第一章 前編

第5話 初期レベル?

 ……なんだか俺にそっくりなヤツが勇者として活躍する夢を見ていた気がする。そいつは時を止める能力をもっていて、魔神に立ち向かって行った。よく分からんが他に居た二人と共に、魔神をあと一歩の所まで追い詰めるんだけど、負けてしまう……そんな感じの夢だった。

 ――あれは魔神アヌビスだよな? ……あれ、俺さっきまで何してたっけ。

 あれ? ってゆうか、俺なんで“神殿”に居るんだ?


 木製の天井が俺の視界に入ってきた。微睡まどろんでいたのも束の間、俺は慌てて上半身を起こした。どうやら寝ていたらしく、白色の小ざっぱりしたベッドの上で仰向けになっていた。辺りを見回すと、ここは小屋の中――アヌビスゲート内でプレイヤーが死亡した時に蘇生するポイント、神殿と呼ばれる場所だと分かった。

 どうやら気付かない内に死亡していたらしい。まぁ、俺くらい理知的な人間になると色々と考えるのだ。考えを巡らせ過ぎて、知らぬ間に死亡したのだろう。

 いや、待てよ? そんな強敵と戦っていたっけ?

 VRゲームをプレイ中に寝落ちする事もままあったし、徹夜した次の日なんか、気付かない内に結構な時間が経過している事はあったからな。今回もそんな塩梅だろうと、俺は気にも留めなかった。


 しかし、何だろう。体がダルいし、ボーっとする。確かクリスマスの夜にアヌビスゲートをプレイしてて……そうだ、親父とケンカしたんだ。それで……

 ……ダメだ。思い出せない。VRをプレイしていたとは思うんだけど。で、何時間くらい寝ちゃってたんだ? えっと、時計は――


 20XX 5/29 13:51


 は? この時計、バグってんぞ? 今日はクリスマスだろうが。ったく、しょうがねーな。しっかりしてくれよ、Anubis社。


 とりあえず神殿から出ようと思い、俺はベッドから立ち上がった。すると、体が妙に重く、踏鞴たたらを踏んでしまう。不思議に思った俺はステータス画面を確認してみる。

 毒や麻痺といったバッドステータスは勿論ついていなかった。神殿で蘇生したのだからそれは無いだろう。だが、ふとその横の、自分のレベルとHPバーを見て、一瞬思考が飛んでしまった。


 シグレ Lv.1 Human

 ■HP 5/50


 ……オイオイ、冗談きついぞ。どうなってんだ。初期レベル? ……あれ!? 今気付いたけど装備も全部、初期の装備じゃん!! はぁッ!? えぇ!?


 ただひたすら焦燥感に襲われながら、暫く俺はパラメータやメニュー画面を確認していた。そこで幾つか分かった事がある。

 第一に、何が起きたかは不明だが、どうやら俺は初期設定に戻されてしまったらしい。キャラクターの見た目、つまりアバターはそのままだったが、悲しい事にレベルや各パラメータ、装備、所持金、全てが白紙に戻されていた。アイテム欄も確認してみたのだが、栄光ある所持品はひとつも残っていなかった。


 シグレ Lv. 1 human

 称号:新人

 異能:1/10

 ■HP 5/50

 ■MP 2/20

 ■攻撃力 8

 ■防御力 5

 ■素早さ 4

 ■魔法耐性 2

 ……


 ■炎耐性 1

 ■氷耐性 1

 ■雷耐性 1

 ……


 第二に、“異能”が変わっていた。アヌビスゲートは、キャラクタークリエイト時に各キャラクターに一つだけ、固有の“異能”が与えられる。チート能力もあれば、プレイヤーにマイナスに作用するような玄人向けの能力もある。ゲームバランスを引っくり返すようなものも含め、唯一無二の能力がランダムで付与されるワケで……

 俺の頭がおかしくなければ、確か<時間停止ステイシス>の異能だった筈だ。あの最強最悪のチート。それが無くなっている。代わりに<1/10>という名前の異能が付いていた。

 読みは“テンパーセント”のようだ。アヌビスゲートをそれなりに長くやっている俺も初めて見る異能だった。効果説明には「パラメータ、ステータスが1/10になる」という表記が書いてある。

 え、どういう事だ? HPとMPが十分の一になってるのと関係がありそうだが、まぁこれは後で確認するとして……

 第三の発見だが、これが一番厄介だった。ゲームから<ログアウト>できないのだ。ログアウト用のボタンが消えている。通常、プレイ中にログアウトの意志を持った段階で、画面に


《ログアウトしますか?》

 はい / いいえ


 という文章が表示されるのだが、それが起きない。俺が思うに、最新版のアップデートが起きたのだと思う。それも、予告無く、だ。

 もしかしたらテストプレイを兼ねて、俺がボーっとしている間に告知が為されていたのかもしれない。今となっては確かめようが無いのだが……

 まぁ、後はアレだ。流行の異世界転生ってヤツの可能性もある。但し、ログアウト出来なくてゲームの世界に取り残されたのか、それともリアルの肉体ごとアヌビスゲート内に飛ばされたのかは分からない。

 うーん……

 まぁ、いっか! こういう時、普通は狼狽するのだろう。もしくは「人生終わった」と絶望するのだろうが、俺を舐めてもらっちゃ困る。

 未練は……無い! 現実世界の俺が生きているのか死んでいるのか知らないが、どうせあのまま生きててもロクな人生では無かった。両親も心配してないだろう。きっと、多分……

 それに、俺は知っている。そういうバーチャルの話はよく聞くが、大抵こういう時ってラスボスを倒せば元の世界に戻れるじゃん。

 倒せばいいんだろ? そう、それで解決だ。それに、只のアップデートかもしれないし!


 気合を入れ直して、神殿の扉を開け放った。外から陽光が照り付け、俺は顔をしかめた。レンガ作りの、よくあるロープレの街の光景が目に飛び込んでくる。

 アヌビスゲートの世界観は中世ヨーロッパをベースに、現代やSFを足したものだ。今俺が見ている光景もゲームでは馴染みの景色だし、ここがプレイヤータウン<シンジュク>だとすぐに把握できた。

 確認したい事があった俺は一縷いちるの迷いも無く、勇み足でシンジュクの街中を進んでいく。


 他にもプレイヤーは居るようだった。ログアウト出来ないという状況ゆえ、目を白黒させている者、地面にしゃがみ込んでいる者、不安げな面持ちで話し合う者で溢れている……と思いきや、なんだかこの世界に順応している奴等ばかりに見えた。「奥さん、今日は野菜が安いのよ」、「まぁ素敵! あとで買っておかないと!」という会話が聞こえてきそうな程、安寧に満ち満ちているように思える。

 なんというか、異世界に飛ばされてしまったけど、既にかなりの年月が経過したから慣れちゃいました、みたいな。落ち着いている奴等ばかりで、俺の想像とちょっと違った。

 ……ま、まぁ俺は寝ていた訳だし、既に事態が変化していてもおかしくはないな! と言っても、収拾が早いとは思うがね!

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