第7話 俺の知っているアヌビスゲートと違う

 これはシグレが最高難易度の“GOD”をクリアし、5周目を始めた時の事だ。プレイヤーキル(他のプレイヤーを攻撃して殺す事)に生き甲斐を見出し、まだ見ぬツワモノを求めて世界各国のサーバーを転々としていた。


 アヌビスゲートのキャラのレベル上限は500である。そして、ステータス上限は9999なのだが、本来そもそもカンストする事自体が珍しい。

 難易度“VERY HARD”をクリアする辺りで、一般的なプレイヤーはレベル300~400くらいとなる。ちなみに各ステータス値は5000前後。これは、レアな武器や防具によって底上げしての数値である。

 難易度VERY HARDの上は最上級の“GOD”である。そのGODをクリアしたのは全世界で十人を下回り、GODをクリアする程の装備になると、超一級のレア装備に限られてくる。ステータスをカンストさせるような物だ。特殊な条件下で、効果を発揮する武器や防具があり、通常では9999までなのだが、組み合わせによっては上限を上回る事がある。これに関しては、バグか仕様かでファンの間では度々討論が起こる。

 シグレが装備しているのは、こういったレア装備なのである。


 シグレ Lv. 500 Demi Human

 称号:超越神

 異能:時間停止

 ■HP 9546/9546

 ■MP 11154/11154

 ■攻撃力 9999

 ■防御力 9361

 ■素早さ 7205

 ■魔法耐性 8514

 ……


 ■炎耐性 8492

 ■氷耐性 8439

 ■雷耐性 8439

 ……


 ~装備~

 武器◇ 滅龍槍

 防具◇ 神威 九ノ型

 アクセサリー①◇ 神威 零式

 アクセサリー②◇ 魔神の魂

 アクセサリー③◇ 夢幻の腕輪


 例えば、シグレの装備している<神威シリーズ>は、揃えて装着すると効果が倍増する。本来9999で止まる筈だった数値がカンストした例である。


 ◆


 そんなシグレの現在は、初期レベル、初期装備である。酒場のオヤジに貰った餞別の装備に換えようとしたのだが、レベル制限で装備出来なかった。<身代わりの盾>というもので、説明文には“瀕死の攻撃を受けても、一度だけダメージを無効化する。効果が発動すると盾は消える”と記載されており、中々の値打ちものだと思われた。

 憮然としながら、シグレはシンジュクの街から出る。五ヶ月分の記憶は無いが、アヌビスゲートは散々やり込んできた。そう自負するだけあり、道に迷うことも無く、悠然と一路を辿った。


 最初のフィールドである“森”はシンジュクから出てすぐ広がっている。そこからは、後半の冒険の舞台、サイバーシティが風景として窺える。バリッバリのSFであり、天高くそびえる摩天楼と光り輝く都市。空中を自動車が走れるような非科学的な薄さのレール__なのか魔法陣なのかは不明だが__が浮いており、何やら未知の機械が駆動したり飛行したりしていた。しかし、街を出たシグレは思わず歩みを止めて、呟く。


「都市が、滅びている……!?」


 サイバーシティが灰燼かいじんに帰していた。

 高層ビルは砕け散り、巨大なレールのようなものは地上に落下し、ひしゃげていた。辛うじて何かのエネルギーが働いているのか、瓦礫が浮遊している様子が見て取れた。そこに、ゲームだった頃のサイバーシティの面影は無い。

 何か強大なエネルギーを多方向から打ち込まれて滅茶苦茶になったような、そんな様相だった。街は無事であるが故、シグレの目には余計に不気味に映った。


 暫し、その光景に顔を青ざめるシグレだったが、すぐに森へと着いた。ここからはモンスターも出現し、冒険を開始したプレイヤーにとって最初の障害となる。

 敵を倒しながらボスが居るフロアまで進み、見事撃破すればステージクリアとなる。

 基本的にアヌビスゲートのシナリオは、フィールド等に落ちている<ダイアログ>と呼ばれる物を辿り、謎を解き明かして踏破し、最終的にラスボスを倒すというものだ。そのダイアログは、歴史書や古文書などとも呼ばれ、ゲームだった頃、開発時にプログラムされた先住民もしくはNPCプレイヤーの先駆者が仕掛けたものだと言われている。ゲームを盛り上げる為の“フレーバー”として、また冒険のヒントなどが書かれているのだが、これを発見することは初心者からすれば物語の歴史を辿る為に必須とも言えよう。

 アヌビスゲートを何度も周回しているシグレにとっては、ダイアログはもう見飽きた存在であった。チェックする価値もない。しかしシナリオが少し変わっているかもしれない、否、先ほど目の当たりにしたサイバーシティの崩壊……間違いなく何かが起きているのだ、と。そう考えるようにしていた。


「ダイアログの内容が変わっている……」


 森に入った所で、すぐダイアログを発見した。その内容は、ゲーム時代とは異なるものだった。


 ◆


「五百年前に文明が消滅している……。どういう事だ?」


 最初に発見したダイアログの内容は、俺が知っているアヌビスゲートのものではなかった。

 曰く、五百年前、この世界で大規模な大戦が起きたようである。

 その消失した文明ってのは、あのサイバーシティの事を言っているのか? ……五百年前? って事は、ゲーム時代から少なくとも五百年以上経っているとでも言うのか? ゲーム時代はサイバーシティが滅びていなかったし。

 ってことは、俺は五百年経ったアヌビスゲートに転移してきたのだろうか。いや、違う。頭に何かが引っ掛かているのだが、思い出せない。もっと前に俺はこの世界に来ていたような、そう、この目でサイバー都市を見たような……。


 いや、崩壊する前に来ていたのだとしたら五百年以上の記憶が無い事になるし、そもそも俺の体なんて土葬されて塵芥になっているだろう。そんなに長い間アヌビスゲートが放置されていたとも思えない。やっぱりこれ、アヌビスゲートがアップデートされただけで、ただのVRなんじゃね?

 だが、このダイアログ、凄い古いものではあるな……。いや、どういう事かは分からんが進むしかないよな! よし!


 最初のダイアログを発見し、森を進んでいった。

 あと数歩歩くとモンスターが出てくるな。廃人プレイヤーの俺には分かる。そこの木の右奥からスライムが……よし、出てきた。


 最初に出会うモンスターはザコ中のザコ、スライムである。ちょっとイレギュラーが続いて心細かったが、いつものプレイ通りで安心できる。スライムのレベルはたったの『1』。楽勝だった。

 俺は初期装備の剣を振り上げ、スライム目掛けて振り下ろした。すると、剣はスライムに直撃し、スライムは俺に体当たり攻撃を仕掛けてきた。


「――ごはぁッ!?」


 俺は死亡した。

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