第三章「たおれる彼女」

第十一話

「知ってます? 三田村先輩」



 放課後――。

 オレは、本を読むのが日課となっていた。

 なにせ春森は図書委員、オレは帰宅部。まったくと言っていいほど、正反対の行動をしている。

 だから、暇を潰すために本を読んでいるんだけどね。

 ちなみにそれまでは全然読んだことがなかった。

 本を読むきっかけになったのは、やはり春森の存在だ。本好きな彼女を持つようると、同じ趣味を共有したいと思っちゃうのかな。

 で、そんな風に本を読んでるときに千夏ちゃんが話しかけてきたんだ。



「なにが?」

「最近、誰も触ってないのに物が浮かび上がって勝手に動いてるって噂のことです」

「物が動くって……。そんなのあるわけがないよ」

「あっ、もしかして信じてませんね? ホントなんですけど」

「それじゃあ、千夏ちゃんは幽霊とか信じてるの?」

「私は、そういう非科学的なものは信じませんよ」

「……あれ? じゃあ、なんで物が動くなんて話になったの?」

「この前、おかしなモノを見たからですよ。先月の特集本を片付けてる最中に奥の方で一冊の本がプカ~ンと宙に浮いてるを」

「宙に浮いてるっ!?」



 それを聞いて、オレはドキッとしちゃった。だって、それは間違いなく透明人間がしでかしたこと以外ありえないもん。

 そして、その透明人間は春森しかいない。

 もちろん、それ以外にいるかもしれないけど、透明人間がふたりもいるなんて可能性あるはずないじゃん。

 つまり、それを動かした人間の正体が知れたら……。

 オレは焦って、つい受付カウンターの方を見てしまった。

 すると、事務処理をしていた春森と目が合った。どうやら、聞き耳を立てていたらしく、自分じゃないという具合にブンブンと首を振っている。

 ……なら、いったい誰なんだ?

 そのことを確認したくても、当の千夏ちゃんは事実を知らないしなあ。向き直ると、千夏ちゃんは怪訝そうな顔つきでこっちを見ていた。



「先輩? どうかされました?」

「あ、いやなんでも……。へ、へえ~そうなんだ」

「なんか信じてませんね?」

「そんなことないよ。千夏ちゃんの言うこと信じるよ」

「嘘くさいなぁ」

「ホントだってば」

「……まあいいですけど」

「それで、その本はどうなったの?」

「棚に戻されたと思ったら、あとは何も起きませんでした」

「見間違えたんじゃないの?」

「そんなはずありません。図書室の電気は全部ついてましたし」



 ということは、ホントに幽霊?

 疑問符が付くばかりだ。

 でも、それだとポルターガイストを起こしたのは春森じゃないってことになる。うーん、ホントにいったいなんなんだ?



「じゃあ、やっぱり幽霊がいたってことなのかな?」

「ですから、そういうのは絶対にありえません。きっと誰かのイタズラに決まってます」

「こ、こ、こだわるね?」

「それじゃなかったら、こんな話を先輩にしませんよ」

「だよねぇ~」

「あとで探し出して、キッチリ言ってあげないと」

「アハハハ……」



 千夏ちゃんは真面目だなぁ~。

 とりあえず、千夏ちゃんには春森の身体が透明化する病気のことはバレいない。

 それが確認できただけでも幸いだろう。



「事務処理終わりましたよ」

 そうこうしているうちに、春森が自分の仕事を終えて近付いてきた。

 胸元には、一冊の本を大切そうに抱えられている。

「お疲れ様。それ返す本?」

「いえ、これは私が読むのに借りていく本です」

「へぇ~春森でもこの図書館の本で読んでないものがあるんだ」

「まだ全部は読んでませんよ。でも、卒業するまでにはここの蔵書を全部読んでみたいとは思ってますけど」

「じゃあ、『目指せ! 図書室制覇』だね」



 春森はホントに本が好きなんだな。

 だからこそ、図書委員なんて仕事をこなせてるんだと思う。



「春森先輩、三田村先輩。後のことは、私がやっておくのでお二人は上がっちゃってください」



 そんな中、千夏ちゃんがそんなことを言ってきた。



「え? でも、ひとりで後片付けなんて大変でしょ?」

「いえ、あと本を数冊片付けてカギを職員室に返しに行くだけなので、そんなに時間は掛かりませんよ」

「千夏ちゃん、本当にいいんですか?」

「構いませんよ。どうぞお二人で楽しい下校時間をお楽しみください」

「……そ、そんな下校時間だなんて」

「そうだよ。そりゃあ、確かに春森と一緒に帰るのは楽しいけどさ」

「み、三田村君まで……」

「ウフフッ! 春森先輩が照れてる、照れてる」

「照れることないよ、春森。オレ、ホントに春森と帰れてうれしいし」

「も、もう二人ともっ! 恥ずかしいからいい加減やめてください」

「「アハハハハ」」



 おもわず笑っちゃった。

 こうして普通に話してるところを見るに千夏ちゃんは知らなさそう。とはいえ、もしかしたら、勘ぐってるかもしれない。

 さりげなく聞いてみるか。



「ところで、千夏ちゃん」

「なんですか?」

「さっきの話だけど、もし幽霊じゃなくて、別の存在の仕業としたら?」

「別の存在? なんなんですか、急に……」

「いや、だって千夏ちゃんは幽霊の存在を信じてないんでしょ? だったら、別の存在によるイタズラを考えるしかないんじゃないかな」

「先輩、何を言い出すんですか」

「えぇ~? だって、そうでしょう?」

「私はただ単に私の視覚から誰かの姿が映らなかっただけだと思います。そんな別の存在だなんて、じゃあいったい何がそうさせたんですか?」

「たとえば、ほら透明人間とか」



 と言った途端、千夏ちゃんが笑い出した。

 なぜそんな風に笑ったのかよくわからないけど、おおよそのところで見る限り、千夏ちゃんは疑っている様子はなさそう。



「アハハハッ、透明人間って……。先輩、そんなものいるわけないじゃないですか」

「だよねえ~?」

「まっ、そんなものの仕業だとしたら、私でもホントにビックリしますよ」



 というわけで、千夏ちゃんは無罪でした。

 あくまでも話題として図書館の幽霊の話をしただけ。春森が透明人間だってことに気付いている疑惑は、オレの杞憂だったってことかな?

 そんなやりとりをしていると、春森が必死に訴えかけてきているのが目に付いた。

 どうやら、いまの会話を聞いて慌てたみたい。春森にとっては死活問題で、坂下さんたちにでさえ黙っている事柄だ。

 それだけに千夏ちゃんを試すようなことを言ったことに肝を冷やしたんだと思う。


 ……まっ、これ以上の詮索はすべきじゃないかもね。


  さて、春森を連れて帰るとしますか。



「それじゃあ、オレたちは帰るよ」

「はい、お疲れ様です」



 と挨拶を交わすと、オレたちは図書館をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る