第39話 貧乏少女と腹ペコ妖精

 リエルの話では、ステージボスである<海賊船の船長>を倒すようだ。さっさと倒してしまい、他の勇者と合流し、アイを倒す。対策を講じられないよう、俺達は先を急ぐべきなのだろう。


「思うんだが、他の勇者と再会して、現状を説明したとする。それで、話を信じてくれるだろうか」


「大丈夫だと思います。彼らも記憶の欠陥に気付いて、不思議に思っている筈です。その事について説明をすれば、信じてもらえるでしょう」


 道中、そんな話をしながら港へと向かった。オキナワには幾つかの波止場がある。大小様々ではあるが、ゲーム時代ではそこから船に乗り込んで別のマップに移動したり、簡単なクエストが発生したりする場所であった。今では、釣りを楽しむ人や漁業を営む人が居て、若干の風変わりを見せているらしい。

 その人達は決してNPCだけではなく、プレイヤーも少なくないそうだ。割りと自由気ままなライフスタイルを送っているようである。

 確かに、遥か彼方の波濤に数隻の漁船が浮かんでいるのが見える。


「それで、海賊船が向かっていると言うが、いつ来るんだ? すぐに来るのか?」


「夜に来ます」


「え、夜? まだ時間が随分あるが……」


 港へと向かっている最中なので、てっきりこのまますぐに戦闘になるのかと思ったが、違うようだ。とすると、何をするのだろうか。


 リエル曰く、恐らく夜に来るのだが、正確な時刻は分からないらしい。街の中心に位置する宿屋に居ると出遅れる可能性があるので、海賊船が襲撃してくる海上に近い所で待ち構えるのだという。

 成程、それならば納得である。


「それで、何で夜中に来るって思うんだ?」


「私だったらそうしますから。皆が寝静まってから襲撃をします。

 ……アイは私と、同じような思考パターンをします。元は同じAIですからね。なので、私が夜に襲撃するのが上策だと思うのであれば、アイも必ずそうする筈です」


 俺の質問に対し、サンダルをぱたぱたと鳴らしながら、リエルは答えた。

 ……寝込みを襲うって事か。例え寝ていなかったとしても、夜ならば人目に付きにくいし、闇に紛れて行動できるのは利点だしな。

 確かに海賊らしいというか、理に適っているというか。


「裏を掛かれる心配はないの?」


 とルーシア。確かにそうだ。リエルがそう思い込んでいる事を逆手に取り、予想していなかった時間帯に襲撃する事も出来る。

 ただの爆乳かと思っていたが、時折ルーシアはこういう聡い面を見せるのだ。


「大丈夫です。私が味方に付いている事を、アイは知りません。この作戦を私が二人に教える所までは見越していないでしょう。それに、その可能性も考慮して既に向かっているのです。だから言ったのです。――急いだ方が良い、と」


 ルーシアは「成程ね……」と声を漏らしていた。

 リエルは色々と考えてくれているようで、頼りになる存在だ。出会えて良かったと思う。それに強いし、可愛いし。

 ところで、海上に近い所で待機するとして、具体的にどうするのだろうか。宿屋に泊まってもいいのだが、今朝まで別の宿屋に宿泊していた。今日もまた泊まるのだろうと思って、代金を既に払っちゃったんだよね。勿体無いというか、店主に何も言わずに出てきているし……どうするのか。


「じゃあ、港が近い所で食事にしない?」


 俺が迷っていると、ルーシアが意気揚々と提案した。現在時刻は午後三時過ぎ。

 今から店に入って、このエルフは何時間、店に居座る気なのだろうか。

 正気とは思えないが、海賊が攻めてくるまでする事も無い。否定する理由も無かったので、俺は承服する。リエルだけは何故か渋っていたのだが、ルーシアにごねられて、結局俺達は海上に近い区画で、食事が出来る所を探す事になったのだった。




 歩き疲れて嫌になったのか、良い店を知らないのか、探せないのか、とリエルに執拗に迫るルーシアだったが、「私はマップでも、グルメアプリでも無いんですよ!」と強めに言われて、萎れていた。

 リエルが言うには、ゲーム時代の情報は網羅しているらしい。しかし、NPCの人格が形成されたり、プレイヤーが自由な行動を始めたり、多様化が進んだ現在では新たな情報を処理し切れていないのだとか。当然、最近NPCが開業した飲食店の情報など知る由も無いし、プレイヤーが勝手に開いている露店についても知らないだろう。

