花屋と魔法使い
金澤流都
第1部 魔法使いは花屋の夢をみるか?
エニシダ
田舎町にある、三代続く花屋で、三代目のあたしはとにかくぼーっとしていた。田舎には、たとえばNHKでやってた「植物男子ベランダー」みたいなひとはいなくて、売れていくのは葬式の花や墓参りの花や、たまぁに政治家の当選祝いだとかバーのママの誕生日だとかで出る胡蝶蘭くらい。
あーあ。この田舎の町には、鉢植えを買ってせっせと世話したいなんていう殊勝なひとはいないんだろうなあ。そんなことを考えながら、狭い店内を見渡す。最近流行りのハーバリウムも、多肉植物も、エアプランツも、売れるかと仕入れたものの売れる気配はみじんもない。
退屈だ。店を閉めて昼寝でもしようかな。
「……あの」
「ほぇえぇっ!」唐突に人が入ってきて変なリアクションが出てしまった。入ってきたのは、外国人っぽい面立ちの、金色の髪にブルーグレイの瞳の、すごくきれいな女の人。歳はあたしとたぶんあんまり変わらないか、ちょっと年上に見える。
「あ、ご、ごめんなさい……お休みでしたか」
きれいな女の人はそう言って逃げ出そうとする。せっかく入ってきたお客、捕まえずにおれるか。あたしは突っ伏していたレジカウンターから顔を上げ、全力の笑顔で、
「なにをお求めですか? お誕生日の花? それともお墓参りですか?」
「い、いえ、その、そういうのじゃなくて……あの、鉢植えの花を見たいんです」
鉢植え。おお、珍しい。鉢植えをご所望のお客さんなんて何か月ぶりだろう。
わたしは立ち上がり、店の外に陳列している鉢植えを見る。あったあったエニシダ。花卉市場であんまりいい匂いがするもんだから思わず売れるアテもないのに仕入れちゃったやつ。
「これですね。エニシダです。ほかにはあんまりいいのはないです」その小さな鉢植えを持ち上げる。鉢には五〇〇円の値札を適当に貼ってある。
「ご、ごひゃくえん……」きれいな人はそう言ってすこし悩むと、小さな小銭入れをあけて、
「さん、しい、……四五〇円しかない……」と、つぶやいた。
「ありゃりゃ……ツケでもいいですよ? あとで払ってもらえれば」
「で、でもそれでは悪いので。……あの、」
そのきれいな人はあたしの手をじっと見て、「手、痛くないですか?」と訊ねてきた。水仕事で荒れてしまっているのに気付かれたらしい。あたしはアハハと笑って、
「花屋の宿命です。なんだかんだ水仕事ですしね、ときどきバラとかサボテンに痛い目に遭わされることもありますし」
と、できる限り陽気に答えた。きれいな人の手は白く指先が色づいたように紅い。爪は整っているけれど特にマニキュアの類は塗られていないようだ。
「バラ……も、あるんですか?」
「ありますよ。でも四五〇円では厳しいです。こちらもカツカツなんですよ」
「カツカツ……? わたしみたいなのが来たら、迷惑です?」
「いえいえとんでもない! むしろすごくすごく嬉しいです! だーれもこないんですよ、花を買うひとなんて。お盆とか選挙シーズンぐらいだけですね。そうだ、なんならお茶はいかがです? でっかいペットボトルで持て余しちゃって」
「え、で、でも、迷惑じゃ」
「ですから迷惑なんてとんでもないって言ってるじゃないですか。嬉しくて仕方がないんです、鉢植えを買いたがる人なんてめったにいないので」
というわけで強引に、そのきれいな人を店に入れて、ペットボトルのお茶を紙コップにそそいで出した。
きれいな人は店内を見渡して、
「これは……花から作った薬ですか?」と、ハーバリウムを見る。
「それ、いますっごく流行ってるハーバリウムってやつで、ドライフラワーを保存液に浸した、枯れない花のインテリアです」
「薬……ではないんですね。故郷の母を思い出してしまって」
「故郷?」言われてみればこの人はどこ出身なんだろう。おもわずぐいぐい訊いてしまうが、きれいな人は「ちょっと遠いところです」と答えるにとどめた。
戸棚から、ふだん一人で食べているアルフォートを出してきて、きれいな人に勧める。
きれいな人はアルフォートの帆船の絵をしみじみと見て、「きれいなお菓子」とつぶやいた。いや、それをきれいなお菓子というあなたがきれいだ。
特に話題もないのにお茶とお菓子を勧めてしまった手前、
「なんのお仕事をなさってるんです?」と訊ねた。主婦とかなのかな。あたしくらいの年ならぜんぜんあることだし。言ってしまえばあたしなんて売れ残りだし。
「えっと……なんて、説明すればいいのかしら……そうね、モノづくりをやってる、とか」
「モノづくり、ですか。どういうものを作られるんですか?」
「薬……とか、そういうものです。あの、その……エニシダから、魔力を抽出すれば、その手荒れ、すぐ治せるんですけど」
「は?」
思わずアホの顔になった。エニシダにそんな薬効があるなんて聞いたことないぞ。
これ、代替医療とかのヤバいやつ? 急に心がとげとげしてくる。んん? 待て、いま魔力をどうたらって言った気がするけど、どういうこと?
