第二十四話

 それから、場所を移動したのは、しばらく経ってからのこと。

 陽人たちの様子が気になって、オレたちはウォータースライダーを滑りに行くことにしたんだ。

 だけど、時すでに遅し。

 そのときには、もう陽人たちの姿はななかった。滑り終えたのか、はたまた列の前の方に並んでいるのか?

 いずれにしても、その姿は姿はどこにも見つからなかった。



「う~ん、前の方の列を見てもいないみたい」

「もしかしたら、休憩しに行ったのかもしれませんね」

「そうなのかな?」



 だとしたら、陽人はちゃんと坂下さんを説得してくれただろうか。

 オレの方はと言うと、まったく説得できてない……。

 だがしかし、まだ挽回のチャンスはある。

 この待ち時間を使って、絶対に春森を説得してみせるんだ。



「あのさ、春森」

「……例の話ですよね?」

「えっ!? あ、う、うん――」



 あ、あれ? もしかして、空振り?

 というか、春森にも見透かされてる?

 まあいいや。春森はこの前きちんと坂下さんを話し合ってくれるって言ってたし、期待していいんだよね?



「気付いてたの?」

「はい、優実ちゃんと鵜来君が来たときからなんとなく」

「やっぱり、あからさますぎた?」

「三田村君は私のことを考えて、優実ちゃんを呼んでくれたんですよね?」

「うん、だから早く仲直りして欲しいとも思ってる」

「そうできれば、そうしたいのですが……」

「春森は、坂下さんと仲直りしたくないの?」

「したいです。でも、透明人間になる身体のことを話して、優実ちゃんがホントに信じてくれるか不安で仕方がないんです」

「大丈夫だって。いままでだって、坂下さんは春森の味方でいてくれたじゃないか」

「そうですけど……」

「不安になることないよ。きっと坂下さんなら、ありのまま受け入れてくれるって」



 少なくとも、オレの知っている坂下さんならそうするはず。

 だって、あのお節介焼きの坂下さんだよ? 多少の驚きはあるだろうけど、親身に話を聞いてくれることは間違いない。

 だからさ、迷うことなんてないんだ。

 その気持ちを告げようと、さらなる言葉を投げかけようする。



「次の方、どうぞ」



 ところが間が悪いことに順番が回ってきた。

 おかげで、春森を勇気づけるせっかくのチャンスが台無し。スタッフに抗議したい気持ちもあるけど、後ろをつかえさせるわけにはいかない。



「春森、先行っていいよ」



 オレはそう言って、春森に先を譲った。



「……あの、三田村君さえよければ一緒に滑りませんか?」



 でも、予想外なことが起きた。

 急に春森から一緒に滑ろうなんて言葉が出てきたんだ。これには、オレもビックリさせられたよ。



「い、いや……。そ、そ、それはちょっと恥ずかしいというかなんというか」

「でも、ふたり乗りオッケーって書いてありますし」

「確かに書いてあるっちゃ書いてあるけど……」



 ふたり用の浮き輪の貸し出しもしてるみたいだし、そりゃあ春森と一緒に滑りたい気持ちはあるけどさ。

 ぶっちゃけ、恥ずかしくて言い出せない。

 春森はそうじゃないみたいだけど、身体が密着するってことはアレが当たるかもしれないってことだよね?



「実は、ウォータースライダーを滑るのは初めてなんです」

「あれ? そうなんだ」

「誰かとプールに行くという機会もありませんでしたから」



 と言って、春森が苦笑いを浮かべる。

 確かにそういうタイプじゃないよなあ。きっと去年の夏も坂下さんに誘われても行かなかったんだろうし。

 でも、どうしよう――ここは、春森の言うとおりにすべきなのか……?



「ホントにいいの?」



 すると、春森が頬を赤らめてうつむく。



「……あんまり見ないでください」



 それを見た途端、オレがドキッとしないはずがなかった。

 だって、大好きな女の子が可愛くハズが滋賀ってるンだよ? こっちだって、意識して恥ずかしくならないはずがない。

 だから、オレは春森の手を取り、



「わ、わかったよ……。春森がいいなら、オレも一緒に滑る」



 そう言って、一緒に滑ることした。

 それから、すぐに前後に並ぶようにしてスタート。ふたり乗り用の浮き輪を借りて、春森を前に載せた状態で滑ることに。



「行きますね?」

「う、うん。いつでもいいよ……」



 やっぱり、これ肌が密着して恥ずかしい!

