第五話
いなくなったオレの彼女――春森いちず。
どうやら、現在進行形で目の前にいる……らしい。
『らしい』と表したのは、どこにも姿が見当たらないからで、とにかくワケのわからない状況。
それだけに春森がいることを再確認するしかなかった。
「ホントに春森なの?」
「そうです! 私です……よかった、気付いてくれて」
「どうして、姿が見えないの? というか、どこにいるの?」
「目の前です。私、三田村君の前に立ってます」
「ウソだぁ~? だって、姿がどこにも……」
「私、ホントに三田村君の前に立ってるんです! 信じてください!」
「そんなの信じろって言われたって……」
「私の声は偽者ですか?」
「……そ……それは間違いないと思う……」
「じゃあ、ウソじゃないって信じてくれますか?」
「そう言われると、信じるとしか言いようがないけど」
うーん、いったいこれはどういうことなんだろう?
姿が見えないのに春森の声がする。しかも、本人は目の前に立っているって主張しているのにもかかわらず、まったくどこにもいない。
まるで手品かなにかで弄ばれてるみたいだ。
もしくは、映画に出てくるような透明人間とか……。
いやいやいや、さすがにそれは考えすぎでしょ? そんな非現実的な事柄があるワケないし、起きたら起きたでオレはなにかされちゃっててもおかしくないわけで。
「じゃあ、オレに触れてみて」
オレは春森に触れてるよう頼んでみた。
――ギュッ!!
すると、なんということだろうか。
たちどころに誰かが握る感触が伝わってくる。
「ウソッ!? ホントにそこにいるの?」
それで、オレは実感せざるえなかった。
そこに春森が存在するという事実を……。
だから、余計に驚きもしたし、頭も真っ白になった。これは、どうにかして問いたださなくてはならない。
オレはその気持ちから、春森に問いかけた。
「い、いったい何があったの……?」
「私もよくわからなくて。とにかく、服も何もかもが脱げてしまって、身体だけが透明になってしまったんです」
「透明になるって……。そんなこと本当にありえるの?」
「それが実際に起きてしまったから困ってるんです。どうにか三田村君に助けて欲しくて、お呼び立てしてしまったんです」
「なるほど」
「あの、とにかく他の誰かが来ても不安なので、しばらく一緒にいてもらえませんか」
「それは構わないけど」
「両親は共働きで帰りが遅いですし、こんなことを頼めるのは三田村君しかいなくて」
まあそうなるよね、一応彼氏なワケだし……って、あれ? い、いま春森は服が脱げたとか言わなかった?
オレは、すぐさま事実を確認してようと春森に訊ねた。
「――あ、あのさ、春森」
「なんですか……?」
「服が脱げたって言ったけど、じゃあもしかして、いまって……」
「あまり見ないでくださいッ!!」
「ゴ、ゴメン!」
うわっ、予想が当たっちゃった。
っていうか、見ないでくださいって言われても……。いや、実際見えないんだけどさ。ともあれ、春森の姿が見えない事態で全裸であるという事実が判明した。
なにこれ!?
見えないけど、彼女の裸が見れられる状況って……。
もはやラッキースケベとかそういう次元を超えてる。ある意味、『ラッキー透けてる』だよ。
……うん、オレもなに言ってるんだろ。
とにもかくにも、これは異常事態。
詳しい話を聞き出さなくちゃいけない。
「あ、あのさ……。服はどこ行っちゃったの?」
「……服は……清掃用具入れの中に……」
「清掃用具入れの中?」
「守衛さんに見つかりそうになって、とっさに隠れたんです」
「ああ、なるほど。そういうことか」
「だから、透明になった際に全部脱げてしまって……」
「えっと、とりあえずオレはどうすればいい? いるだけ?」
「……はい……それで……お願いします……」
「でも、それだと春森がいつ戻るかわかんないんだよ? それにまた守衛さんが見回りに来るかもしれないし」
「わかってます。でも、それでも三田村君にはいて欲しくて」
「それは構わないけど……」
とはいえ、どうしたものかなあ?
