第38話 午後のエスポワール
◆
時刻は昼下がり。ギルド内の一角で三人は談合を続けた。最終的に、今度こそアイを倒すという方向で、話は落ち着いた。息巻くリエルに対し、シグレやルーシアの意欲は低い。
シグレは薄々分かっていた事だが、やはり自分は強大な敵に立ち向かわなければならないのだと悟り、面倒な事になったと肩を落としていた。
ルーシアは、以前勃発したであろうアイとの戦いには不参加であった事から分かる通り、リエルの当初の作戦では戦力外だった。今回も、決して主戦力としての扱いではないらしく、「アタシに出来る範囲であれば」という盟約の下、リエルと協定を結んだようである。三人でパーティを組む事になり、今後は行動を共にする。
シグレは、リエルから来たパーティ申請のメッセージを受け取ると、許諾した。
「ルーシア、やはり聞いておきたい事があるんだが、いいか?」
パーティ結成が完了した所で、シグレが話を切り出した。
今後どうするかは決まった。そもそもリエルが来なければ、それに関してルーシアと二人で話す予定だったのだ。その為に今日、この時間に待ち合わせをしていたのだ。結果的にはリエルが代弁してくれる事となったが。
その事とは別件で、冒険を続ける事に関してルーシアはどう思っているのだろう、とシグレは気に掛けていた。先程の話し合いで、三人での冒険続行が既決した訳だが、実際は嫌々付き従っているのではないか、惰性で続けているだけではないのか、彼女の本心が聞きたかった。
「今まで、なし崩しで進んできたと思う。でも、ステージも新しくなって、これだけはやはり聞いておきたいんだ。俺との冒険は、イヤ……ではないか? 本心で答えてほしいんだ」
シグレは彼女に向き直って尋ねる。誠実な眼差しがルーシアの瞳を覗いていた。
一方のルーシアは緊張した面持ちで、手を膝の上に置き、背筋を伸ばして聞いている。
「そんな事は無いけど……。今まで、アタシの知らない世界ばかりだった。グリフォンやドラゴンを倒せたのも、シグレさんのお陰――」
周りの音が何だか遠くなる。騒がしかった筈のギルドだが、ルーシアには、やけに静かに聞こえる。自分の心臓の鼓動が大きく感じられた。
そして、少しの逡巡を挟んでから、ルーシアはいつものように尊大な態度を取り戻す。
「これからもそんなモノが待ち受けているとなると、まぁ、悪くはないわね。
……さっきも言ったけど、やれる所までは力を貸すわよ!」
力強い口調でルーシアが答え、シグレは内心で胸を撫で下ろした。「そうか、良かった。これからもよろしく」と頭を軽く下げると、半ば儀礼的だなと自嘲しつつも、ルーシアと握手を交わした。
……ずっと、シグレには憂いがあった。嫌われているのではないか、どこかで失望されるのではないか、そういった感情が心を曇らせた。中学を退学して以降、親しい者など皆無だった。だからこそ、新しく出来た友人を失いたくなかった。
同時に、もしも嫌われてしまった時、離れて行ってしまった時、自分が絶望してしまわないよう、心の何処かでストッパーを必ず掛けていた。必要以上に近付かないよう、相手に踏み込むのを躊躇した。
小学校の時の友達は皆、疎遠になったし、数少ない友人はシグレの退学を機に離れて行ってしまった。家族と過ごしても、ネットゲームやVRゲームに没頭しても、大好きなアニメ作品を見ても、この感情が安らぐ事はなかった。
本当はもっと触れ合いたくても、おどけてみせたり、適当な事を言ったりして、心に嘘をつく。怖かったからだ。
だからこそ、シグレは彼女の返答を心底喜んだ。恥ずかしいと感じた為、表情には出さずに。
友情なのか、もしくは異性として見ているのか、シグレ自身も定かではない。しかし、久しく忘れていた大切な感情である事は明白だ。「コイツと一緒に居たい」という感情。いつしかシグレは、そう切望するようになっていた。
一先ず話し合いが終わり、自分の置かれた状況をシグレとルーシアは理解した。
それで差し当たって何をするのか――とシグレが尋ねると、リエルは立ち上がり、「外へ出ましょう。行動は早い方が良いです」と言い出した。
三人でギルドを出ると、太陽はまだ高い位置にあり、陽光が額を照り付け、肌が熱い。
先導していたリエルが二人の方を振り返った。
「説明を忘れていましたが、クラーケンが出たのは知っていますよね?」
「ああ、三体も出たな。流石にビビったが……でも誰かに倒されたんだろう? それがどうかしたのか?」
「あれはシグレさんを狙った、アイからの刺客だったんです。確かに撃破されて消えましたが……このステージのボス、<海賊船の船長>もこちらへ向かっている筈です」
昨日の事だ。シグレが優雅にランチタイムを満喫しようとしたら、上空から少女が落下してきて、デッキカフェのパラソルが吹っ飛び、最上級難易度のボス、クラーケンが数体現われた。
そして、その少女が放った凶悪そうな黒い光線によってシグレは局部に重傷を負い、カフェで働いていた主婦の衣服が爆散し、街が半壊した。
クラーケンは自らに向けられた物だったと知り、シグレは驚く。それも束の間、なんとステージのボスすらも動き出したのだと聞き、すっかり意気消沈してしまう。
「マジかよ。それで、向かっているって、この街へか? 街中なんだが……」
「マジ、です」
ゲーム時代ではシンジュクやオキナワは安全な場所だった。しかし、プレイヤータウンは安全だという常識も、今となっては役に立たない。自らが黒幕の標的になっているという事だけでもシグレは頭が痛いのだが、『プレイヤーにとって安全な場所が無くなった』という概念が、何よりシグレに恐怖を与えた。それはルーシアも同様の様子で、恐ろしい何か、予想していない大変な事態に陥るのでは、と彼女は考えていた。
――そして、それはいつの日か、現実となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます