エピローグ
エピローグ
オレの彼女は、透明人間である。
名前は、春森いちず――そんな春森の透明人間化を巡る騒動はひとまずの終わりを告げた。
けど、透明人間になる身体は治ったわけじゃない。
いまでもときどき透明人間になってしまうことがある。でも、そうなったらなったで、オレが絶対に守ってやるんだ。
だって、それが彼氏として大好きな彼女を守るのは当然のことだろ?
「おはよう」
同じ高校の連中が挨拶を交わして、正門で立ち尽くすオレの前を通り過ぎてゆく。
季節は夏!
うるさいセミの声とジリジリと照りつける太陽がまぶしい。
暑っいよねぇ~?
こうなるとさすがの学校も休みたくなるところ。
でも、正門をくぐろうとしたところで、不意に誰かに声を掛けられたことでその気は失せた。
「おはようございます」
振り返ると、そこにいたのは笑顔のまぶしい美少女。
それが誰かが言うまでもない――オレの彼女『春森いちず』だ。
夏の日差しがまぶしい空の下、春森のいつもの愛らしい笑顔が浮かぶ。それはスゴくうれしくて、素敵で、オレにとって大切な宝物。
だって、オレはこの笑顔を見て、春森を好きになったんだもん。
これからも――。
この先も――。
この笑顔を見て、何度だって『好きだ』って言える気がする。
「春森、おはよう!」
「おはようございます。今日も暑くなりそうですね」
「……だよねえ? なんかこう学校サボって、どこか涼しい場所に行きたい気分だよ」
「フフッ。さすがそれはダメですよ」
「冗談だって」
と言って、笑顔を差し向ける。
すると、春森が応じるように「クスクスッ」と笑った。
なんだか、あれだけの騒動がまるでウソみたい。春森もホッとしたのか、以前に比べて表情が柔らかくなった気がする。
その表情がたまらなく可愛くて、オレはこんな素敵な女の子の彼氏で良かったと心の底から思っちまった。
だからかな? スゴくドキドキしちまったよ。
手を握ろうとして、いざ握ろうとした途端に恥ずかしくなっちまう。そんな勇気のなさに自分自身に突っ込みを入れちまった。
そのうえ、春森にもそのことが伝わっちゃったのか、オレを見て恥じらったいるように見えた。
……ヤベぇ~なんかハズい。
登校途中の学生がたくさんいる中ってことも相まって、目を背けて春森の顔が見れないぐらい恥ずかしく感じる。ま、まあオレだって、春森の彼氏である前に1人の男であるワケだし、きちんと手を握らないわけにはいかない。
だけどさ、この状況を打破するの難しくね? チラリと顔をうかがった当の春森も明後日の方を向いちゃっているし。
どうすりゃいいんだよ、この状況。とにかくどうにかしないと、握れるモノも握れないじゃん。
ギュッ――。
刹那、そんな風な音が聞こえるかのように左手を握られる感触を得る。
突然の優しいぬくもりにオレはハッとなった。それは、間違いなく春森から手を握ってくれたことの証し。
「は、春森?」
そのことに気付き、オレはうれしさのあまり春森の顔を見ちまった。
でも、春森は明後日の方をうつむいて耳を真っ赤にしている。決して目を合わせようとはしなかったけど、きっとその表情はうれしく思ってくれているに違いない。
おかげで、つい感極まっちまった。
まさか春森から握ってくれるなんて思ってもみなかったからな。
「い、行きましょう……誠一君」
合わせようとしない顔が一つの言葉をつぶやく。
――誠一君。
あの日、春森が完全に透明人間と化した日に叫んで以来、呼ばれる名だ。オレはそれを聞いて、春森の彼氏でホントに良かったと思う。
だって、手を握ってくれた本人がこんなにもうれしそうにしてるんだぜ? こんな彼氏冥利に尽きることはないじゃないか。
同時にそんな日々がずっと続けばいいなって思う。
でも、この先どうやって暮らしていけばいいんだろう? ぶっちゃけ、その辺はまだまだわからないことだらけ。
けど、一つだけオレでもわかることがある。
それは『見えない彼女の行く末』をオレだけが知っているってこと。
いつまでも春森を見守り続けたい――その気持ちに嘘偽りはない。
だって、好きだって気持ちがあるのなら心の底からそう誓わずにはいられないじゃん?
了
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