これじゃあ、まったくラチがあかないよ。
なにか対策を考えないと。
「とりあえず、起き上がってもいい?」
「はい、どうぞ」
「それから、もうひとつお願いが……」
「なんですか?」
「ちょっと真っ正面から見てもいい?」
「えっ!? ダ、ダメです!!」
「大丈夫、見えてないから」
「見えてなくても、私裸ですし」
「だから、見えてないから見ないってばぁ~」
「……でもでも……三田村君が見てると思うと……その……恥ずかしいです……」
「う~ん、困ったなぁ~」
どうすれば、春森を説得できるか。
ここが一番の考えどころである。ただ闇雲に正面を向いて、彼女に「一緒に帰ろう」なんて言えるはずがなく、かといって何か気さくがあるわけでもない。
「じゃあさ、目を閉じたま立ち上がるから、起き上がるのに手を貸してくれる?」
オレは悩んだあげく、苦し紛れの提案をしてみた。
無論、春森がどう思ったかは気になる。見えないけど、でもきっと春森ならわかってくれるはず。
「……そ、それなら……オッケーです……」
そう思って待つつもりが、答えはふたつ返事でかえってきた。
ありゃ? すんなり事が運んだ?
ま、まあ春森も目を閉じてれば、安心ってことでオッケーを出したんだろうけど……。とにかく、いまは面と向かって言葉を掛けてあげたい。
オレはその気持ちで目を閉じた。
途端に春森の両手がオレの両腕に触れられる。
「春森、そこにいる?」
「目の前にいます」
「そっか。じゃあ、やっぱりいるんだね」
「……起こしますね」
「うん、お願い」
「3、2、1――」
掛け声に併せて、身体を起こす。
以前、目は閉じたまま――それでも、まったく見えない春森の姿は驚きと違和感がありまくりだ。
確かなことは、春森のぬくもりが感じられること。そして、なぜかはわからないけど、春森が透明人間になってしまったという事実。
本当なのかな……?
だとしたら、未だに信じられないよ。
「えっと、じゃあ事のあらましから教えて欲しい。どうして、こんなことになっちゃってるの?」
「……私にもよくわからないんです。ただ三田村君とお付き合いするってことになって、一週間過ぎたあたりから小指の方から透けるようになって」
「つまり、ちょっとずつ消えてたってこと?」
「そういうことになりますね」
「ずいぶん前から隠してたんだ」
まさか、そんなことになってるなんて思ってもみなかったよ。
きっと春森のことだから、オレに迷惑が掛からないよう自己解決するつもりでいたのだろう。
ところが、事態は予想の範囲を超えて急転。
身体はおろか服まですり抜けてしまうぐらいに透明になってしまった。これじゃあ、誰かに助けを求めたくなるのも無理もない。
「ねえ、どうやったら元に戻るとかわかる?」
「それがわかっていたら、こんなに苦労はしないです」
「ですよねえ~」
「お願いです! こんなことを頼めるのは、三田村君しかいないので元に戻す方法を一緒に考えてください」
「そう言われても、オレだって思いつかないよ……。だったら、いっそのこと坂下さんや陽人にも相談してみない?」
「ダ、ダメです!」
「えっ!? どうして?」
「お願いです。あの2人には話さないでください」
「でも、このままじゃ……」
なんの解決も見いだせない――。
春森が透明になっちゃった理由が病気なのか、はたまた魔法とかそういった類いのものなのか、それすらもわからないじゃないか。
けれども、当人は大勢にこのことを知られることを怖がっている。姿が見えないから声でしかわからないけど、春森は怯えているようにもみえた。
教室にわずかな静寂が漂う。
オレは黙っていることに耐えきれず、すぐに口を開いた。
「春森がなにを怯えているのかはわからないけど、このままじゃいつまで経っても問題は解決しないよ?」
「……わかってます。もしかしたら、一生私は透明人間のままかもしれないですし」
「オレは、そんなのイヤだよ」
「三田村君?」
