第九話
「ヒドい目に遭った」
そう漏らしたのは、近くの公園に避難してきてからのこと。
すでに日も暮れていて、人もまばらになりつつあった。
オレはベンチに腰掛けて、デパートでの出来事を思い返していた。
もちろん、ようやく春森の透明化も解けた。
いまは女子トイレで着替え中。最悪なことにならずに済んだし、結果オーライってことなのかな。
でも、万が一のことになってたら、テンパってなにもできなかっただろうなあ。
「お待たせしました」
そうこうしているうちに春森が戻ってきた。
オレは立ち上がって春森を迎えると、先に買っておいた缶ジュースを手渡した。
「すみません、私が透明になってしまったばかりに……」
「仕方がないよ。透明になっちゃうのは、病気みたいだしさ」
「で、でも……っ!!」
「また兆候が出たら、すぐに言って。オレがいつでも駆けつけるからさ」
とはいうものの、春森の透明化はいつ起こるかわからない。
何度も言うようだけど、深刻なんだよな……。
またいつ透明人間になるとも限らないわけだし、そういうときのために備えておく必要がある。
難しいかもしれないけど、最大限やるしかない。
「三田村君」
そんなことを考えていたら、春森に声を掛けられた。
ベンチでうつむいた顔を上げ、顔を見合わせるとなぜか春森の手には『あのときのカチューシャ』が携えていた。
「あれ? それ猫のカチューシャっ!?」
驚いたよ……いったいどこに隠し持ってたんだろ?
確か春森の透明化はすべてを透かしてしまうはず。着ることもできないし、モノを掴むことだってできない。
なのに、この場にカチューシャがある。
いったいどういうこと?
「鞄の中に入れてたっけ?」
「いえ、私が手でずっと持ってました」
「え? 春森が?」
「はい」
「でも、どうしてそれだけ手にすることができたんだろう?」
「わかりません。透明化してる間は、無我夢中でしたし」
「うーん、ということはなにかがきっかけがあるはず」
「……きっかけ……ですか……?」
「たぶんね」
あとは、それがなんなのかがわかれば透明化の進行を止められるかもしれない。
でもなぁ~簡単にわかれば苦労はしないんだよな。こういうとき、オレに名探偵みたいな知能でもあれば話は別なんだろうけど。
「どうすりゃいいんだろ……。オレには全然わかんねえよ」
気付けば、思っていたことを口に出していた。
「……あ……あの……三田村君……」
そんな中、顔を上げると春森が顔を赤くして恥ずかしげにオレを見ていた。しかも、モジモジと目を合わせづらいみたいな感じだし。
いったいなんだろう?
オレはそれがわからず、春森に訊ねた。
「なに、春森?」
「えっと、あの……」
「ん? どうしたの?」
ホントにいったいなんだろ?
様相から察するに言いにくいことみたいだけど。
……と思った矢先、突然春森が猫耳カチューシャを身につけた。
「ニャ、ニャァァ……」
そして、発せられた言葉。
オレはその言葉に驚きと感動を覚えた。
え? なんでって?
だって、そりゃあ好きな女の子が必死な思いで猫の真似をしてオレを励ましてくれたんだぜ。
顔を背けて、恥じらった顔つきが絶妙にたまんないじゃん。こんなの見せられて、萌えっていうのかな?
――そういうのを感じないわけがない。
「……ありがとう。おかげで少し元気が出たよ」
オレはすぐさま春森に感謝の言葉を伝えた。
そして、改めて思うに春森を好きになって良かったと実感した。同時に今回の件では、春森が一番頑張ったんじゃないかなとも思う。
透明化の影響で全裸になっちゃうし、その格好でデパートの外まで出ていかなきゃいけなかったときはって大変だったんじゃないか。
そのうえで、恥ずかしがりながら猫の真似でしょ?
春森すげぇ~なって思う。
「いえ、三田村君はこんな私でも大切に思ってくれるからうれしいです」
「そんな事ないよ。第一にして、春森はオレの初恋の人にして、最初の彼女なんだ。そんな子を大切にしないわけがないし」
「……ありがとう……ございます……」
「ううん、こちらこそありがとう」
「フフフッ、どっちが感謝してるのかわからなくなりますね」
「ホントだね」
「だけど、私は本当に三田村君に感謝してるんです」
と、胸に手を当てて話す春森。
その顔は、オレとの日々に充実感を感じているような雰囲気だった。もちろん、オレも春森といて幸せだぜ?
なんせこんなにカワイイんだもんな。
だから、今後いつ何時透明化したって大丈夫なはず……。
オレは一抹の不安を覚えながら、春森と共に帰宅の途につくことにした。
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