第二十二話
春森と出会ったのは、入学式から数日後のオリエンテーションのときだ。
ウチの学校は、校内施設および近隣施設を六人一組のグループで巡る、いわばスタンプラリーというヤツだ。
そいつを通して学友との絆や周辺の把握など多岐にわたる目的で実施されていた。
で、肝心のグループ分けの方法はくじ引き。
くじが当たった者同士が集まって、適当に「よろしく」といった感じで行われた。その中にいたのが春森である。
当時、春森はなにをしてもマイペースで、暇さえあれば本を読んでいた。もちろん、オリエンテーションには参加していた。
オレはというと、春森いちずという女の子を深く認識していなくて、それどころか『いるんだ』ってことすら思っていなかった。
……いや、違う。
思い返せば、春森は確かにそこにいたんだ。
でも、入学当初からひとりで本を読み耽ってるせいで、なんとなく「カワイイ子がいるな」程度には認識してた。ところが、春森は近寄りがたいというか、独特のオーラを放って周囲と壁を作ってるからそれどころじゃない。
そんな子が一緒の班になる――これがどれだけ苦労したことか。今考えてみると付き合えてることが奇跡なんじゃないかって思う。
「春森さん、一緒の班だね――私、望月穗花」
と言って、ジャージを着た女子が手を差し出す。
しかし、入学してグループを形成しようかって時期にもかかわらず、春森の反応はとても薄かったと覚えてる。
「……あ、はい。よろしくお願いします」
手元の本から目線を上げて、握手するだけ。
とにかく人に失礼じゃなければ良い――そんな風な建前だけの挨拶は、当然周囲に話しかけないでムードをまき散らしていた。
だからか、オリエンテーション中も無言だった。
「なあ、次のチェックポイントって校外だよな?」
「うーん、私もこの辺に来るのは初めてだからわかんない」
「三田村君は、この辺りの地理に詳しい?」
「んまあ、一応地元だからね……」
「さすが地元民!」
「じゃあ、この幸原商店ってどこだかわかる?」
「向こうにある駄菓子屋さん……って言っても、もう閉店しちゃってるから、もうただの個人の家だよ」
「へぇ~駄菓子屋さんなんかあったんだ」
「中一の頃まではね」
「じゃあ、駄菓子とか結構買ってた?」
「小学生の頃に姉とふたりでよく買いに行ってたよ?」
「いいなぁ~。私、そういう田舎っぽいのに憧れちゃう」
「この辺もだいぶ都会化が進んじゃったしね」
「前は、もっと山とかあったの?」
「あったよ。でも、いまはマンションが建ってる」
「なんでも知ってんだな」
「地元民だからね」
「「さすが地元民!」」
……なんて会話をしてても、春森は終始無言。
オリエンテーションの地図を開いて、みんなでチェックポイントを確認し合っていても、春森は全然絡んでこなかった。
ようやく話せたのは、通りがかった公園での休憩中。
みんなが缶ジュースを買って飲んで駄弁ってる合間を見て、オレは木陰で休息してる春森に近寄っていった。
でも、春森は相変わらず本を読んだまま――。
一向に気付いちゃくれない。そこで、オレが取った作戦は飲み物を差し出すという手段だった。
「はい、これ春森さんの分」
当然、春森は気付いた。
だけど、やっぱり反応は薄くて「なんで?」って感じの視線を向けられた。さながら、オレの好意を無下にするんじゃないかって雰囲気。
これには、たまらず話しかけずにはいられなかったよ。
「……炭酸、苦手だった?」
「あ、いえ……。私に気を遣っていただかなくてもよかったのにと思いまして」
「それは、ずっと本を読んでたからわかるよ」
「でしたら、無理に差し入れされなくても良かったんですよ?」
「いや、なんというか……春森さんと話してみたいなって思って」
「……私と……ですか?」
「こんないい天気で、桜も咲いててスゴく綺麗なのに、上を見上げないのはなんだかもったいないよ」
「確かにそうですけど、私は読書さえできればそれでいいので」
「えぇ~! それじゃあ会話にならないじゃん」
なんて返しても、春森はすぐにうつむいちゃう。
一応、すぐにオレの差し出したサイダーを手に取って口を付けてくれたけど、会話を続けてくれる気配なし。
それでオレも黙っちゃったわけ。
……で、その後どうしたか?