「だって、もっと春森とおしゃべりしたいし、春森と手を繋いでデートだってしたい――まだまだ恋人として、やってないことたくさんあるんだ。だから、これからだって時にそんな風に悲観しないでよ」
「……ゴメンナサイ……」
「お願いだから、一緒に考えさせて。陽人や坂下さんに話すのがイヤなら、もっと知らない他の誰かに話すのだって考えられるだろ?」
「他の誰かですか……?」
「例えば、お医者さんとか。もしかしたら、春森はなんかの病気で透明になっちゃっただけなのかもしれないし、そうならそうで直さなきゃいけない」
「……そう……ですけど……」
「だから、俺以外にももう1人ぐらい話せる人がいたっていいじゃないか」
無茶苦茶な論理だってことぐらいは、自分でもよくわかっている。
でも、いま精一杯やれることを考えると、これしか方法はないと思う。
こんな説得に春森が応じてくれるとは思わない。だけど、どうにかしなきゃっていう気持ちだけが抑えられないんだ。
だから、オレは……。
「わかりました。三田村君の言うことに従います」
やがて、説得が功を奏したのか。寸刻して、一考したと思われる春森から返事が為された。
「よ、よかったぁ~ダメって言われたら、どうしようかと思ったよ」
それ聞いて、オレはおもわず溜息を漏らしちまった。
だって、これでダメだったらどうしようとか考えてなかったんだぜ?
もう出たとこ勝負じゃん。
あとは野となれ山となれ――劇薬かもしれないけど、陽人と坂下さんを呼び出すつもりでいたんだ。
でも、そうならなくて良かった。
「とりあえず、医者に見せるのが一番だよな……あ、でも透明のままだった場合、どうやって受診すれば――」
そこまで深く考えてなかった。
うーん、となると誰か信じてくれそうな人を探すしかないよな……って、あれ? うっすらと春森の顔が……。
「は、春森……?」
「え?」
「顔っ、顔がくっきりと見えてる!!」
それは霧が晴れて、視界が開けたみたいだった。
徐々に、ゆっくりと、覆っていたシールを剥がす見たいに……。春森の身体は全身無色透明から肌色の実体へと変化していく。
それを見て、驚喜したのは言うまでもない。
その気持ちは春森も同じだったらしく、手や足が元に戻っていく自分の様を見て、信じられないといった表情を浮かべていた。
「……ウソ……身体が元に戻ってる……」
「そうだよ! 元に戻ってるんだよっ」
「じゃあ、私もう透明じゃないんですよね?」
「良かったぁ~一時はどうなるかと思ったよ」
「はい! 三田村君のおかげです」
そう言われて、オレは気恥ずかしい気持ちを隠しきれなかった。
まあ、実際のところオレはなにもしてにないんだけどね。
……にしても、なんでこんなことが起こったんだろう。
小説やゲームの世界ならいざ知らず、現実で透明になるような事象ってありえる?
春森の身体が透けて、姿がまったく見えなくなった。そう思っていたら、急に元に戻って全裸の状態で――。
……って、あれ? ぜ、全裸っ!?
とっさに滅茶苦茶重要なことに気付かされる。
「は、は、は、春森……ッ!?」
「なんですか?」
「あの、その……言いにくいんだけど」
ってか、こんな大事なこと簡単に言えるわけない。
だって、オレが言いたいのは、いま春森が《全裸》そのものなんだから……。簡単に言うならば、指の間から見えるそれが何もかもがはだけてしまっているってこと。
白い柔肌も、いつも服の下に隠れているおっきなオッパイも。
しゃがんでしまえば、春森の下半身だって見えてしまう。
そんな状況だからこそ、自発的に気付いて欲しかった。でも、春森は戻った喜びに我を忘れてしまっていた。
「……服を……」
「服、ですか?」
「だから、そろそろ服を着て!!」
教えてるこっちが恥ずかしいよ!
でも、それでようやく気付いたのか。
春森の顔がポワッとした蒸気が立ちのぼて真っ赤になった。
「キャーッ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます