第十二話

 診察の帰り、春森は深刻そうな顔で横を歩いていた。



「春森、大丈夫?」



 だから、思わず聞いちゃった。

 ところが、春森からは返答なし。ようやく気付いたとき、彼女は「え?」とか拍子抜けした表情で驚いていた。



「なんだか浮かない顔してるからさ」

「スミマセン、心配掛けて……」

「いいって。でも、ホントに無理してるならいつでも言ってね」

「ありがとうございます。私、なんだか三田村君に心配ばかり掛けてますよね」

「そんなことないって」



 どうも春森は自分を追い詰めやすい傾向にあるように思える。

 なんというか、やけに自分のこととなると深く考えて過ぎて追い込んでしまっているような気がするんだ。

 診察中、先生もそのことを気にしてた。



「春森さんは、自分のことを卑下に思ってたりする?」

「……それは……あるかも……しれません……」

「そうよね。アナタを見てると、自分に劣等感があるというか、スゴく内面がしっかりしているようで、実はナイーブなんじゃないかと思うわ」

「ですよね。私もそんな感じなんじゃないかと常々思ってました」

「その点から鑑みるに、透明化の原因もその辺にありそうね」



 心の内にある不安な感情――オレにだってある。

 だけど、春森は人一倍それを気にしてがんじがらめになっているようにしか思えなかった。



「キャッ!!」



 刹那、春森が道端に倒れ込む。

 それは突然のことで、オレはスゴくビックリしちゃった。でも、倒れ方からすると足をつんのめって倒れたみたいな感じだった。



「大丈夫、春森?」



 春森もドジなところあるんだなあ……ちょっと意外。

 すぐさま起き上がらせようと手を差し出す。ところが、春森は俺の顔ではなく、じっと足下を見ていた。



「どうかした?」

「あ、あの、左足が……」

「左足?」



 その言葉に従って、左の足先を見る――。

 すると、驚いたことに膝下から先が完全に透明化してなくなっていた。しかも、履いていた革靴が完全に脱げ、あたかも最初からそこに転がっているかのように落ちている。



「えっ、ウソ! 透明化してる!?」



 なんだよ、こんな時に限って! 先生のところで診てもらって、大丈夫だったんじゃないのかよ。

 ともかく、いまは癇癪を起こしている場合じゃない。春森を人目のつかないところに移動させないと。

 オレは春森の目の前で背中を向けて屈んでみせた。



「春森、背中に乗って」

「え? で、でも……」

「いまは緊急事態なんだよ? 透明化しているところを誰かに見られたら、余計な混乱を起こすことになる」

「……私たち、悪いことをしているんじゃないですよね」

「それはわかってるけどさ。透明人間そのものがこの世の中で珍しい存在なわけだし、ネットにアップされでもしたら大変なことになる」



 それは馬鹿でもわかる。

 そもそも完全な透明人間なんているわけがないんだ。春森の場合、なんらかの病気という形で姿を現したに過ぎない。

 だから、それさえ直ってしまえば……。

 じっと屈んで待っていると、春森はすぐに負ぶさってきた。それを確認するなり、オレは立ち上がってダッシュで人目のつかない場所へ向かった。

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