第十五話
この水族館には、泳ぐ魚を鑑賞しながら食事が取れるレストランがある。
店の内装は、南国風。
ヤシの木のプランターやシダ系の植物が置かれており、それらしい雰囲気を醸し出している。さらに水族館の中だというのにテラスが設けられており、その一角にオレ、春森、対面にひとり千夏ちゃんという形で腰掛けた。
注文はすでに済ませてある。
その間、説明を済ませておこうということになって、千夏ちゃんは淡々と春森に事のあらましを語ってみせた。
「……というわけなんです」
「なるほど。それでここにいたんですね」
「そういえば、先輩も司書を目指してたんですよね」
「え? 春森もっ!?」
「あれ? 三田村先輩知らなかったんですか?」
「い、いや、全然知らなかった」
「ハァ……。そんなんだから、先輩は進路も決められないんですよ」
「これからだよ、これから! まだ時間はあるって」
「そんな悠長なこと言ってると、あっという間に時間なくなりますよ?」
「うぐっ」
「フフフッ、千夏ちゃん。あんまり三田村君を責めないであげてください」
「春森先輩も甘いです。もうちょっとキツく言ってあげないと、三田村先輩は卒業するという自覚を持ちませんよ」
「とはいえ、本人が決めないことには始まらないと思うので、私は三田村君が『これだ』と決めた進路なら黙って応援します」
「春森ぃ~」
「はいはい、バカップルぶりもそこまでにしてくださいね」
そんなことを言いながら、千夏ちゃんがコーヒーを口にした。
ブラックなのか、コーヒー独特の香りがこっちまで漂ってきている。オレはそういうのが飲めないから、普通に炭酸飲料にしちゃった。
春森はというと、ロイヤルミルクティーを選んだらしい。
まあドリンクバーなんだし、各自好きな物を飲めばいいって話なんだけどね。
「ところでさ、司書ってことは図書館に勤務するんだよね?」
「そうですね……と言っても、図書館もいまはいろんな形態がありますから」
「え? 図書館って、学校や市立図書館みたいのばっかりじゃないの?」
「そんな事ないですよ、三田村先輩。図書館も多様化してて、専門分野に特化した図書館だったり、カフェテリアを運営する図書館なんてのも存在するんです」
「へぇ~そうなんだ。じゃあ、ふたりともどこか行きたい図書館とかあるの?」
「私は、歴史図書館ですね。地域の郷土や歴史について、詳しい本をたくさん集めた図書館があるんですよ」
「春森は?」
「私は児童図書館です。できれば、国立国際子ども図書館で働きたいと思ってます」
「国立!? なんかスゴそう!」
「でも、司書は人数が限られてますから、募集定員はそんなに多くないんですよ」
「そうなんだ」
「あとこれは補足ですけど、新卒の司書は資格を取るか、二ヶ月ほどの司書講習を修了するかのいずれかが必要なんです」
「なるほど。それで千夏ちゃんは勉強を頑張ってるんだね」
「ですよ。だから、私はできるだけ親の負担を掛けずに推薦で大学に入って資格を取ろうと思ってるんです」
「私も千夏ちゃんと同じ方向で考えてます」
「へぇ~、ふたりともスゴいなぁ……」
……などと感心しちまってるオレ。
いや、もちろん自分自身の進路についてはいろいろと考えてるよ? でも、やっぱ漠然としているというか、なにをやったらいいのかって感じ。
どっちかというと、このふたりがスゴいのかもしれない……。
「――で、三田村先輩はなにになりたいんですか?」
「えっ、オレ?」
「そう聞いてるじゃないですか」
「オレはサラリーマンになれれば、それでいいと思ってるよ」
「それ職種じゃないじゃないですか。具体的にもっとないんですか?」
「そんなこと言われてもなぁ……」
「春森先輩! なにか春森先輩も言ってあげてくださ――」
と千夏ちゃんが言いかけた直後、なぜかその口は止まった。
何事だろうとみていると、その視線はある一点に向けられている。それで気になったオレは千夏ちゃんの視線の先を追ってみた。
「春森……?」
視線の先にいた人物。
――言うまでもなく春森だ。
しかも、なぜか春森は顔をメニュー表で覆い隠している。それがとても不自然で、オレと千夏ちゃんの注目の的となっていた。
「どうしたの? 春森」
「い、い、いえ……。ちょっと追加でなにか頼もうと思って」
「ああ、なるほど」
「じゃあ、私が店員さん呼びますね」
「だ、大丈夫ですっ……あっ、優実ちゃんからメールが」
ん? なんだろ、この流れ?
メールを気にしたと思ったら、急にうつむいてテーブルの下に顔を隠しちゃうし。
さすがにおかしすぎやしないか? だって、注文を頼んでるのにいきなり坂下さんからのメールを気にするなんて、春森らしくない行動だよ。
絶対なにかある……と思った瞬間だった。
突然、オレのスマホが着信音を鳴り響かせた。慌ててポケットからメールを取り出すと、驚くことにそこには『春森いちず』の名前があった。
「春森っ!?」
「どうしたんですか?」
「え……? あ、い、いやなんでもないよぉ~」
あぶなっ! おもわず春森の名前を口にしちまったぜ。
とにかく、なにかあったのは間違いなさそう。スマホを開いて、メールの中身をチェックするしかなさそうだな。
オレはその意志に従って、メールを開いた。
『大変です! 顔の一部が透明化してますっ!!』
その文字を見た途端、驚愕のあまり立ち上がっちまった。
「え~っ!? こんなときにぃ~!!」
「はい?」
「あ、い、いや……こっちの話ね」
「三田村先輩、さっきからなんかヘンですよ?」
「いや、だからねっ! なんでもないから、アハハッ……」
「なんか怪しい」
「なんも怪しくなんかないって!」
「だって、明らかにヘンですよ」
「そ、そ、そんなことないよ……?」
これどーすんのさ?
誤魔化すのも一苦労だよ。でも、春森のピンチを救わないわけにも行かないし、いったいどうすれば……。
と思った刹那、
「わ、私! トイレ行ってきます!」
急に春森がそんなことを言って、化粧室の方へ消えていった。
なんとか間一髪で助かったみたいだけど、千夏ちゃんの方は完全に不審がっちゃってるよ。
……ホントにどうしよ、これ。
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