第1章「いなくなった彼女」

第一話

「おはよう、誠一。昨日のデートどうだった?」



 そう声を掛けてきたのは、鵜来陽人――オレの無二の親友だ。

 高身長のさわやか系イケメンで嫉妬するぐらいモテやがる。

 にもかかわらず、本人は自覚なし。別にいけ好かないヤツと言いたいわけじゃなくて、むしろ今回のデートの相談に乗ってくれた立役者だ。

 だから、オレも陽人には頭が上がらない。

 陽人が声を掛けてきたのは、そういう面倒見の良さだからなんだと思う。



「……んまあ。なんとかデートできた……かな?」

「なんだよ。歯切れ悪い答えだな」

「いや、一応に成功したと思うけどさ。でも、上手にリードできなかったつーか、もうちょっとしっかりしてればよかったつーか、そういう後悔みたいなのが」

「デートなんて、片意地張ってやるもんじゃないぞ?」

「そうなのかもしれねえけどよ。男しては、格好良く見せたいじゃん」

「なにそれ? じゃあオマエは春森さんの前で臭い台詞とか平気で言えるわけ?」

「い、い、言えるワケねえだろ……」

「だったら、最初から片意地を張らずにデートすればいいだろ」

「う、う~ん……」



 こうも言い切られちゃあ、さすがのオレも返答しようがない。

 あまつさえ、陽人はイケメンだ。

 なんでもない言葉をちょっとしゃべっただけで、女子がワーキャーするようなヤツでもある。

 顔で得するヤツはうらやましいよなぁ~。

 その点を比べたら、オレったら……。

 あ~やめだ、やめだ、この話はなしなしっ!



「おい、誠一? 聞いてるのかっ!?」



 そんなこと考えてたら、陽人に呼び掛けられちまった。



「……ああ、ゴメン」

「なにボーッと考え込んじまってるんだよ?」

「い、いいじゃん……」

「そんなに春森さんのことが大事なら、もっと積極的に自分なりにプランを練ってみろよ」

「それができたら、苦労しないよ」

「まったく困った友人だ」

「は、初めてなんだからしょうがないだろっ!」

「とはいえ、何もリード出来ないってのも男としてどうなんだよ。一応聞くが、今後とも春森さんとはやっていきそうか?」

「まあなんとか……。春森には、また今度デートに誘ってくださいって言われたし」

「なら、よかったじゃないか。様子から察するに、春森さんも喜んでくれたみたいだしな」

「そうなのかなあ? 社交辞令じゃないよな?」

「じゃなかったら、また誘ってくださいなんて言わねえよ」

「う~ん」



 どうも実感がわかない。

 陽人はすでに付き合っている女の子がいて、しかもその女の子とは何回もデートを重ねている。

 そんなんだから、いろんなことがわかるんだろうけど。

 ぶっちゃけ、オレ自身はまったくわかっとらん。



「なに話してるの?」



 と、唐突に話の腰を折るように割って入ってくる人物が現れる。

 振り返ると、ふたりの女の子が立っていた。

 話しかけてきたのは、そのうちの1人。

 ボブショートが真ん丸い顔を包み込むようにセットされた小人のような背丈の女の子。

 キャピキャピとした口調からもわかる通り、とにかく明るい。そのうえ真面目で冗談も言えるカワイイ女の子は、なにを隠そう陽人の彼女。


 名前は、坂下優実――。


 オレはフツーに坂下さんって呼んでる。ちょっとお転婆で強気な面もあって、いっつも口ではかなわない。

 文句の1つでも言ってみい?

