第十三話

「落ち着いた?」



 結局、辿り着いたのは『元駄菓子屋さん』の家屋近くの小さな公園だった。

 『元』っていうのは、つまり『もう無い』ってこと。

 オレが中学に上がるぐらいまではやってたんだけど、おばちゃんが老齢でやめるってなって店終いしちゃったんだよね。

 だから、ここいらに来る子供も少なかった。

 唯一なにかあるとすれば、ここが高台だってこと――フェンス越しだけど、市街地の様子が一望できるパノラマビューが備わっている。

 オレたちはそんな景色を見ながら、ベンチに腰掛けていた。



「ゴメンナサイ。私の身体が突然透明化したばかりに……」

「いいって、いいって。正直、もっと頼ってくれた方が個人的にはうれしいからさ」

「ありがとうございます、三田村君」

「……それで、少しは落ち着いた?」

「はい。左足も見ての通り」



 言われるがまま、左足に視線を向ける。

 確かに透明化していない――普通の春森の足だ。今日はタイツをはいてない生足だから、ツヤツヤの肌が露出して余計にエロく感じる。

 でも、そんなことを考えたのは一瞬だけ。

 いまは春森の話を聞いてあげる事の方が大事だ。



「ねえ、春森。先生の話を聞いて、なに考えてた?」

「…………」

「あっ、いや……。答えづらかったら、言わなくてもいいよ」

「――不安なんです」

「不安? いったいなにが?」

「透明人間になる度に、どうして私だけが透明人間になってしまうのか、どうしてこんなことになってしまったのか」

「…………」

「……そういう風に考えるとすごく不安になるんです」

「そっか。春森はずっとそれを考えていたんだね」



 そりゃ不安にもなるよ。

 唐突に意図せず消える身体――。

 しかも場所は問わず、予期せぬところで透明化してしまう。もし、オレが春森の立場だったら、イヤにもなるし、いろいろ考えもすると思う。


 ……そういや、ここって入学式の頃に来たことあったっけ。


 オレはそれを思い出すと、立ち上がって園内の風景を見回した。

 そこにあったのは、小さな滑り台と小さなジャングルジム。砂場に鉄棒、一本の桜の木と立形水飲水栓……と、それなりに設備が整えられた公園だ。

 そして、高校に入学したばかりの頃に見た懐かしい景色でもある。



「ねえ、春森。この公園のこと覚えてる?」

「公園? いったいそれがどうかしたんですか?」

「ほら、高校入学して最初のオリエンテーションのときのヤツ」

「……ああ。そういえば、あのときこの公園に来ましたね」

「懐かしいなぁ~。春森と最初に話したのも、この公園だったよね?」

「はい、私もそれは覚えてます。読書してるのに話しかけてくるなんて、変な人だなと思ってましたし」

「変な人って思ってたんだ」

「あっ! い、い、いえ!! 初対面なのに馴れ馴れしいとか無遠慮というか……」

「全然フォローになってないよ」

「……ゴ……ゴメンナサイ……」

「アハハッ、別にいいよ。それにオレとしても、あのとき初めて笑って見せてくれた春森の笑顔が忘れられないからさ」



 そう言いながら、遠くの景色を見る。

 この公園は高台にある。それだけに市街地に広がるビル明かりが夜景を灯す無数の蛍の光となって露わになっていた。

 オレはその光を見ながら、春森と会話し続けた。



「あのさ、まだ治療が始まったばっかだけど……。咲子先生もいい人そうだし、オレは透明人間になるっていう現象は治るんじゃないかと思ってる」

「……三田村君」

「だからさ、なにか不安なことがあったら遠慮なく言ってよ。オレ、絶対春森のこと支え続けるって決めたから」

「あの……本当にありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ。オレなんかと付き合ってくれてありがとう」



 春森の目からうっすらと涙がこぼれる。

 明らかにうれし泣きだ。その涙を春森はそっと拭って、オレの期待に応えようと心からの微笑みを浮かべる。

 それがなんだかうれしさの連鎖反応を引き起こしてるみたいで、オレの心にもうれしい気持ちがわき上がってきている気がする。

 それから、わずかしてオレたちは帰路についた。

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