第十六話
現在、修羅場の真っ只中。
春森が透明人間になっちゃって、その席に千夏ちゃんがいて、そんな中で事情を知ったオレが言い繕う。
なにこれ? なんて無理ゲー?
「ジィィィ~」
「アハッ、アハハハ……」
この状況、どうにかしないとマズい。
春森が透明人間だっていうのは、本人との約束で秘密にしてるわけでヘタなことは言えないし。
かといって、なんの説明もしないままだと、かえって怪しまれるだけなのも事実。
……ど、どうにかして話題を逸らさないと。
「ところで、千夏ちゃんは水族館の中をもう全部見回ってきたの? オレたちはひと回りして、午後のペンギンの大行進を見に行く予定なんだ」
「へぇ~そうなんですかぁ~。三田村先輩が別な話題を話してくれたら、もっといいお話ができるんですけどなあ~」
「なんで棒読みっ!?」
「そんなことないですよぉ……。アハハ、お話しするって楽しいなぁ~」
「い、い、いやだからね……」
無理無理無理無理無理無理っ! これ絶対回避不可能だって!
どう考えても、千夏ちゃんはオレに訳を話させようとしているし。これじゃあ、春森が戻ってくるまで間が持たないよ。
だ、誰か助けて……などと切実に願っていたら、唐突に着信音が鳴り響いた。もちろん、それはオレのスマホのものではない。
明らかに対面の千夏ちゃんのショルダーポーチの中からだ。
「千夏ちゃん、電話だよ」
「はい、知ってます」
「……え? 出ないの?」
「別にいいですよ。あとでかけ直しますから」
「ええぇ……」
「それともなんですか? なにか都合の悪いことでもあるんですか?」
「い、い、いや、それはないけど」
「それじゃあ、いい加減話してくれますよね」
あ~もう無理。
話題を逸らしても、電話に出るようそそのかしても、これは絶対無理。やっぱり、正攻法に誤魔化しかない。
オレは、そのつもりで千夏ちゃんに話しかけた。
「……わかったよ、話すよ」
「最初から誤魔化さずにそうしてくれればよかったんです」
「ゴメンね。春森の名誉のためだったんだ」
「名誉のため?」
「実はさ、今日春森の眉毛が片っぽないんだ」
「え? 先輩、眉毛なかったんですかっ!?」
「うん、ちょっとぐらいイジるつもりで剃ったらしいんだけど、それがどうもガッツリいっちゃったみたいで……」
「なるほど。それで顔を隠してたんですね」
「まあそんなわけだから、本人も恥ずかしがって気にしてるみたいだし、気に留めないでいてくれると助かる」
「わかりました。そういうことでしたら協力しますよ」
「ありがとね」
よぉ~し、これでどうにか乗り切った!
あとは春森が帰ってくるのを待つだけ……と思ったのだけど、春森は10分しても帰ってこなかった。
その間に頼んでいた注文が来ちゃったし。
「春森先輩、遅いですね」
「ちょっと見てくるよ」
「三田村先輩……。それ、犯罪なんですけど」
「へ? なんで?」
「女子トイレですよ? そんなところ入ったら、私は間違いなく先輩を軽蔑します」
「いやいや、トイレの前までだから。女子トイレなんか入ったりしないよ?」
「ホントですかぁ?」
「疑われてるっ!?」
「だって、三田村先輩ってば、ガチで入っちゃいそうなんですもん」
やらな……って、やるか。
オレ、勢いに任せてやってしまうかもしれない。いや、でもそれは春森が透明人間になっ場合であって、あくまでも緊急的措置だよ?
