フクジュソウ
大みそかの夜。近くのお寺から、鐘を突く音が聞こえてくる。
オーヤマブラザースはこたつの中でへそ天で寝ている。カメリアさんはあくびまじりに、紅白歌合戦を眺めている。こたつの天板の上にはハーゲンダッツの食べさしが置かれている。
「カメリアさん、ダッツ食べないと溶けちゃうよ?」
「うう……食べます、食べますけどこんなにガツガツ食べて大丈夫なんでしょうか。このあとトシコシソバ? もあるんですよね?」
「うん、その通りなんだけど……正月太りっていって世の中のひとはみんなこのタイミングで太るらしいから大丈夫」
「そうなんですか。じゃあ太っても気にしないことにします」
カメリアさんは猛然とハーゲンダッツをぱくつき始めた。あたしも食べる。真冬にこたつの中で食べるアイスクリームほどうまいものはない。
「ねえカメリアさん、魔法の国の年越しってどんななの」
「いつもとあまり変わりません。ちょっとご馳走を食べて、みんないつも通りに寝ます。翌朝起きたら、古代言語で『きれいな新年をお過ごしください』って言って近所に挨拶にいきます。古代言語を無理くりいまの言葉にするとこうなるんですけど、不自然ですね」
魔法の国に「近所」なんてもんがあるんだろうか。行ってきたかぎりでは「ドラえもん のび太の魔界大冒険」みたいな風景で、家なんて建ってるように見えなかったけど。
「あと何年、いられるんだっけ?」
「えーっと。忘れちゃいました」それはすっとぼけでもなんでもなく、本当に忘れてしまった、という表情だった。あたしの記憶力のなさをうつしてしまったのだろうか。カメリアさんはニコニコしながら、
「いいんです。おばあさんになるまでずーっとここにいるんですから」
と答えた。
「カメリアさん、魔法を捨ててここに住みついちゃうつもりなの? いやカメリアさんがいればご飯も楽しいし退屈じゃないし嬉しいのは確かなんだけど、こんな貧乏暮らしじゃなくて、もっと裕福に暮らせるところを探さないと」
「裕福じゃないんですか? あんなにおいしいリンゴを山のように買えるのに。こんなにおいしいアイスクリームを食べられるのに」
「ダッツを食べられるのが年に一回、大みそかだけだなんて超貧乏だよ……」
「……まあ、テレビをみてればもっとお金持ちの人や、もっと便利なところに住んでる人がいるのは分かるんですけど……でも、わたしはここにいたい。それから、ずっと思いつめていたことなんですけど、ふっと楽になったことがあって」
「楽になったこと?」そう訊ねるとカメリアさんは頷き、この間の豆本をぽんとこたつに置いた。豆本は、静かにそこにある。特に禍々しいオーラとかは放っていない。
「アジサイさん、ここは花屋、ですよね。きょう、お店の前に福寿草、出してたの覚えてます。人間の国の福寿草はこんな真冬に咲くんですね」
「そ、そうだね。花屋だ。それに福寿草は促成栽培だからね」
ちらっと、紅白歌合戦の画面の隅を見る。十一時。そろそろ年越しそばにしよう、と提案して、台所で大量に煮ておいただしを鍋に移して、温めるだけのそばを投入した。このだしは明日からはお雑煮に使われる。家族が元気だったころは、毎年年末には大量に鶏皮と煮干しでだしをとっておくのが帚木家の定番で、カメリアさんがきて、もう一度やる気になったのだった。そばの入ったのどんぶりを持ってくる。カメリアさんは嬉しそうな顔をして箸をとると、いただきますと頭をさげてずるずるやりはじめた。
「おいひーです」
「そいつぁよかった。それで、花屋がどうしたの?」
「初めてここに来たとき、母の仕事部屋を思い出しました。いまでも、あのハーバリウムを見ると、母を思い出します。母は花が好きだったなあって。仕事道具としても飾りとしても」
「そ、そうかー……それで?」こわごわ、話を促す。カメリアさんは穏やかな笑顔だ。
「きょう、アジサイさんがお店に陳列していた人間の国の福寿草を見て、ああこれは毒薬を作れるやつだ、って思ったんです。そう思うってことは、わたしは芯から魔法使いなんだと思うんです。魔法、やめないですよ。だって魔法使いをやめて、この豆本を手放して、魔鏡からスマホに持ち替えて……そんなのわたしに見えます? アジサイさんの手のあかぎれ一つ治せず、洗剤一瓶調合できず、そんなのがこの家で暮らしてていいんですか?」