 怒っている姿を見ると、AIだという事を忘れそうになる。

 大海を背景に暫く歩いて、俺達は料理店を見つけた。

 店内は壁一面に窓が嵌め込まれており、開放感を演出している。天井の照明と相まって明るい印象を感じた。外の景色が一望でき、吹き込んでくる潮風と、店内の料理の匂いが混然一体となり、独特の香りが鼻孔をくすぐる。

 広い造りとなっていて、木製のテーブルが十、椅子が二十以上並んでいる。

 俺達三人は、外がよく見えるようにと窓際に陣取り、四人掛けの四角い席に腰を下ろした。そして料理を注文する。


「どうしたんだ?」


「わ、私は。水だけ……」


 ふとリエルを見やると、落ち着かない様子で、もごもごと言いにくそうにしていたので尋ねてみた。トイレだろうか? ……AIもトイレに行くのだろうか。


「リエル?」


「す、すみません。……どなたか、お金を貸していただけますか?」


「「えっ?」」


 思いもよらない答えが返ってきて、ルーシアと二人して聞き返してしまう。一瞬、椅子から転げ落ちそうになった。

 お金を貸してほしい、と頼むという事は、……つまりお金が無いのだろうか。

 いや、当たり前なんだが、いまいちピンと来ない。このAIは無一文って事……?


「急いでキャラクターを作ったので、装備もお金も無いんです」


「あ……、ああ、成程。そういう事か。ルーシアさん、この子にお金を貸してやりなさい」


「何でアンタが言うのよ……。リエルの分はアタシが出すから心配しないで。好きな物を頼んで」


 江戸時代のどこかの藩主よろしく、倨傲な態度で俺が言い放つとルーシアが呆れた物言いで答えた。

 リエルは少し顔を綻ばせて、料理を選ぶ。ルーシアと相談して、何かを注文するようだ。

 AIでも食事をするのか。もしかすると、言わば思念体のように体の無いプログラムだった存在が、この世界に受肉して食事を必要とするようになっているのかもしれない。とすると、恐らくトイレにも行くのだろう。肉体は人間そのもの、という訳だ。

 ……それにしても、最近何だかルーシアが冷たい。以前は俺の事を“さん付け”で呼んでいた気がするが、今ではアンタ呼ばわりだ。

 仲良くなったからだよな? うん、そう思いたい。それに、ずっと前から気付いていたけど、ルーシアは俺よりも少し年上だと思う。シンジュクの酒場では躊躇無く酒を飲んでいたし。そう考えると、まぁ……別にいいのか。

 勿論、俺が敬語を使わないのは傲岸不遜だからに他ならない。ゲームでは相手の年齢もわからない事が多いし、一々切り替えて対応するのも面倒なので、いつの間にかタメ口で話す癖が付いてたっぽい。


 窓から水平線をぼんやりと眺めていると、料理が運ばれてきた。俺が頼んだのは海鮮丼で、円状に並べられたウニの中心に赤い宝石のようなイクラが鎮座する、珠玉の一品だった。白米には海苔がまぶしてあり、沖縄流という事なのか、ウミブドウなどの海草も盛り付けられていた。ちなみに味噌汁も付いている。

 チラリとルーシアに供された料理を見てみると、なにやら大皿に盛られた高級そうな品が次々と運ばれてくる。あっという間に、テーブルの上が皿でいっぱいになった。


「ルーシア、何を頼んだんだ?」


「コース料理よ。リエルと、二人分の」


 刺身の盛り合わせ、近海魚のバター焼き、ホタテとムール貝のグリル、ブイヤベース、白身魚のポワレ……他にもたくさんあるが、何の料理だかは分からなかった。一つ分かるのは、日本の料理だけではなく、様々な国の料理が一挙に並べられているという事だ。確かに、ここは日本の沖縄県をモチーフにしているけど、中世のヨーロッパのテイストも混ざっているからフレンチが出てきてもおかしくはないのか。

 あと、こいつらはどれだけ食うつもりなのか。


「こんなの、食べられるのか?」


「それはオマール海老ですね。アメリカやカナダに生息する大型の海老で、ロブスターとも呼ばれています」


「いや、そういう事じゃなくて……」


 俺が尋ねると、リエルがそう答えた。たまたま指差した料理は“ビスク”というらしく、橙色のスープの上から赤いエビが身を乗り出していた。丁寧に説明してくれたが、俺が聞きたかったのはそんな事ではない。

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