第二章「さがす彼女」

第六話

 春森が透明人間になったという事実から三日が過ぎた。

 あれから、色々考えてふたりで病院に行ってみることにした。けれども、問題はどこに『掛かり付けるか』だ。

 内科?

 外科?

 整形外科?

 それ以外っていうと、皮膚科ぐらいしか思いつかない。とにかく、そんな風に迷いに迷いまくってたら時間が経っちまった。

 中休み――。

 オレたちは机を挟んで向かって座り、見つけられない答えに頭を抱えていた。



「困ったなあ」

「……ですね」

「「……ハァ……」」



 おもわずふたり揃って溜息を漏らしちまった。

 それぐらいオレたちの悩みは深刻。こうして、深刻な顔をしていると、あまり良くはないんだけどね。



「なになに? どうしたの、二人とも」



 ほらね、さっそく食いつく人が現れたでしょ?

 誰が食いついたかについては言うまでもない――坂下さんだ。

 野次馬根性丸出しつうかなんというか、当人は珍しいモノを発見した無邪気な子供みたいに目を輝かせてるし。



「いや、ちょっとね」

「『ちょっとね』じゃわからないわよ。アタシにも詳しく教えなさいよ」

「い、い、いや二人で買いたい物があって……」

「買いたい物? なにか欲しいモノがあるわけ?」

「そ、そうなんだけどさ」



 やりづらい……。

 坂下さんに事情を説明してないだけにやりづらい。ホントは説明すべきなんだろうけど、

春森がイヤがってて話せないし。

 どうにかして、この場から離れてもらうしかないんだけど。



「なによ? 私に相談できないこと?」



 という具合に坂下さんは首を突っ込みたがる。

 事実、オレと春森が付き合うことになって、春森に色々とアドバイスしていたのは坂下さんだ。

 本人も「任せなさい」みたいなオーラ出してるし。

 これ、どうすりゃいいんだ?



「ゴメン。これはどうにかしてオレたちで決めたいことだから――ね? 春森?」

「え? あ、はい……そうですね……」

「と、というわけなんだ」



 春森もぎこちなく誤魔化そうとしてくれてる……それは、それでうれしいんだけどさ。

 でも、さっきから坂下さんがメッチャ怪しんでるんすけどっ!

 ジーって眼を細めて、オレたちのこと、メッチャ観察してるんですけどっ!



「ジィ~……」

「…………」

「………………」

「……怪しい……」

「……あ……怪しくなんかないよ……」

「…………そ……そうですよ……優実ちゃん……」

「ホントぉ?」



 どうしよう、冷や汗が止まらない。

 これ、春森が透明人間になっただなんて信じてもらえるかも微妙だ。



「おい、優実。ふたりが困ってるぞ」



 などと思っていたら、近付いてきた陽人に救われた。

 ナイス、陽人――。



「だって、陽人君。この二人ってば、アタシに隠し事してるっぽいんだもん」

「別にいいじゃない。二人がみんなに秘密で買い物したって」

「むぅ~なんか納得できない」



 プックリとクチを膨らませてる坂下さん。

 小さな身体も相まって、まるでほっぺた一杯にドングリを詰めたリスみたい。カワイイんだけど、世話好きな一面があだとなっているんだよな。



「すまないな、誠一」



 そうこうしているうちに陽人が謝ってきた。



「いや、いいよ。こっちも怪しませるようなことして申し訳なかったし」

「もし、なんか手伝えることがあったら言えよ」

「ありがとう、助かるよ」



 ホント、陽人はいい奴だよ。

 一年のときからの付き合いだけど、聖人君子かってぐらいに真っ直ぐな性格をしている。

 話によると、陽人はいいとこの坊ちゃんらしい。だからなのかはわからないが、実際陽人は誰にでも好かれた。

 そんな好青年に別れを告げ、オレは春森を連れて教室を出た。

 向かった先は、廊下の端にある理科準備室。ここなら、誰が来ても一発でわかるし、話を止めることだってできる。

 オレは、部屋の前で話の続きを繰り出した。



「話の続きだけどさ……。もう一度、春森の状況を確認させて」

「はい、どうぞ」

「まずオレと付き合うことにした前後からおかしくなったんだよね?」

「そうです。休みの日に何気なく指を見ていたら、小指の先っぽがなくなってることに気付いたんです」

「なるほど」

「でも、触ってみるときちんと感触があって驚きました」

「そりゃあ驚くよね。オレだって、小指の先がなくなってたら、ビックリするし」

「……それからなんです。徐々に指だけじゃなくて、腕や足が丸々なくなることもありました。ヒドい日は顔が半分見えなくなることもあって」

「なんか予想以上に深刻だ」

「ええ、だからどうしたらいいのか、私自身でもわからなくなってしまって……」

「うーん、これを解決するのは難しそうだなあ。とにかく、病院に行ってみるしかないよ」

「……三田村君は、それで私の身体が治ると思いますか?」

「わからないよ。オレだって、透明人間が実在するなんて聞いたこともないし」

「ですよね……。これが病気かどうかもわかりませんしね」

「うん、問題はそこだと思う」

「……そう思おうと……やっぱり……不安……ですね……」

「春森……」



 くそぉ~!

 なんかこういうときにシャキッと言える台詞はねえのかよ、オレ。大切な彼女がこんなに不安がってるのにってのに何やってんだ。

 嗚呼、オレは彼氏失格だ――クズだ、鈍感だ、最低だ。

 とにかく、どうにかしたい。

 春森の両肩を掴んで安心させないと。



「安心してくれ。オレ、絶対に春森が透明にならない手段を見つけてみせるから」

「三田村君、ありがとうございます」

「だから、この前に見たいな心配はさせないで欲しい」

「……あっ……ゴメンナサイ……」

「わかってくれればいいんだ。それと約束して」

「約束?」

「なにがあっても、オレを信じてくれ。あと、なにがあっても勝手にいなくなろうなんて思わないで」



 この2つだけは絶対に守ってもらわなきゃな。


 ――だって、春森がどっか行っちゃそうな気がするんだもん。


 不意に高鳴ったオレのこの気持ちはいったいなんのかはわからない。

 むしろ、そんな気持ちの高鳴りが約束を取り付けさせたとも言える。オレは、右手の小指を突き出して、春森に約束させた。



「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます」



 少なからずとも、これで安心だよね。

 ……とはいえ、安堵もしてられない。解決の糸口は見えないし、第一人間がホントに透明人間になれるなんて聞いたことがないよ。

 嗚呼~っ!! どうしたらいいんだ!?

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