第27話 買える物はマスターカードで

 ギュイイイイイイイイイイ!!


 午前中に戦闘を開始した筈だが、気付くと日没していた。季節は夏、日は長い。

 俺は時刻を確認してみて驚いた。それもその筈、実に十時間近く戦っていた事になる。

 今、頭上では巨大な怪鳥が断末魔をあげて透明になって行く最中だった。荒天だった空模様も次第に晴れていき、フィールドを夕暮れが支配した。

 ふと視線を下ろすと、こちらを見ていたルーシアと目が合う。かなり憔悴しているようだったが、ルーシアはそれでも満足げにニッコリと頷いてみせた。それを見て、俺も少し笑顔になった。以前は視線を逸らされたりしたものだが、最早懐かしいものだ。やはり美人の笑顔というものは破壊力が途轍もないと、そう思いながら俺は地面へと座り込んだ。

 俺はと言うと、汗をボタボタと滴らせ、全身は泥まみれ。疲労の色は濃い。しかし目立った外傷は無かった。……それはそうだ、一撃でも喰らったらお陀仏なのだから。


「お昼に買ったサンドイッチ。夕食になっちゃったわね……」


「開口一番がそれかよ。折角“GOD”のボス級モンスターを倒したんだぞ?」


 隣へとやって来たルーシアが、地面へと大の字になりながらそう呟いた。二人して、何だかおかしくて笑ってしまった。

 長期戦を想定していたし、承知の上だったんだろうけど、「時間があったら食べよう」なんて名目で買った昼食を食べる時間なんてハナから用意されてなかったんだから、そりゃあ不満に思うのも理解できる。俺はこの戦闘の決着が夕方くらいになることを想定していなかった訳ではないのだから、意地悪だと言われれば否定は出来ない。

 でもそれを教えたら嫌がっただろうし、ね。知らぬが仏だ。


「うま~っ! 生きてて良かった!」


 アイテムボックスからサンドイッチを取り出し、ルーシアは大口を開けて頬張る。両手からこぼれ落ちそうな特大サイズに齧り付くと、今日一番の笑顔を見せくれた。

 俺も倣って、サンドイッチを口へと詰め込んでみる。ウマイ。仄かな塩味の利いた生地。時間が経っているから鮮度は落ちるが、厚切りの肉はスパイスで味付けされており、口内で蕩けるような食感だった。トマトとレタス……だろうか。こちらの野菜は少々しんなりしているが、よく調味料が染み込んでいて、薄味のバゲットとの相性が良い。今度は出来立ても食ってみたいものだ。

 暫く二人は黄昏の中で、夕日を眺めながら遅めの昼食を頂いていた。


「あ、ねえ。アタシがあれ、開けてもいい?」


 ルーシアが指差した先。さっきまでグリフォンが居た場所には、宝箱が出現していた。

 通常、雑魚モンスターを撃破した場合、アイテムがフィールドに転がったり、直接プレイヤーのアイテムボックスに仕舞われたりする。後者は冒険において重要なアイテムである事が多い。

 拾得すると<〇〇をゲットしました>というメッセージが画面に表示されるのだが、ボスモンスターを撃破した場合は少し異なり、豪勢な宝箱が出現するのである。


「ん、ああ。構わないが」


 宝箱の存在には気付いていたが、俺は無視していた。と言うのも、今の俺は初心者プレイヤーであり、最上位難易度のボスを倒して手に入る武器や防具は、レベルの制限で装備できないと考えていたからだ。難易度GODを遊んでいるプレイヤーはレベル三百以上が殆ど。必然的に、入手できる武具も<Lv.300以上で装備可能>や、<必要な攻撃力:3000>など、相応の条件が必要となってくる場合が多い。


 ん、いや……待てよ? グリフォンを倒したからレベルが上がってるんじゃないか?