「もしかして魔法使い、とか言うんですか?」と、冗談っぽくそう訊くと、きれいな人は白い顔を恥ずかしげに赤く染めて、「こくり」と頷いた。
魔法使い。絵本とかアニメで存在は知っているけれど、現代日本にいるなんて。
「十四のときに故郷を出るはずだったんですけど、そのときちょっと病気を拾ってしまって、家から出られなくて。二十八になったきのうの誕生日でようやく故郷を出られて……」
まさかの一個下。魔法使いさんは、そう言って黒基調の洋服の膝を握りしめた。
魔法使いさんはもじもじしながら、「それで、下宿先も決まっていなくて……」と、小さな声で言った。下宿先……かあ。うーん、うちの花屋の二階は空き部屋になっているけれど。
「ならうちの二階どうです? 六畳の狭い部屋ですけど、台所とかは裏にあるあたしの家と」
そこまで言って、あたしはこんなにぐいぐい行っていいのだろうか、と一瞬心配になった。魔法使いさんと目が合う。目が合った瞬間魔法使いさんはにぱ、と笑顔になった。
「いいんですか? お願いします! なにか働いて返しますから!」
「え、い、いいの? 無理強いしちゃったんじゃない?」
「ぜんぜんです! わたし、カメリアっていいます! カメリア・ローズです!」
カメリア・ローズ。椿だ。あたしも一瞬もじっとなってから、
「あたしは帚木紫陽花……長いから『あじす』でいいよ」と、答えた。あたしも、顔が真っ赤になっている気しかしない。
「それじゃあ、あじすさん。よろしくお願いします……あとで必ず代金は支払うので、エニシダと、お台所貸してください」
「う、うん」
というわけで、エニシダの鉢を四百円の大特価で売った。花も終わりかけだし、そろそろ三百円のセールにする気でいたので百円得した。そんなこたぁどうだっていい。
カメリアさんは、台所でひとしきり謎の儀式をして、エニシダからエクトプラズムみたいのを取り出し、それを小さな缶に詰め込んだ。それをあたしに渡して、
「それがエニシダから作った手荒れの薬です!」
と笑顔で言うのだった。恐る恐る開けてみると、中にはふにょふにょとした軟膏が入っていて、それを手に広げてみる。
いままでどこのメーカーのハンドクリームでもこんないい匂い嗅いだことないぞ、というレベルのいい匂いがして、手荒れにするするしみこんだ。
しばらく手にそれをすり込むと、――手荒れが、びっくりするほど治っている!
「えっ、すっご! なにこれ!」
「えへへ、母仕込みの魔法です」カメリアさんはそう言って照れた。カメリアさんの照れた顔は、とても可愛い。おもわずじーっと見てしまうレベル。
「魔女宅のジジみたいな猫は連れてないの?」
「連れてませんよ。いま魔法使いに一番流行ってるのは『たま●っち』です」
OH……平成のなっついやつ……。
「古いものを分析することが、魔法使いの仕事ですから」
カメリアさんはそう言って自慢げな顔をした。
そういうわけで、「フラワーハハキギ」の二階に、魔法使いさんが住むことになったのだった。
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