見えない彼女のゆく末 ~Invisible Girl~
丸尾累児
プロローグ
はじめてのカノジョ
「やっぱし早く着すぎちゃったよなあ」
と、ひとり駅前の広場で時計を見ながら一言。
オレの名前は、三田村誠一――現在、初めての彼女『春森いちず』と、初めてのデートの待ち合わせ中。
左の耳元あたりでリボンで束ねられ、肩口から落とす茶色の髪。バッチリとした横長い一重の目は、細身の身体と相まってカワイイっていう雰囲気を醸し出す。
それが春森だ。
動物でたとえるならば……猫?
少しだけ癖っ毛のあるヒマラヤンみたいな。ともかく、春森は物静かで上品さのあって、カワイすぎるってぐらいカワイイんだよ。
……にしても、遅いなぁ……ってまあ、オレが単純に待ちきれなくて、早く来ただけなんだけどね。
そんなこと言ってたら、右側の方からトコトコと駆けてくる人影を発見。
姿形から察するにあきらかに春森だ。しかも、オレを探しているのか、あちこちを見回している。
唐突に目が合った瞬間、春森はこっちに向かって走ってきた。
嗚呼、なんかスゴく新鮮でうれしい感じがする。
「は、春森……き、来てくたんだね?」
「ごめんなさい、遅くなってしまったみたいで」
「ううん、ぜんぜん大丈夫だよ! オレ、待ってるの慣れっこだからさ」
……って、なんかあざとらしいこと言っちまうし。
ダメだろ、オレ! もうちょっとしっかりしろよ――ま、ま、まあデートはしっかりこなせば結果オーライだよな。
でも、マジで緊張する。
春森に恥かかせるようなことしたら、オレどうしよう? 絶対死んじまいたくなるになるに決まってんじゃん?
ってか、ここで最初に服装を褒めておくべきなのか?
春森の今日の格好は、五月の陽気に似合う乳白色のニットケープに薄緑のワンピース。
腰のあたりまで長いベルトが付いたショルダーバックと、杏色のショートブーツはどう見てもお出かけ用って感じに彩っている。
オレのためだったら、マジうれしいな。
「三田村君? あの、どうかしました?」
なんて考えていたら、いつのまにか春森が顔をのぞき込まれてるし。当然、とっさのことにビックリしたオレはおもわず仰け反り返っちまったよ。
「大丈夫ですか、三田村君」
「ああ、うん……。ゴメン、ちょっと考えごとしてた」
「なにか思い悩んでることでもあるんですか? 私でよければ相談に乗らせてください」
「いや、そういうのじゃないんだ。これから、春森とどんなことをして遊んだらいいのかなぁ~なんて考えてただけだよ」
「それなら、私も色々考えてきました」
「……えっ? そうなの!?」
「はい」
と発した途端、春森は顔を伏せて赤らめた。
しかも、その恥ずかしがる表情がたまらない! 口元で手を合わせて、モジモジする仕草が妙にエロく感じちまうんだもん。
ってか、どんだけ飢えてんだよ、オレは。
「はい。三田村君との初めてのデートだから、私もどんなところへ行ったらいいのかわからなかったので、とりあえず行ってみたい場所を考えてみたんです」
そんなこと言われて、オレってば超幸せ。
まさか春森が、そんなことを考えててくれただなんて思ってもみなかった。
「オレもっ、オレも。いやぁ~楽しみすぎて明け方まで寝れなかったよ」
うん、まあウソなんだけどね。
本当は大事を取って早めに寝たし。
なので、オレの眼はバッチリ冴えてる。春森とのデートに必要な体力じゅうぶんあるってわけさ。
「とりあえず、約束してた映画を見に行こうよ」
と言って、春森を連れて歩き出す。
目指すは映画館!
