第42話 反転魔法

 左手にハンドガンを、右手にドラゴンバスターを。銃撃で牽制しつつ、ジャンプしていた俺はそのまま長剣を振り下ろした。

 すると、予期せぬ事が起きた。放った斬撃が船のデッキ、と言うか船体を真っ二つにし、俺の前方で大きな波飛沫が起こった。肉薄していた海賊船の船長は一撃の下葬られ、散り散りに霧散してゆく。


「馬鹿メ……すデニ……作戦、は成功、シ……――」


 ……嘘だろ? 最上位難易度のボスだぞ? たった一撃でHPを半分も削ったのか? この俺が。

 瞬刻、思考停止していた俺は勢い余って甲板を転げまわる。程なくして、体に異常な軽さを感じた。

 そう言えば、こいつ、死ぬ間際にこんな台詞を吐いたっけ? 気になるけど……ゲーム時代と違うのは今に始まった事ではない、か。

 穴だらけの甲板で、俺は立ち上がって自分の両手を見やる。

 ――まるで全盛期の時のような、ステータス値がカンストしているような……。そんな感じである。

 まさかと思いステータス画面を開いて、俺は驚愕した。開いた口が塞がらなくなるとは、まさにこの事だろう。


 シグレ Lv.61 Human 【毒】

 称号:???

 異能:1/10

 ■HP 74/8510

 ■MP 36/4240

 ■攻撃力 6490

 ■防御力 4440

 ■素早さ 4550

 ■魔法耐性 720

 ……


 ■炎耐性 700

 ■氷耐性 680

 ■雷耐性 710

 ……


 何だ、このデタラメなステータスは。……異様なまでに能力値が跳ね上がっているぞ!?

 レベルが若干上がっているのは、ドラゴンを倒したからだ。それと、今しがたボスを倒したから納得の数値である。

 昔の俺ならいざ知らず、ステータスの平均は数百程度だった筈だ。それが何故か、数千を軽くオーバーしている。難易度で言ったら“GOD”級の一流プレイヤーだ。実質的にはレベル三百から四百くらいの強さだろう。


「上手く行きました……良かったです」


「リエル、今のは? それに、このステータスは何だ?」


「<反転魔法>を掛けたんです。シグレさんの異能<テンパーセント>を反転させました」


 現状を飲み込めずに居ると、リエルが駆け寄ってきた。そして説明してくれた。

 反転魔法。通常、相手からの攻撃を跳ね返したり、力の向きを逆転させたりする事に用いられる魔法だ。原理は、力が作用するベクトルを真逆にさせるものだったと思う。勿論、強力なモンスターの攻撃は跳ね返せない事もあるし、使い勝手が良い訳ではない、というのが俺の見解だった。


「つまり、ステータスが十倍になったんです。効果の持続は、戦闘時だけみたいですけど」


 反転する魔法を俺の異能にだけ作用させた、という事か。その結果、俺のステータスが十倍に膨れ上がり、一撃でボスモンスターを仕留めた、と。

 これが秘策だったんだな。ただし、ボスのHPを削り切れるかは賭けだったし、俺のHPを回復させる手段も無かったので、出し惜しみしていたって所か。

 それにしても、俺の異能に使用すると途轍もないコンボになる訳だが……ゲーム時代にそんな仕様って、あったか?


「これが私の異能、<反転>なんです。魔法としても使役できますが、シグレさんがプレイしていた頃は無かったものです。キャラクターをクリエイトする時に、シグレさんの異能への対処法として思いついたので、付与しました」


 俺の動向はずっと観測していて、それで考えたらしい。――ステータスそのものが十分の一になっているのではなく、戦闘時にステータスが十分の一になる。であれば、戦闘になるとステータスを十分の一に変化させる力のベクトル、もしくはプログラムが存在する筈だ、と。その方程式を逆にしてしまえれば……と憶測を立てたらしい。


「そうか。結果的に大成功だったな。……だが、これで俺達に加担している事が『アイ』にバレたんじゃないか?」


「そうですね……しかし攻略法は既に確立できたも同然です。問題ありません。一度、神殿へ行ってルーシアさんと合流しましょう」


「そうだ、な……? あれ――」


 同意し、オキナワの神殿へ戻ろうと思った所で、俺の意識が途切れた。

 みるみる内にHPゲージが減っていき、いつの間にかゼロになった瞬間だった。


 …………。

 ……。


 目を覚ますと、オキナワの神殿だった。

 さっきまで海賊船の甲板で、俺はリエルと喋っていた。戦闘が終わって、ダメージも受けていなかったのに……死亡した?

