第6話 えっ、俺だけ?
異変は徐々に
街中の、とある広場で時計を見かけたのだが、やはり時間は昼過ぎを示していた。つまり、メニュー画面の時計は間違っていないようである。……となると、クリスマスの夜にVRにダイブしてから時間が経過している……?
気になった俺は、近くに居た冒険者風の女性に声を掛ける。
「あのー、すみません。妙な質問で恐縮なんですけど。今日って何月何日でしたっけ?」
「え? きょ、今日は五月二十九日ですけど……」
「ハハハ! ですよね~。それじゃ!」
ヤベェ。どうなってんだ。五月? 俺がダイブしたのはクリスマスだぞ!? なんで五ヶ月もズレてんだ? そんなに寝ていた訳が無い。あー、訳わかんねぇ! わけ分かん……
今しがた声を掛けた女性が気味悪そうにこちらを見ていた。ヤベェ奴かナンパかと思われているのだろう。一先ずここは離れた方が良さそうだ。
俺は街中にあるギルドを訪れた。
プレイヤー向けの施設は大体ここに集約されている。俺がVRの世界、もしくはアヌビスゲートによく似た異世界とかにワープしてしまったとして、それ以前のプレイしていた頃を“ゲーム時代”と呼ぶとする。シンジュクの街中やギルド、ゲームの世界観やシステムはゲーム時代と比べて特に変化が無かった。まるで俺だけがおかしくなった、そんな嫌な印象を覚えそうである。
ギルドにはプレイヤーがアイテムを預けておける倉庫がある。レアなアイテムや、持ちきれなくなったアイテム、そういったモノを預けられるのだ。勿論、銀行にお金を預けておく事も可能だ。
「すんません! 預けてある俺のアイテムを出したいんですけど!」
木製の扉を勢いよく押し開けて、息を荒くしながら俺は受付のNPCに話しかけた。俺の様子に若干の驚きを見せるNPC。女性だった。
……あれ? コイツって、NPCってこんなに表情豊かだったか?
「あ、はい。ただ今照会いたします。えっと、お名前は……」
「え? シグレだけど」
「シグレさんですね。少々お待ちください」
何だ? 以前ゲームだった頃は名前なんて聞かれなかったぞ? システムが変わったのか? それにコイツの表情もやけにリアルというか……。
アヌビスゲートでは、プレイヤーはキャラクターを複数作成する事が出来た。その際、設定しておけば共通のアイテム倉庫やギルド、銀行を使用する事が出来るので、異なるキャラクター間でアイテムやゴールドの受け渡しが可能だった。俺が確かめたかったのはコレで、レベルが一には戻りさえしたが、倉庫で眠っているチート武器を装備すれば、幸先よくスタート出来るのだ。
おっと、受付嬢が帰ってきたな。
「お名前はシグレさん、ですよね? 倉庫には何もお預かりしてませんが……」
「はぁ!? そんな筈は……ッ」
言い難そうな受付嬢。動揺する俺に対し「そう言われましても……こちらでは何も……」と言い淀んでいた。
「じ、じゃあ銀行は!? 銀行の残高はッ!? 確か一億ゴールド近く預けてあったでしょ!!」
「一億!? い、いえ……銀行の残高もゼロです! そんな大金なんか、普通持っている訳……ッ――だ、誰か~~ッ!!」
知らぬ間に、俺は頭から蒸気を出さんばかりに顔を真っ赤にしていたらしく、ブチギレ寸前に見えたようだ。受付嬢には俺が怒り心頭のクレーム客に映ったのだろう。涙目で誰かに助けを求めると、金属音と共に外から数名の兵隊が乗り込んできた。
なんだ! 何の騒ぎだ! ――えッ! 俺!? ナンデ!! こいつら俺を捕まえに来たのか!?
