第二十五話

「め、目の前にいっちゃんの声がするのに、いっちゃんの姿が見えない」

「あのね、坂下さん! こ、これはね……」

「意味分かんない――どういうこと? 三田村君、説明しなさいよ」

「いや、だからさ――」

「もしかして、透明人間? ふたりがずっと隠してたのはこういうこと?」

「いやだから! 隠してたとかそういうんじゃなくて!」



 どうしよう、説明する暇すら与えてもらえない。

 それどころか、とっさに坂下さんが歩み寄ってきて、捲し立てるようにして事情を聞き出そうとしているし。



「三田村君、説明してちょうだい!」

「……えっと……これは……これから説明しようと思ってて――」

「なによ? ハッキリしないわね、もっと大きな声でしっかり説明しなさいよ!」

「だから、説明するって! 少し落ち着いて!」

「落ち着いてですって……? いっちゃんの声がするのに姿が見えないなんて不可解な出来事見せられて落ち着いてられるわけないでしょ?」

「そ、そうだけどさあ……」

「それになにこれ? いっちゃんの水着まで落ちてるじゃない」

「うわぁ~! その存在をすっかり忘れてた!!」



 慌てふためくオレ。

 あ~もう! いったいどうすりゃいいんだ。



「優実ちゃん、待ってください」



 そんな修羅場の中、突然透明化した春森が声を上げる。

 姿こそ見えないものの、まるで火中のクリを自ら拾うみたいに自ら坂下さんをいさめようとしていた。



「全部、私が悪いんです。ずっと優実ちゃんたちに心配掛けたくなくて、三田村君にはだまっててもらったんです」

「いっちゃん……」

「だから、そんなに三田村君を責めないであげてください」



 その言葉を聞いてか、坂下さんは借りてきた猫のようにおとなしくなった。

 さっきまでの勢いがウソのよう――。

 坂下さんは、春森の言葉を聞いておとなしくなった。



「こんな風に透明化したのは、三田村君と付き合う前後ぐらいです。もちろん、どうしてなんだろうって思い悩みました」

「だったら、一番に私に相談してくれたらよかったのに……」

「思いました……思いましたよ。でも、もし優実ちゃんが信じてくれなかったら、三田村君も信じてくれなかったらって思ったら言えなかったんです」

「それで最初に頼ったのが三田村君? 私のことはどうでもよかった……?」

「そんなことないです! 優実ちゃんにも話そうと思いました!!」

「だったら、最初から話してくれたってよかったじゃんっ! 私に迷惑掛けたってよかったじゃん!」

「……ゴメンナサイ……優実ちゃん……」

「私、心配してたんだよ? ふたりが私に言えないなにかを隠してるって思ったとき、『これはきっと悪いことだな』って思ったもん……なのに、いっちゃん何の相談もしてくれなくて、ホントに焦ったんだから!」

「……本当にゴメンナサイ」


 しょげた声を上げる春森。

 その声は、なんだか春森は泣いているみたいだ。

 いや、ぶっちゃけ透明化して見えないよ? でも、気持ちだけはまっすぐ伝わってくるし、そんなモノを受け取っていったい誰が『そうじゃない』なんて言えるの?

 オレには、ふたりの辛い気持ちが痛いほどわかる。

 きっとこれが親友と分かち合うってことなのかもしれない。



「アハハッ、まったくどうしようもないわね」



 と言いながら、坂下さんが目元にたまった涙を拭う。

 春森の言葉にもらい泣きしたんだろう。



「もういいわよ。いっちゃんが置かれてる状況はよくわかったわ」

「ありがとうございます、優実ちゃん」

「……それで……その……この前はゴメンね……私も悪かったと思ってる……」

「いえ、あのときは私も口が過ぎましたから」

「お互いどうしようもないわね。切羽詰まってると、どうにも周りが見えなくなるし」

「フフッ、そうですね」

「まっ、私はそれだけいっちゃんのこと、友達だって思ってるんだけどさ」



 と言って、坂下さんがはにかむように笑う。

 いまは透明化して見えないけど、きっと春森も釣られて笑っているに違いない。

 これで万事解決……とはいかなかった。




 二週間後の月曜日。



「――三田村先輩、少しお時間よろしいでしょうか」



 予期せぬ客人の来訪――。

 風雲急を告げるが如く、オレたちの教室に千夏ちゃんがやってきた。このとき、まさかの出来事がこれから起ころうとしているなんて思ってもみなかったよ。

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