を熱くしている間もカメリアさんの説明は続いていた。ゴメンもう一回、というと、カメリアさんは口をとがらして、


「ですから、魔法の国の文明は十字軍で止まっているんですけど、かつて人間の国に渡って鉄道技術を学んだ魔術師が、魔法の国と人間の国の間に列車をひいたんですよ」


 と、ちょっと難しいことを説明した。ゴメンさっき全然聞いてなかった。そういうとカメリアさんはアハハーと呆れたように笑って、

「あじすさんってあんまり難しいこと考えるタイプじゃないですもんね」

 と、そう言った。確かに。思い当たる節だらけだ。


 仮にフラワーハハキギがカメリアさんの「行くべきところ」だったとしたら、あたしは会うべくしてカメリアさんに出会ったのかな。そう思ったら顔がぼっと熱くなった。


「ね、ねえ、ジュース飲まない? 自販機あるよ、お、ハイビスカスティーだ」


「いいんですか? 自動販売機、下を漁ったことはありますが使ったことはないです」


 恥ずかしいのをごまかしつつ、二人でハイビスカスティーを飲んだ。おいしかった。

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