第二十七話

 一年生の教室で遭遇したポルターガイスト。

 まさか本物がお出ましなるなんて思ってもみなかったよ。そのせいで、オレと春森は息を切らしながら、昇降口の前まで走るハメになった。



「……ハァハァハァ――大丈夫、春森?」

「だ、大丈夫です。急に走り出すから、何が起きたのかもよくわかってませんけど」

「ゴメンね。いま説明するから待って」



 そう言って、息を整える。

 ようやく話すことができたのは、しばらくしてからのこと。

 渡り廊下へと移動し、わずかに残る西日の暑さを避けるように自販機の横に隠れて、ふたりでジュースを買って飲んだ。

 いまは、わずかに出っ張ったコンクリートブロックのうえにふたりで腰掛けている。



「……というわけなんだ」

「なるほど。それを私のせいだと勘違いしたんですね」

「まあ、実際春森の仕業じゃなかったんだけどね……って、まさか本当に幽霊がでるなんて思ってもみなかったけど」

「フフッ、ちょっと貴重な体験しちゃいましたね」

「もうそんなレベルじゃないってば……。ああもう、思い出すだけでも寒気がする」

「それで千夏ちゃんはどうなったんです?」

「……あ」

「一緒に逃げたんじゃなかったんですか!?」

「そのはず……だったんだけど、最初教室を出たときに逃げる方向が違ったみたい」

「えっ、気付かなかったということですか」

「う、うん。なんか逃げるのに夢中だったし」

「じゃあ、千夏ちゃんは今頃――」

「確かに心配ではあるよ。けど、こっちから声を変えづらいというか……なんというか」

「私からあとで話をしてみます」

「頼むよ。オレだと、どうしても透明人間の話がしづらくて」

「フフッ、三田村君は千夏ちゃんが苦手そうですものね」

「苦手というかなんというか、口げんかになったら絶対勝てない相手かな」



 そう考えると、もしあそこで何も起きなかったら、春森の秘密をいとも簡単にしゃべっていた頃だろうなぁ……。

 不本意だけど、幽霊様々ってことなのかな?

 それから、オレは飲みかけのジュースを一気に飲み干した。

 すぐさま自販機に備え付けられたゴミ箱に空き缶を捨て、きびすを返にして春森の元へと戻る。



「そういえば、ここ二週間ぐらい透明人間になってないよね?」

「はい! 優実ちゃんと仲直りしてからというもの、気持ちが楽になったみたいでスゴく落ち着いてるんですよ」

「そっか。じゃあ、いい方向に向かってるんだね」

「それもこれも三田村君のおかげです」

「俺はなにもしてないよ。春森が頑張ってくれたんだし」

「いえ、私はどうしようかとずっと迷ってましたから」

「アハハッ……。そう言われると照れるな」

「できれば、このまま治ってくれるといいなって思います」

「うん、そうだね。そしたらさ、ふたりでどこか旅行に行こうよ」

「旅行……ですか?」

「えっ、ダメ?」

「い、いえっ……そ、その、なんというかまだそこまで考えが及ばなくて……」

「夏休みじゃなくてもいいんだ。だって、青春は一生に一度しかないんだよ? だから、そのあいだに馬鹿やって、オレたちは大人になっていくんじゃないかなって思う」

「……三田村君はスゴいですね」

「え? そうかな?」

「私からしたら、そんな風に前向きになれるのが羨ましいぐらいです。とても優しくて、まぶしくて、いつまでもそばにいたい温かい光のような存在に思えます」

「春森からして、オレってそんな風に見えるんだ」

「はい。ですから、私はアナタのことが好きになったんですよ」

「アハハッ、なんだか照れくさいな……」

「いつまでも変わらずに三田村君は三田村君のままでいてください。それが私が好きになった三田村君なんです」

「ありがとう、春森。とりあえず、透明人間になる身体は治そう」

「ですね。私も先生の治療頑張ります」

「……うん! そしたらさ、ゆっくりと卒業旅行の計画を立てようよ」

「約束ですよ?」

「もちろん」



 オレはそう話すと、春森を前に小指を差し出した。

 とっさに春森が折り重なるようにして小指を絡めてくる。まるでお互いの心の内に触れたみたいでスゴくが気持ちいい。

 正対する春森が笑う。

 幽霊の件もあって最悪な一日だと思ったけど、こうやって一日の最後に大好きな人と交わす言葉がこんなにも心地良いなんて思ってもみなかったよ。


 ……だからかな? とっさに春森の唇に触れてみたいと思っちまった。


 気が付けば、オレは小指を絡めたまま自然と春森に顔を近づけていた。

 顔をゆっくりと春森の唇へと近づけていく。そして、大好きな彼女の名前をつぶやき、静かに目をつぶる。



「春森」



 これはいいムード。

 絶対初めてのキスができる――そう思ったのも束の間だった。



「イ、イヤ!!」



 突如として、春森に身体を突き飛ばされてしまう。

 明らかな拒絶――。

 そのせいで、オレは後ろに仰け反る形で倒れちまった。慌てて手で支えて体勢を保ったからいいものの、危うく校舎の壁に頭を打ち付けるところだった。

 でも、どうして春森は拒絶したんだろう?



「は、春森?」

「……ゴメンナサイ……まだ……そういうのは……心の準備ができてなくて……」



 と言って、うつむく春森。

 ここまで来て、そりゃあないよ……と思う半面、春森が拒否したのだから仕方がないと考えちまった。

 ま、まあ勝手に舞い上がって、勝手にキスできると思ったオレが悪いのだし。心の準備がまだなら、ゆっくりアプローチしていこう。

 オレは身体を起こして、春森に謝った。



「いいよ。オレの方こそ、ゴメンね」

「いえ、いいんです……あの、その気持ちの整理がついたら、そのときは」

「大丈夫だよ。焦らなくていいから」

「……ホントにゴメンナサイ」

「そうだ。次の通院日っていつ?」

「えっ? 明後日ですけど……」

「じゃあ、またオレも一緒に行くよ。今回は透明化が収まってきているみたいだし、春森の身体の具合も気になるからさ」

「でも、いいんですか? もし、あまり進展がなかったら……」

「いいんだって。オレは最後まで春森を見守るって決めたから」



 とにかく、いまは透明人間になる身体をどうにかしてしないといけない。まあ、キスは問題が解決してからでもいいいかな。

 そして、オレは立ち上がり、



「帰ろうか」



 と春森に促して、校門に向かって歩き出した。

 ところが、どういうわけか春森が背後からついてくる様子がなかった。

 そのことに気付いたのは、三メートルほど歩いてからのこと。立ち止まって後ろを振り返ると、春森はボーッと何かを考えているみたいだった。



「…………」

「春森?」

「……えっ……?」

「どうかした?」

「い、いえ、別に何でもないです」

「そう? なんか、らしくない感じがしたんだけど」

「大丈夫です。ちょっと考え事をしてただけですから」

「考え事?」

「たいしたことじゃないです。さっ、帰りましょうか」



 うーん?

 どうにも誤魔化されてる気がするんだけどな……なんか気になる。でも、春森はそれ以上、なにもしゃべろうとはしなかった。

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