それを変態みたいな扱いされるのは失敬だ。
「千夏ちゃん、それはオレに対して失礼だよ?」
「なにが失礼なんです? それともホントに入るんですか?」
「いや、入りはしないけどさ……」
「だったら、失礼もなにもないじゃないですか」
「ま、まあその通りなんだけど」
「それにしても、春森先輩遅いですね」
「やっぱり、オレ見てくるよ」
「――入らないでくださいね?」
「入らないってば!」
どんだけ疑り深いんだろ……って、まあ春森の透明人間を疑った後だもん。そりゃあ、疑り深くもなるか。
食事も半ば、オレは店内にあるトイレへと向かった。
案の定、トイレから春森が出てきた気配はない。むしろ、出られなくなってずっと籠もりっきりになっている感じがする。
「千夏ちゃんはああ言ってたけど、入って確認するしかないよね」
オレは、とっさにキョロキョロと周囲の様子を確かめた。
……よし、誰も見てない。
そのことを確かめると、いまのうちとばかりに化粧室の扉をそっと開けて中を確認。幸いにも、室内に人の気配はなかった。
そして、周囲を警戒しつつもすばやく入室。
室内に入るなり、小声で春森の名前をつぶやいた。
「春森……いる?」
ああもう、女子トイレにいるってだけで緊張しっぱなし……。
なにせ、背後から誰か入ってくるかもしれない恐怖が心臓の鼓動を早めるし、汗だって掻きっぱなしだ。
そんなことを考えていると、すぐに返事はかえってきた。
「み、三田村君!? どうして、ここに……?」
それは、右手前にあった個室からだった。
「やっぱり、ずっと透明化してたんだね」
「入ってきてはダメですよ……というか、なんで?」
「春森が心配だったからに決まってるじゃないか」
「だとしても、女子トイレに入ってくるなんてダメです。いますぐ出て行ってください」
「そうはいっても、春森。足下を見てみなよ」
と言って、周囲の様子を確かめさせる。
なぜ確かめさせたか? それは、オレが入室してからずっと気になっていた『あるもの』の存在を知らせるためだ。
「あっ、私の衣服……」
「いま手で掴んで隠すことできないでしょ? だから、他の客が入ってきて、この有様にビックリするんじゃないかと思って心配してたんだよ」
「そうだったんですね」
「でも、よかった。奇跡的にまだ誰も入ってきてないみたいで」
「だとしても、入ってくるのは良くないです」
「わかってるよ。ちゃんと春森が出られやすいように服を拾って、個室の扉を閉めたら出て行くから」
「約束ですよ?」
というわけで、急がなくてはならない。
オレは床に落ちている春森の服を全部拾うと、春森がいるであろう個室に入ってカギを掛けた。
「春森いる?」
「うしろにいますよ」
「よかった。じゃあ、ここで隠れていれば、透明化が収まっても誰かに見られる心配はなさそうだね」
「ゴメンナサイ。私がこんなことになったばかりに……」
「いいって、気にしないで。こういうときにフォローしてかないと、春森が透明人間だってことがみんなにバレちゃうし」
「ホントにゴメンナサイ」
「だから、謝らなくていいんだってば……。そんなことよりさ、春森に聞きたかったがあるんだ」
「聞きたかったこと……ですか?」
「先生が言ってた『春森の不安』ってヤツ。あれさ、オレなりに考えたんだけど、恋人としてオレとの関係に自信が持てないからとか、そういうのヤツなの?」
「……そう……かもしれません……」
「『そうかも』ってことは、可能性としてはあるんだね?」
「私自身もその辺ハッキリと自覚がないんです。ただ、今日は三田村君と千夏ちゃんが話しているところを見てて、それでなんとなく焼き餅を焼いてしまって」
「焼き餅?」
「だって、千夏ちゃんと三田村君がスゴく仲良く見えたから……」
「ああ、それで焼き餅を焼いたのか」
「それで『私がホントに恋人で良かったのかな』って考えてたら、ああなってしまったんです」
「なるほど」
「だから、三田村君の推論はあってるかもしれません」
「うーん……。ってことは、オレとの関係の中での不安から透明人間になってるってことなのかな?」
だとしたら、やっぱり先生の言うとおり、オレが春森のそばに居続けるしかないってことだよな。
少なくとも、それがベストな答えなんだと思う。
「――あっ、誰か入ってきました」
刹那、春森が声を上げる。
……って、ちょっとマジ! ウソぉ!?
10分ぐらい誰も入ってこないって安心してたけど、そうは上手くいかなかったみたい。入り口のあたりで物音がして、誰かが入ってきたのは明白だった。
「あれ? いま男の人の声がしたような……?」
マズい、女の人の声がする。
オレは春森がいるのもかまわず、とっさに両手で自分の口を押さえた。
「気のせいかなぁ?」
トイレの中は静かなだけに音が響く。
オレの動き次第では存在がばれてしまう状況……どうしよう、これ。ホントに変態になっちゃうよ。
――トントンッ。
って、ドアをノックされてるし!
これには、オレもさすがに焦燥感を覚えた。
「すいません、大丈夫ですか?」
どうすればいい? なんて答えりゃいいんだ?
そう思っていたのも束の間、
「大丈夫です。お気になさらず」
と背後の春森が応答してみせたのだ。
急なことで驚いたけど、見えないという利点を生かした返し。春森、さすがとしかいいようがないよ。
おかげで女性は諦めたらしく、隣の個室に入ったみたいだった。
……って、用を足すのっ!?
二転三転して、さらにピンチ。
疑似音で誤魔化してるけど、用を足してる音が丸聞こえじゃないか。
そのせいで、女性が用を足しているところを想像しちゃうし、いらぬ妄想ばかりが膨らんでしまう。
や、ヤバい、鼻血が……。
数分後、女性はトイレを出て行った。その間、オレがエッチな妄想から耐え続けたのは言うまでもない。
「ハァ……。なんとか助かった」
「…………」
「あ、あれ? 春森?」
「三田村君。あとで『大事な話』、してもいいですか?」
「え? あ、あ、あ……はい」
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