 俺はステータス画面を開くと、自分のレベルを確認してみる。


 シグレ Lv.51 Human

 称号:店長

 異能:1/10

 ■HP 74/743

 ■MP 36/359

 ■攻撃力 377

 ■防御力 301

 ■素早さ 266

 ■魔法耐性 52

 ……


 ■炎耐性 50

 ■氷耐性 48

 ■雷耐性 51

 ……


 おお! 流石の強敵だけあって、一気に四十レベル程上がったようだ。これは僥倖と言える。

 レベル五十なら、大体“NORMAL”以上の難易度をプレイしている位だろう。尤も、この異能のお陰でステータス系は十分の一なので、実質的にはレベル五から七辺りって所か。駆け出しも良い所だな。

 ちなみに昨日飲んだ、獲得経験値が二倍になる<EXPポーション>の効果はとっくに切れていた。もし効果が持続していれば更にレベルが上がっていた事だろう。

 悔やまれるが、後の祭りだな。

 そう言えば、ルーシアはどうなったのだろう。気になった俺は、パーティメンバーの画面を開いて彼女のステータスも確認してみる。


 ルーシア Lv.64 Elf

 称号:指導者

 異能:ラピッドファイア

 ■HP 550/550

 ■MP 667

 ■攻撃力 328

 ■防御力 311

 ■素早さ 413

 ■魔法耐性 322

 ……


 ■炎耐性 292

 ■氷耐性 292

 ■雷耐性 292

 ……


 当然だがルーシアもレベルが上がっていた。

 レベルアップに必要な経験値は、強くなっていくのにつれて必要量が増えていくから、俺よりもレベルアップの幅は小さい。


 余談だがこの<称号>とやら。これには様々な種類がある。同じレベルだからと言って、異なるプレイヤーでも同じ称号になるとは限らないのだ。称号のシステムはレベルと種族、それからプレイしてきた内容や装備しているアイテムによって変わるとされている。

 つまり、エルフを選択して五十レベルになると必ず<ベテラン>という称号になるとは限らない訳だね。プレイしてきた内容って言うのは、例えば他のプレイヤーを殺す事、すなわちPKをしまくっていれば<快楽殺人者>なんてサイコな称号が付く事もある。

 俺の称号が<バイトリーダー>や<店長>という、イマイチ冒険者に似つかわしくない肩書きなのは、装備品のせいである。初期装備のままレベルを上げると、このような称号を付与される。

 レベルも上がった事だし、今後は装備品を整えたい所だ。


「開けてみたけど……、装備できない武器とか素材だった」


 俺がステータス画面を確認していると、宝箱を開けていたルーシアが残念そうな面持ちでこちらへと戻ってきた。戦利品を確認してみると、次のような塩梅だった。


 <大怪鳥の鉤爪>×1


 <グリフォンメイル>×1


 <グリフォンの羽根>×2


 <50,000ゴールド>


 ルーシアの反応からも分かる通り、心踊るようなレアアイテムなどは無かった。

 大怪鳥の鉤爪はグリフォンの体の一部で、加工すると武器や防具にする事が出来る。

 グリフォンメイルは職業ファイター系が装備できる防具だな。俺が貰ってもいいが、倒したのが“GOD”のボスから分かるように、装備に必要なレベルが圧倒的に足りない。本来、難易度“GOD”を遊んでいる上級者プレイヤーが装備するような鎧なのだ。

 グリフォンの羽根は、一度行った事がある場所なら瞬時に転移できるというアイテムだ。一度使用すると消えてしまうのと、あくまで往路だけ、というのがネックである。

 つまり帰って来るにはもう一つ使用するか、転移魔法などの別の手段を使わなければならない。云わば、片道切符なのだ。

 但し、窮地から脱出する時や、魔法が使えない状況でも使用可能な為、汎用性は悪くない。


「お金は結構入ってるのね!」


「そりゃあ、最上級難易度のボスだったからな」


 爛々らんらんと目を輝かせるルーシア。正直、五万ゴールドは大きい。

 話し合った結果、金は山分け……とは行かなかった。


「えー、そんなの労働法違反よ。最低額の支給を要求するわ!」


 こういう場合は山分けで良いと思うのだが、納得してもらえなかった。

 ルーシアの言い分は、つまり「アタシの方が仕事量多かったし大変だったんだから、それなりの額を寄越せ」というものだった。労働法がこの世界にもあるのかどうかはさておき、その主張は理解出来た為、俺も承諾したのだった。

 取り分としてはルーシアが六割、俺が四割となった。即ち俺は二万ゴールド。ルーシアは三万ゴールドである。残りのアイテムに関して、グリフォンの羽根は俺とルーシアで一枚ずつ、という事になった。

 残りのグリフォンの鎧と鉤爪は、ぶっちゃけ俺が持っていても持て余すのでルーシアに譲ろうと思ったが、「メイルはいいや」と断わられた。

 どうしようかと考えた俺は、受け取っておいて後々売り捌いたのだった。換金してしまえば金になる。モンスターとなるべく戦いたくない現在、資金繰りは大事なのだ。

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