 ドキドキすると言うか、なんというか……。春森とこんなに肌を寄せ合う機会が来るなんて思ってもみなかった。

 やがて、オレたちを乗せた浮き輪はスライダーを滑り出した。水の勢いもあって、浮き輪はスイスイとスベっていく。

 右に、左に……と、スライダーは何度も蛇行する。



「キャ~!」



 その間、オレたちは翻弄された。

 春森も叫んで楽しんでるみたいだし……って、オレはそれどころじゃないけどね。

 なにせ、春森と密着した状態なんだもん。

 右に曲がれば、つんのめって春森の背中に顔をうずめちゃうし、左に曲がれば、今度は手が胸に触れちまう始末。

 おかげで、理性を吹き飛ばされそうになっちまった。

 ヤバい、下半身のおそろしき魔獣が顕現しようとしてる。どうにか耐えて、真下のプールに着水しないと。

 オレはどうにか堪えて、スライダーの終着点まで持ちこたえた。



「あ、あ、危なかった……」

「なにがですか?」

「いや、なんでもないよ――アハハハハハ」



 誤魔化すのもひと苦労。

 まったく、危ないったらありゃしない。でも、まあ春森と一緒に楽しめたのは事実なんだけどさ。

 そのあと、オレたちは何度も周回した。

 ところが問題発生。

 それは、四度目の滑走を終えて着水。



「プハッ! いやぁ~何回滑っても楽しいね」

「ですね。私も何回も滑ってみて楽しくなってきちゃいました」

「どうする? もう一回滑って――」



 お互いの存在を確かめて、楽しさを共有する……そこまでは良かった。だけど、オレは途端に春森に異常が起きていることに気付いちまった。

 それはなにか……?

 いや、もう言うまでもないだろう――春森の胸元が薄く透けていてたんだ。



「春森っ! 胸元が透明化してる!」

「えっ、ウソ!?」



 とっさに方まで水の中につかる春森。

 でも、こんなところにいつまでもいるわけにもいかない。ウォータースライダーを降りてくる他の客もいるわけだし。



「と、とにかくどこか隠れられる場所に……」



 これじゃあ、デパートのときと二の舞い。

 でも、あのときは人が少なかったうえに近くにトイレがあったわけで、今日は打って変わって大勢の遊泳客の真っ只中。



「春森出るよ! 胸元抑えてて」



 オレはプールから上がって、春森を目立つ場所から連れだした。

 とはいったものの、どこに連れて行けばいい?

 更衣室に行くにしたって、ここからだと反対側のプールサイドにあるわけだし、屋外の温泉プールも人がいっぱいで人目にさらされちゃう。

 とにかく、どこか安全なところを探さないと!

 オレは春森の手を引いて、無我夢中で走った。

 もちろん、走っている最中に幾度となく衆目を集めた。



「なんだ、なんだ?」

「ねえ、アレ透けてない?」



 とかいう声は聞こえたよ?

 だけど、そんなの気にしてる余裕なんてなかった。気付けば、南側のプールサイドに設けられたイベントステージの裏側にいた。



「……ハァハァ……ここまでくれば……大丈夫かも……」



 ここなら安全じゃないか?

 目の前に『スタッフ以外立ち入り禁止』って立て看板もあるし、あっちには大きな搬入出扉があるから従業員以外は来ないはず。

 オレは後ろを振り返って、春森を安心させることにした。



「ここなら、しばらくは大丈夫そ――」



 ところが、オレが確認しようとすると春森の姿がそこにはなかった。



「えっ、ウソ? はぐれた!?」



 ってことは、もう完全に透明人間になった? いや、もしかしたら繋いでいた手を離しちゃったのかもしれない。

 とにかく、急いで春森を探さないと。



「ここにいますよ、三田村君」



 ――が、それは杞憂に終わった。

 目の前で春森がひと言発したことで、慌てふためいていたオレに深い安心感をもたらしたのだ。



「よかったぁ~。一瞬、はぐれちゃったのかと思った」

「いえ、三田村君の手をじっと握ってましたよ」

「あれ? そうだったの……?」



 感触がなかったけど、一応繋いではいたんだね。

 とはいえ、上から下まで完全に透けちゃってるし、水着のボトムは完全に脱げて地面に落ちちゃってるしなあ。


 ……って、水着のボトムっ!?


 とっさにオレは、顔を真っ赤にして目を背けた。



「うわあっ、ゴメン!」

「だ、大丈夫です! 一応、見えてませんから」

「そう言われたって……。春森は裸なんだろ?」

「意識してしまうから、言わないでください」

「いや、反射的にというか、やっぱり実際のところを考えたら……つい」



 こればっかりは慣れないなあ……。

 春森が目の前で裸になってるんだって思うと、どうにもエロいことを妄想しちまう。



「……どういうこと……これ?」



 そんなときだった。

 刹那、背後から誰かの声が聞こえてくる。

 オレがその声に気付いて、すぐさまうしろを振り返った。すると、そこには呆然としてたたずむ坂下さんが立っていた。

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