 ぐうの音も出ないほど言い換えされちゃうんだぜ。

 なにより、坂下さんは春森の親友でもある。長いものには巻かれろならぬ、恋人の親友には巻かれろだ。



「おはよう、坂下さん。昨日のデートの話をしてたんだ」

「それっ、それっ! いっちゃんから聞いたわよ? アンタ、もうちょっとしっかりリードしてあげなさいよ」

「ちゃんとリードしたって」

「でも、うまく出来たっていう自信がないんでしょ?」

「うっ……」

「ホント、どうしようもないんだから――いい? 次はもっといっちゃんのこと楽しませてあげられるよう勉強しておくこと」

「き、き、肝に銘じておきます」



 さすがに坂下さん。

 話を聞いただけで、見抜かれちまってる。

 意地悪そうに笑う仕草は、まさに小悪魔――陽人は、こんな女の子を彼女にしちまうんだもんな。

 ある意味、すごいと思う。



「おはようございます、三田村君」



 そんなことを考えていたら、話題の本人春森が声を掛けてきた。

 照れた様子で、じっとオレを見ている……って、まあオレも緊張してるし、話題の人とやらに分類されてるんだけどさ。

 ぶっちゃけ、昨日の今日で何を話したらいいのかわかんねえんだよ。

 気まずさを覚えつつ返事を返す。



「お、お、おはよう! は、春森……」



 あ~もう! 動揺がモロバレじゃねえか。

 こんなんじゃ余計に春森を緊張させちまう。でもなぁ~何を話したらいいのか、全然わかんねんだよね。



「おやおや、お二人さん。初デートの翌日なんだから、なんか話しなさいよ」



 そんな重苦しいムードの中、坂下さんが煽ってきた。

 しかも、春森の背中を押して、オレの真っ正面に立たせやがった。

 もうやめてくれよ、そういうサービス。口に出して言いたいけど、坂下さんから文句言われそうなんだよなぁ。

 どうにか言葉にしなくちゃ……。



「き、き、昨日は楽しかったね」

「……は、はい。私も三田村君と一緒で楽しかったです」

「そ、そうか……」



 うーん、なんとも言えないムード。

 これ以上、何か話すのが辛いよぉ~。でも、ちらっと見た坂下さんは「まだまだ足りない」って評女王でニヤけてるし。

 どうすりゃいいんだよ?

 必死に考え込もうと、不意に春森のおなかのあたりを見る。すると、不思議なことに春森は右手だけ白い手袋をはめていた。

 なんだろ、気になる。



「春森、右手どうしたの?」

「え?」

「だって、手袋なんかしてるし」

「あっ、えっと……。実は優実ちゃんにも言ったんですが、昨晩から手の皮膚が荒れてしまいまして」

「そうなの?」

「なんだか見られるのも恥ずかしくて、つい手袋をしてきちゃったんです」

「ちゃんと医者に診てもらった方がいいよ」

「そうですね。学校帰りにでも行ってみます」

「なんなら、オレが付いてって上げようか」



 と、何気ない言葉を口にする。

 すると、茶化すように坂下さんが煽ってきた。



「三田村君、彼氏としてのポイント稼ぎですかぁ?」

「そ、そんなんじゃ無いって!」



 もうなんなのさ? 意地悪なことばかり言って、そんなにオレを困らせたいの?

 確かに正直オレが春森と話せてないってのも事実だけどさ。もう少し優しく見守ってくれたっていいじゃないか。

 そんなことを思いつつ、春森に再度話しかける。



「……で、大丈夫? 一緒に行こうか?」

「い、いえ、お構いなく」

「そう?」

「どのみち家に帰って、母から保険証とお金を借りてこないといけませんし。三田村君がそこまで付き合ってくれなくてもいいんですよ?」

「でも、オレとしては心配だよ。もしかしたら、何か重い病気のサインかもしれないしさ」

「本当に大丈夫ですから」

「そう? なら、いいんだけど……」



 なんだがぎこちない笑顔よな……春森。

 もしかして、彼氏のオレに隠し事?

 実は、ほかの誰かと付き合ってるとかだったりして――いやいや、イカン。オレがそんなんでどうするんだ。

 春森は、単純に恥ずかしいだけだろ。

 それを邪推したりするなんて、オレって最低じゃん。



「あの、三田村君? 三田村君?」



 ふと我に返ると、春森が呼びかけていた。

 慌てて取り繕うオレ。しかし、春森は驚いた様子で、オレの目をジーッと見つめてきた。



「な、何?」

「いえ、なんだか深刻そうな顔をしていたので」

「ゴメン。春森に何かあったらと思ったら、つい考え込んじゃってさ」

「あっ……」

「邪推しすぎたよ。でも、春森が大丈夫っていうんだったら、オレはもう何も心配しない」

「ご迷惑掛けてスミマセン」

「いいんだって。とりあえず、身体が大事だぜ。ちゃんと医者に診てもらって、きっちり直そうぜ」

「……ですね。みんなに心配掛けるわけにも行きませんから」

「ああ、そうだぜ」



 ようやく春森が『春森らしく』笑ってくれた。

 これが何よりも宝物。

 だから、オレ自身に心配しすぎな面もあるけど、春森のことを信じてやらなきゃいけないなと思った。

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