 増強されていたステータスも元に戻っている。状態異常も無いな。いや、待てよ……状態異常、そう言えば確か毒状態だったはずだ。


 <シグレさん! 繋がった、良かった……心配しました。まずは、泊まっている宿屋まで来て下さい>


 チャットの呼び出し音が鳴り響いていたので、通話をオンにした。相手はリエルだ。

 俺は神殿を出ると、泊まっていた宿屋まで直行する。


 道中、NPCと思しき通行人から「さっきの戦い、見てたぜ! スゲェな、アンタ!」と肩を叩かれたり、手を振られたりした。どうやら海賊船の襲撃は街でビッグニュースになっていたようで、その親玉を倒した俺(もしくは俺達)は軽い有名人になっているのかもしれない。軽く礼を言いながら、その場は後にした。

 宿屋に着くと、入ってすぐの所にリエルが居たので事情を聞く。


「部屋で話しましょう。私も一部屋、借りましたから」


「分かった。……ルーシアは? 神殿には居なかったみたいだけど」


「先程会いましたが、『なんだか疲れたから先に休む』と言っていました。宿は移したみたいで、今は私の隣の部屋で寝ている頃かと」


 時刻はもう夜だった。朝から色々あったし、方針会議にも熱が入った。たらふく食べてからの死闘――と言うか実際に一度死亡した――だったし、そりゃあ疲れるわな。起こさない方がいいかもしれない。


「それで、先程いきなり俺が死亡した件についてだが……」


 女子の部屋に入り、遠慮せずにベッドに座らせてもらった。俺が尋ねたのは、戦いが終わった後、急激にHPが減少していき、やがて死に至った事についてだ。

 そう、確か毒状態に陥っていた。それが関係しているのだと思う。


「これは推論ですが――」


 リエル曰く、恐らく異能<テンパーセント>はバッドステータスにも影響をもたらしているのではないか、との事。

 つまり、十分の一になるのは、攻撃力や防御力だけではなかったのだ。毒や麻痺と言った作用も十分の一になるという事か。

 だとすると、俺に対して状態異常は効かないようなものか。確かに、毒を付与された時、まだ反転魔法を掛けられる前だった。その時はむしろ、HPが全然減っていなかったような気がする。

 ……ん? それで反転魔法を使ったって事は


「そうですね。効果が逆転し、十倍になったので、毒による侵食スピードが十倍になったのではないかと」


 だとしたら、リスクも大きいな。毒に侵されて約三十秒から六十秒で絶命すると考えると、毎秒二、三パーセントずつHPが減っていく計算になる。それの十倍だから……


「……って事は、数秒!? 戦闘中に毒を喰らった場合、早ければ三秒で死ぬって事か!」


 時間停止に代わるチート能力だと思って喜んでいたが、とんでもない制限付きの能力だな。

 毒だけではない。麻痺や混乱状態といった他のステータス異常も同じく、危険と思われる。陥ったら最後、終わったと思って良いだろう。


 その後、明日からの予定について軽く確認した。次のステージへと進み、他の勇者と合流するのである。


「あ、ちょっと待ってください。ボスモンスターを倒した時の、宝箱の中身です。お二人が神殿に行ってしまったので、私が預かっておいたのですが……」


 別れ際、リエルに引き留められた。何の事かと思いきや、海賊船ステージクリアでゲットした報酬についてだった。

 俺は分け前として、数千ゴールドを貰ったのだった。


 午後九時。自室へと戻っていた俺は、ベッドに寝転がりながら今日起きた出来事を思い返す。ルーシアにも色々と迷惑を掛けた気がした。何だか気になり、チャットで呼び掛けてみる事にする。

 しかし、通話が繋がる事は無かった。

 もう寝ているのだろうか。

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