ちなみに今日観る映画は、ラブコメもののハリウッド映画。
ぶっちゃけて、ホラーものでも良かったんだけど、さすがに春森を怖がらせるワケにはいかないしね。
だから、無難なラブコメを選んだ。
ところがどっこい――映画館に入って早々にトラブル発生。あんまり来ないからタッチパネル式の券売機に戸惑っちまった。
「え、え、えっと……」
ってな具合に慣れない手つきで、券売機のボタンを押すハメに。
はぁ~情けない。
ともあれ、買うことができたし、それでよしとしよう。
「はい、これ」
「ありがとうございます」
「んじゃあ、さっそく中に入ろうか」
と言って、フードカウンターでチュロスとジュースを買って、劇場内へ入場。
日曜だけあって、オレたちみたいなカップルと行き違るとスゴくカップル感があって、ドキマギしちまった。
やっぱさ、改めて恋人になったんだなって再認識させられる。
心の中はうれしさと恥ずかしさで胸がいっぱい。
オレたちは一番奥の『7番』と書かれたホールへと向かい、その場内の中央からやや右側の指定席に陣取った。
映画が始まるまでの間、オレは春森と会話を交わした。
「ねえ、春森。前から思ってたんだけど、春森って、どうしていつも敬語なの?」
「おかしいですか?」
「だって、もう付き合って1週間になるんだよ? フツーさ、もうちょっと砕けた感じになるべきじゃないかな」
よりにもよって、なんでこの話か――その答えを紐解けば、春森は誰に対しても敬語だったから。
それは先生に対しても、
友達に対しても、
もちろんオレに対しても。
春森は分け隔てなく敬語を使う。そのことに疑問を抱いてはいたんだけど、いつも言いそびれちゃって……。
だから、この話題を切り出すことにしたんだ。
「オレ的には、もっと恋人っぽくしたい願望みたいなものがあるんだ」
「急にそう言われましても、なんだか難しいです。いつもみんなに接するときは、できるだけ敬語を使おうと心がけているので」
「だったら、試しにタメ口で話してみない?」
「えっ、いまですか?」
「……ダメかな?」
オレの問いに困惑した表情をいせる春森。
目線をそらしたり、顔をうつむけたりと忙しそうにしている。そんな春森の表情がなんだかカワイく思えて、つい魅入っちゃった。
「……あの、えっと……み、三田村君……あのね……」
ほどなくして、春森が口を開く。
でも、その話し方はたどたどしい。
まるで高所恐怖症の女の子を吊り橋の袂に連れて行ったみたい。目を瞑って、無理矢理橋を渡ろうとしてる感じ?
そんな風だと、こっちまで緊張しちゃうじゃん。でも、春森はそれからずっと「あのね」を繰り返したままだった。
「えっと、春森?」
「……えっと……その……あの……」
「無理しなくていいんだよ」
嗚呼、こりゃなんだか気が引けてきた。
その証拠の目が泳いでる。
あとが続かないらしく、かなりテンパってるし。おまけに顔だって真っ赤になって、黙り込んじゃったじゃないか。
「ゴ、ゴメンナサイ! やっぱり無理です!」
とっさに出た言葉はそんな言葉。
う~ん、これはさすがにイジワル過ぎたかなあ?
「あのさ、無理強いしたオレが言うのもなんだけど。無理ならタメ口で話そうなんて思わなくていいんだよ?」
「いえ、私がやろうと思ってやったことなので……」
「そう言ってもらえるのはうれしい。でも、問題は春森の気持ちだから」
「……本当にごめんなさい……」
「いいって、いいって。いまじゃなくても、焦らずに自然と恋人になってこうよ」
「わかりました。いつか三田村君のことをきちんと名前で呼べるようにします」
「うん、お願い。オレはそれまでずっと待ってるから」
「……ありがとうご……ざいます……」
「まあぶっちゃけていうと。いまの様子を見てたら、逆にこっちが居たたまれなくなっちまったってのが本音」
と言った瞬間、春森がシュンとしちゃった。
なんか本当に無理強いしちまったかかもしれない。相当プレッシャーを与えちゃった感じもするし。
やめよう……これ以上、春森に無理なんか欲しくなんかない。
そんなとき、上映開始のブザーが鳴り響いた。
「あっ、そろそろ始まるよ」
オレは、心の中で無理難題を押しつけたことへの反省をしつつ、春森と一緒に映画を見ることにした。
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