しばしの辛抱が必要だと考えて、その場にと止まることにしたんだ。んで、桜の幹の袂に座って花見をすることにしたんだ。
もちろん、そばには春森がいる……のだけども、特に会話も交わさないまま。
オレたちは、桜の下で『別のもの』を見ていた。
「……どうして、私に話しかけようだなんて思ったんですか?」
ようやく口を開いてくれたのは、数分が経過してののち。
オレはそれがうれしくて、つい心の中で小躍りとしちまった。
そのとき見た春森の顔は、若干困った様子をしていた。だけど、でも興味がないわけでもなさそうで、すかさずオレは話しかけることにした。
「春森さんがカワイイからじゃダメかな」
「お世辞でもうれしいです。でも、それだけなんですか?」
「どういうこと?」
「ひとりぼっちでいることが物珍しいとか」
「それはないから安心して。ん~どっちかというと、儚げでミステリアスな雰囲気に惹かれたというところ……かな?」
「やっぱり、物珍しかったんじゃないですか」
「……あっ、いや! いまのは決してそういう意味じゃ」
「無理しなくてもいいんですよ。私、ひとりでも平気なので」
そのときは、ホントに取っ付きにくいと思った。
同時に辟易させちゃったかなと思って心配になっちゃった。だって、このままだと本当に三年間話す機会もなくなってしまうと思ったぐらいだし。
「ねえ、アナタ。どうして、一緒に行動しないの?」
そんなところへ誰かがやってきた。
顔を向けると、そこには小さな体躯の女の子が立っていた。
「……えっと……」
「私、坂下優実」
「ゴメンナサイ。私、人の名前を覚えるのが得意じゃなくて」
「そんなことはどうでもいいわ。怒ってるわけじゃないんだけど、一緒に参加してみんなで楽しもうっていう気概はないのって聞いてるの」
「……そういうは……ちょっと……」
「そう。だったら、いいわ」
あれ? あっさり……。
なんかもうちょっと食い下がると思ったのに。坂下さんは、まるで何事もなかったかのようにクルリと反転して歩き出した。
でも、そんな坂下さんを引き留めたのは、意外にも春森だった。
「ま、待ってください」
その声にさすがの坂下さんも足を止めてた。もう一回後ろを向き直って、春森の方に近付いていったんだ。
「なあに? どうしたの?」
「あの、えっと……いまのは、たったそれだけの用事だったんですか?」
「それだけだけど?」
「私、てっきり無理矢理引っ張られていくんじゃないかと」
「そんなことしないわよ。あと、私はイジメなんてみっともない真似もしないから、安心して本を読んでくれていいわ」
「じゃあ、坂下さんはなにを伝えに来たんですか」
「私は、一緒に楽しんだ方が面白いよって伝えに来ただけ」
と言って、坂下さんがニンマリと笑う。
そのあまりにも無邪気な笑顔は惚れちゃうんじゃないかってぐらい純粋。その純粋さは、オレだけじゃなく春森にも伝わったのだろう。
終始、ポカーンとしていた。
しかし、それはわずかの間だけ。
「……それにさ、なんかお邪魔みたいだったしね」
なんて発言が飛び出した途端、坂下さんの意図が読めちゃった。
要は、オレたちふたりがなんかしてるのを見てからかいに来ただけなのだ。それでオレも気付いてあたふたしちゃったし。
目を合わせようとした春森も、本に顔を隠して耳たぶを真っ赤にしてた。
「な、なにもしてないよ! ちょっと春森さんと話がしてみたかっただけだって!」
「それをなにかしてたっていうのよ――三田村君」
「えっ、あれ? どうして、俺の名前を?」
「さっきまでみんなの中心にいた人物がなにをいまさら言ってるの」
「ああ、そうか。それで名前覚えられてたのか」
「地元民ってだけでチヤホヤされてた人が外れたせいで、みんな『なんとかなるさ』って感じに好き放題始めちゃってるよ?」
「アハハハ、ゴメンナサイ」
「もうしっかりしてよね! 現状、三田村君が引っ張ってくれないと、早く教室戻れないんだから」
「う、うん……。善処してみるよ」
とはいったものの、なにをどうまとめればいいのやら……?
「……フフフッ……フフフフフ……」
そんな折、突然誰かが笑い出した。
オレは、その声に反応して顔を右に差し向けると、春森が口元を本で隠しながら笑っていたんだ。
それには、本当に驚かされたよ。
だって、独りで本を読んでいるような女の子が急に可愛らしく笑うんだぜ? まさかそんな光景が見れるなんて思ってもみなかったよ。
なにがおかしかったのかはよくわからなかったけど、春森的にはそれだけオレたちの会話が変だったってことなんだと思う。
でも、その日以降春森と話す気かは訪れなかった。
とはいえ、オレが春森を意識するようになったきっかけはこの日の出来事のおかげだ。
以来、どこにいても春森を目で追いかけるようになった。
……それからのことは言うまでもない。
時間は掛かったけど、友達の絆ができて、春森に告白して、そうやっていまのオレたちができあがっていったんだ。
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