第41話 死闘

 時は遡り、シグレがグリフォンを撃破した頃、『アイ』はシグレを恐れていた。あらゆる公算を思案し、考察する。そして、このままでは自らに間違いなく危険が及ぶだろうという結論に至った。

 当初、シグレというデータその物を抹消しようと目論んだ。データの抹消、それは実質的な「死」という意味を内包している。だが、シグレにはプロテクトが掛けられていて、あらゆる攻撃が無効化された。

 リエルの仕業か。忌々しい――そう思いながらも、幾度と無く妨害を試みた。しかし、自らと並ぶ存在であるリエルを上回る事は敵わず、最終的にシグレ本体に手出しする事は出来なかった。……しかし、この女であれば――

『アイ』の魔の手が伸び始める。




 一隻の海賊船が港へと接近し、辺りが騒然となった。近隣住民が避難を開始する中、空母とでも比喩できそうな大型の海賊船が、そのおどろおどろしい外観を露にする。帆はボロボロであり、船体の至る所には穴が開いている。さながら幽霊船といった様相だ。

 それがゆっくりと停泊すると、甲板へと続く桟橋が架橋される。

 戦いの火蓋は切って落とされた。


「――<流星群>ッ!!」


 白い少女が長杖を掲げて極大魔法を放つ。直径数十メートルはありそうな魔法陣が空中に描かれると、光の雨が降り注いだ。

 雨は高速で船体を穿ち、海面に波飛沫を立てる。甲板に穴が開き、爆発が起き、乗船していた海賊達を葬ってゆく。


「行きますよ!」


 リエルが一声かけると、シグレとルーシアが慌てて動き出した。二人は一瞬呆然としていたようだが、気を取り直すと桟橋を駆け上がる。生き残った敵モンスターが溢れ出し、船上に乗り込む前に戦闘が勃発した。

 敵の数、およそ五十。剣や弓を装備した、死して骸となった雑兵が三人へと向かって来た。

 ルーシアがショットガンで波状攻撃を繰り出し、その後方からリエルが魔法を詠唱する。詠唱に時間が掛かっている事から、またしても強力無比な威力のものだろう。

 ルーシアが討ち漏らした瀕死のモンスターを、シグレが狩る。詠唱が完了し、天高くから無慈悲の爆炎が叩き付けられた。


 ――AIによる攻撃は凄まじい物であった。チート紛いの事は出来ないと謳っていたが、シグレやルーシアの目に映っているのはチート以外の何物でもなかった。

 功を奏したのは、規格外の威力だけではない。パーティ編成のバランスも良かった。近接戦闘型のハンター、中距離から射撃するガンナー、後方から魔法で支援するフォース。戦闘における重要な役割が分担されていた。これはキャラクターをクリエイトした際のリエルの英断と言えるだろう。

 桟橋に居た海賊達が蹴散らされ、密集していた空間に隙間が出来た。活路とばかりに、三人は一点突破を図る。大きく跳躍して、甲板へと乗り込んだ。

 敵の残数は海賊が五名、そしてボスモンスターである船長。既に、三分の一ほどボスのHPは削られていた。フォースの最終奥義とも呼ぶべき上位魔法を数撃喰らっても尚、まだその体力には余裕があった。対するリエルのMPは残り少ない。


(もう強力な魔法は使えない……っ!)


 思わずリエルは歯噛みする。その様子を知ってか否か、シグレやルーシアが前線に出て牽制する。しかし、これでは戦いが長引くだけだろう。

 あと一度なら強力な魔法が放てる。しかし、秘策の為にそれは出来なかった。シグレが突撃を仕掛けた最後の時、とある魔法を唱える算段であった。それ故、リエルはMPを枯渇させる訳にはいかなかった。

 先程までの大わらわとは打って変わって、粗末な支援に徹した。ルーシアが傷つけば、HPを少量回復させる。シグレがピンチになれば、自らも前線に赴き、長杖による物理的防御で援護する。

 シグレが与えるダメージは軽微なものであった。しかし培ってきた戦闘センスと、ルーシアとの連携により、取り巻きである雑魚モンスターはその数を減らしていった。


 ――戦闘開始から十数分。雑魚モンスターのラスト一体を撃破した際、それは起きた。

 散り際に放った剣撃が掠り、シグレは毒状態に陥ったのだ。即死しなかったのは不幸中の幸いだ、とシグレが考えていた。

 その光景に油断したのか、予想だにしていなかった方角から飛んできた毒矢がルーシアの腕に命中する。彼女は呻き声を上げ、顔を歪ませた。


「大丈夫か!」


「だ、大丈夫……」


「リエル、解毒を!」


 シグレが解毒を頼むが、リエルは困惑した表情で首を横に振るばかりだった。もう残りのMPが残っていない。治癒魔法も使えなかった。


(あと少しなのに! あと少しHPを減らせばあの技が使えるのに!)


「な、何でだ……! リエル、もしかしてMPが残ってないのか!?」


 不思議な事に、シグレのHPゲージは毛ほども減っていかなかった。本来、毒状態になれば毎秒、一定量ずつHPが減少していく。

 しかし、そんな事に気付く余裕など持ち合わせておらず、全員が焦燥感に駆られていた。シグレはボスモンスターから距離を取るのに精一杯で、リエルは立ち竦むのみ。そんな折、ルーシアが装備を持ち替え、<ランチャー>を取り出した。重すぎて回避行動が出来ない銃器。――防御する事を捨てたのである。


「私は駄目ね。もうすぐHPがゼロになるわ……。こうなったら特大のをお見舞いしてやるから、後は任せたわよ……!」


 体力が残り僅かとなったルーシアが、有限の刻の中でありったけの弾丸を連射する。その内の一発は船長の装備しているサーベルに迎撃されるも、残り全てがその屍の体へと撃ち込まれて、ボスモンスターの体力が半分以下になった。

 同時に、ルーシアのHPがゼロになり、体が透明になってゆく。


「ルーシア……ッ!!」


「……別に、神殿で蘇生す……し、いいじゃ……」


 シグレに向かって微笑むと、ルーシアが消滅した。

 悲しむ間もなく、場面は展開してゆく。時が来たのだ。リエルが最後の魔法を詠唱し始めて、シグレに突撃するよう命じる。


『……万物よ、反転せよ、<リバースマジック>……ッ!!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る