カメリアさんの口調は真剣そのもので、あたしはうーんと唸ったあと、
「別に役に立つだけが家族になる理由じゃないよ」と答えた。カメリアさんは少し寂しそうな顔をして、
「でも。アジサイさんがおそばの出汁を煮てくれたりするように、わたしもアジサイさんと共存共栄で生きていきたい。そうすれば、失った青春をショートカットして、大人になれる気がするんです。っていうかそもそももう子供でも青春時代でもないんです。大人なんです。青春を楽しもうなんて頑張りましたけど、わたしはもう大人です」
まるで親と喧嘩した中学生女児みたいなことを言い張るが、しかしそれは事実なのである。
そばをおいしく食べ終えて、食器を洗ってから、またこたつに足をつっこんで、みかんだの落花生だのをぽりぽりむしゃむしゃ食べる。だから太るのだがまあ仕方あるまい。
「じゃあ、いたいだけここにいるといいよ。あたしも、ずっとここにいるからさ」
そう答えるとカメリアさんは嬉しそうな顔になった。
「……0655スペシャル見る? それともゆく年くる年にする?」
「ゆく年くる年? なんですかそれは」
どういうテレビ番組なのか説明するとカメリアさんは思いきり食いついてきた。
0655スペシャルは録画して、ゆく年くる年を見ることにした。東京の大きな神社が映し出され、ものすごい数の初詣客でごった返している。
「これはなんですか? コミケですか?」
コミケなんて言葉どこで覚えたんだカメリアさん。そう突っ込むと「魔鏡でツイッター見てたんですけど、夏と年末にやる人だらけになるお祭りだって聞いて」という答えだった。これは初詣客でコミケではない、と説明して、しみじみとゆく年くる年を見る。
「カメリアさんが魔法使いでいてくれて嬉しいよ」
思わず本音がぽろりと出た。カメリアさんは穏やかに微笑んで、
「人間の国で魔法の修行をするために魔法の国を出てきたのに、やめちゃったら意味ないですもんね」と答えた。そこで少し不安になって、
「修行が終わっても、ずっとここにいる?」と訊ねた。
「アジサイさんがいるかぎりは。どうせ魔法の国に帰ったって今でも充分いかず後家です」
カメリアさんはそう言って明るく笑った。安堵した。
「――初詣いこうか。近くの神社がさ、それなりに混むんだよ。甘酒でも飲んでこようか」
「え、この近所の神社でもいいんですか?」どうやらカメリアさんは東京の大きな神社でなければできないと思ったらしい。アハハと笑って大丈夫だよと答え、二人してコートを着込む。
ちょうど、テレビの隅の数字はゼロが並んだところだった。帚木家の玄関から家を出る。外は冷たい風が吹いて、ちらほらと真っ黒い空から雪が、花びらのように降り注ぐ。
「わあ……きれい。アジサイさん、上を向くと空を飛んでいくみたいですよ」
「あー、小さい頃よくやった。きれいだね……この歳になってやるとは思わなんだ」
二人で神社にてくてく歩いていく。同じ目的っぽい人たちがちらほら歩いている。
「神社についたらなにを願いますか?」カメリアさんはそう訊ねてきた。うーんと、と考えて、
「商売繁盛、家内安全、それから……無病息災っていうのが妥当な線だなあ」
「わたしはずっとアジサイさんと幸せでいられますように、魔法が上達しますように、って祈ります。なんだっけ、ニレーニハクシュイチレーでしたっけ?」
「……わーお、あたしその辺すっごい適当だった。二礼二拍手一礼だ。正解正解。……そうだなあ、あたしも商売繁盛家内安全無病息災にカメリアさんと幸せにいられますように、を追加するよ。あとは菊以外の花も売れますようにって」
「それは切実ですね。うう寒い」カメリアさんはそこで思いっきりくしゃみをした。アハハハ、と笑いが漏れる。カメリアさんは鼻の頭をごしごしして、やっぱりアハハハと笑った。
「アジサイさん! 来年もいい年にしましょう! スイ●チ買ってどう●つの森やりませんか」
「カメリアさん、もう『今年』だよ。それにス●ッチを買う予算なんてどこにもない!」
「あっ、もう今年だったですか。あわわ……きれいな新年をお過ごしください!」
神社へ歩く間、二人でずっと笑いっぱなしだった。現在進行形で、とても楽しいのだった。
花屋と魔法使い 金澤流都 @kanezya
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