「暴れるな! 大人しくしろ、暴漢!」
「はぁ!? 何だってんだ! こんなのゲームには無かったぞ!! ふざけんな、それに俺の金を返せッ!!」
銀の甲冑を纏った兵隊はすかさず俺を取り押さえた。暴れる俺は呆気なく、ギルドの外にブン投げられた。受身も取れず、みっともなく地面を転がってしまう。
以前の俺だったらこんな事には絶対にならないのに。
「何言ってるんだお前は……。そうか、まだ立ち直れていないヤツが残ってたのか。いいか、よく聞け! お前たち『プレイヤー』とやらは、この世界に飛ばされて来たんだ! もう『ゲーム』じゃないんだ! 正気になれ!」
衛兵は俺の胸倉を掴むと、がくがくと揺すり始めた。
どういう事だ……。アイテム倉庫は無くなっている。ゲームのシステムが変わっている。加えてプログラムとは思えないNPC群……。
「ちょっと待ってくれ!」
ゲームじゃない、だと。随分と知ったような口じゃないか。
俺はその衛兵から色々知る事が出来た。どうやら数ヶ月前、俺みたいに突如発狂した人間やら亜人やらがたくさんこの街に現れたのだと言う。
数日に渡り鎮静化を行い、彼らの間で情報を刷り合わせた結果、幾つかの事象が浮かび上がった。まず、去年の十二月頃、VRにダイブしていた不特定多数の全世界のプレイヤーはこのアヌビスゲートに幽閉されてしまったらしい。原因は不明であるが、もう五ヶ月の間、抜け出せていないらしい。
プレイヤーの一部は嘆き、立ち直れないでいるそうだ。しかし冒険を続ける奴も居れば、第二の人生万歳と言わんばかりに、勝手に商売を始める奴も出てきた。俺が酒場で見た連中は、前向きな奴等だったり楽観視している奴等なのだと言う。
それから、俺たちがNPCと呼んでいたプログラムの事だが、どうやら只のプログラムではないらしい。なんと、一人一人に人格が芽生えているようだ。本人達は生まれた時からの記憶があり、感情があり、俺ら同様、この世界で生活を営んできたのだと言うのだ。ギルドの受付嬢の反応や挙動も、それならば納得できるというものだ。
アヌビスゲートの新しいアップデートだという線は捨てきれないし、コイツの言っている事を妄信する訳にはいかないが……。云わば先住民とも言えるが、プレイヤーと等しく人間として対応するべきなのだろう。
結果的に、この世界がVRゲームの中なのか、それとも異世界なのかは判明しなかった。しかし、アヌビスゲートに酷似しており、根本のシナリオが変わっていないのは救いだろう。
「俺らプレイヤーはさ。最初は勇者として召喚されて、最後は魔神アヌビスを倒すっていう流れなんだけど。その辺はどうなってるんスか?」
「“最初”ってのがよく分からないが……、魔神アヌビスが復活したのは事実だな。恐らくあの魔神を倒す為に召集されたというのも、そうなんじゃないか?」
うーむ……要領を得ない。
いや、考えてみたら兵隊さんに聞く時点でちょっと間違ってるよな。やはりプレイヤーに聞いてみるべきだろう。
親切なのか同情なのか、色々と教えてくれる衛兵に対し、俺は感情を押し殺して尋ねていた。一度地面に投げ捨てられているし、俺はコイツに友好的な感情は無い。だが、ザコに成り果てた俺はこんな衛兵一人ぶっ飛ばせない。そんな歯痒さがあったが、今は情報の収集が優先だ。
俺は心の中で舌打ちしつつ、我慢していた。
俺は兵隊に御礼を告げた後、酒場に来ていた。無骨な木製テーブルやらイスやらが転がしてあるような居酒屋で、店の端っこには酒樽が並んでいる。NPCが営んでいるようだが、客はNPCにプレイヤー、双方が入り乱れているようだった。昼間だというのに中々繁盛している。
何人かに話を聞いてみたのだが、やはり皆VRをプレイ中に、この世界に取り込まれたらしい。システムに関しては有志で調査中でもあるそうだが、クエストは同じで、根本のシナリオも同じだそうだ。
「ただし、外に出てみるとビックリするぜ。見てのお楽しみだがな」
「……ふーん。あとさ、俺、クリスマスの時から今日まで記憶がないんだけど」
「なんだそりゃ。兄ちゃん、
スキンヘッドでガタイの良いオヤジと話していた俺は、一瞬拳を振り上げそうになったが、やめておいた。無闇な行動は避けるべきだろう。初期レベルだし、弱いし。
外に出てみると……何か変わってるのだろうか。ったく、酔っ払いっていうのは面倒くせーな。核心を話せよ。勿体ぶんなよ。この野郎……アルツハイマーでもなければ健忘症でもねーよ!
俺の記憶喪失に関しては、何人かに聞いてみたが「知らない」と言われた。どうやら俺だけが記憶喪失になっているようだ。それに、初期設定に戻ったのも俺だけらしい。皆がレベル五十とか百とかで始めている最中、俺だけ初期……。金も無いしアイテムも無い。最悪のスタートじゃねーか。
「あ、でも別のプレイヤータウンで記憶喪失の女の話があったような……。すんげぇ強い美人って話で――」
「美人とかはいいよ。あと俺の異能。<テンパーセント>っていうらしんだけど、知らない? ……よなぁ」
俺の問いかけに対し、首を横に振るオヤジ。後は自分で確かめてみるしか無いのだろう。残念だが俺にだけ、特殊な変化が起きたようだ。チート能力とかでゲームバランスが崩れるから運営に無理やり補正された、とか? えぇ……無いわ~……。
「じゃあ俺はこの辺で。色々試してみるよ」
席を立ち、別れようとした時だった。同情されたのかオヤジから餞別を受け取った。ゴールドと回復薬、それから冒険の割と早い段階で手に入るショボイ剣だったが、心からの御礼を俺は言った。生まれて久方ぶりに、だ。神殿で目覚めてから俺はずっと気色ばんでいたが、人になるべく優しくしよう、と。そう思った。
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