第16話 パーティ結成
この世界に来て、初めて穏やかな時間を過ごしている。温かいスープを飲みながらそう思った。それも、美少女エルフと一緒に、だ。
ルーシアから話を聞いたところ、どうやら俺が心配で、こっそりと後を着けて来たらしい。それで、あのピンチに颯爽と登場してみせたのだとか。
「だって、シグレさん、初期装備で攻略しようとしてるし。……今、この世界では何が起きているのか分かってない。各地で、難易度“GOD”級のモンスターも確認されてる。攻略している人も居るけど、基本的には危険なのよ? 街で待っている方が無難だわ」
それに、一回殺しちゃったし……、とルーシアは付け加えた。悪いと思っているのだろう。
成程。だからフィールドを探索している人が少ないのか。俺がスライムと熾烈な戦いを繰り広げている最中、他のプレイヤーと出くわす事が一切無かったから疑問だったんだよね。
大体のプレイヤーは難易度“EASY”から“HARD”辺りで遊んでいる奴等が多いだろうから、その人達にとっては敵キャラの強さもゲーム時代と比べ物にならないくらい跳ね上がっている事だろう。つまり攻略不能な状態になっている今、フィールドに出向いている奴は余程のバカか死にたがり……あとは腕に自信のある奴等と言った所か。
俺は事情を知らなかったのでバカでも死にたがりでもないが。過疎気味なのも、それならば合点がいくというものだ。
「あ~、それは……。だって異世界に閉じ込められてからもう結構経つでしょ? 当時は初心者だったプレイヤーも皆レベルアップしてるし、あんな初期ステージをうろちょろしている奴がそもそも居ないのよ」
「グッ……まぁ、そうだな」
ルーシアによって俺の考えはバッサリと否定された。度々俺の心を抉ってくるのだが、確かにそうだ。この世界に閉じ込められてから五ヶ月。皆、成長したのだろう。
俺を除いて、初心者は居なくなったのだ。ルーシアによれば、未だに初期装備を引き摺っているような初心者プレイヤーは、俺以外に見た事が無かったという。
俺は記憶が無い事や、何故か初期設定になっていた事も彼女に話した。勿論、この異能<テンパーセント>についても。それを聞いて、ルーシアは色々と納得したように頷くのだった。
「だから、グリフォンから逃げる時、急にノロくなったのね……」
「まぁな。と言うか、グリフォンが最初のステージに出てくるなんて聞いてないぞ? あれは難易度GODのモンスターだろう。この世界の難易度設定ってどうなってんだ? EASYじゃないのか?」
「へー、グリフォンってGODで出てくるんだ。難易度は……ゲーム時代はEASYからGODまであったけど、分からないわ。
今は敵の配置や種類も変わってるし、EASYかどうかは分からないけど、知らない難易度設定になっているっていう噂よ」
マジかよ、先に聞きたかったぜ。そういうのは。
で、口ぶりからしてルーシアは難易度GODまでプレイした事は無さそうだな。グリフォンがGODで出てくるのを知らなかったみたいだし。
俺はルーシアの回答を聞いて、少し思案した。今後どうするか。初心者の装備丸出しの俺に対し、最高難易度のボス級モンスターが出てきてしまった。実質、「詰んだ」と言っても過言ではない。
このアヌビスゲートは、ゲーム内の感覚が全て実際に起きた事のように体感される。視覚や聴覚だけではなく、嗅覚や味覚などの五感は勿論のこと、触覚や痛覚でさえもリンクしている。
今飲んでいたスープの味や温度は神経へと伝達され、香辛料の匂いは嗅覚へと伝わる。手に持った食器の硬さは指を通じて伝わってくる。
フィールドだったならば巨大なモンスターや、襲い来る攻撃、爆発や轟音、そういったものが本当に今、目の前で起きているかのように感じられる。雨粒が肩を叩き、強風が髪を揺さぶり、戦場では血の臭いがする。時には爆音が轟き、鼓膜が破れそうになる。強烈な閃光が瞬き、目を開けていられなくなる。心臓の鼓動は体験した事がないくらい早く脈打つ。ダメージを受けると、痛覚もリンクしていて痛みが走る。(プレイの都合上、決して激痛という訳ではないが……)
全てがリアルに体感されるのだ。そういう恐怖を想像してみてほしい。――前方からは凶暴な野犬が襲い来る。空からは見たことも無いような怪鳥が迫ってくる。逃げようとしても体が全然動かない。
俺が廃人プレイヤーで無ければ、とっくに失禁している所だ。
「折り入って頼みがあるのだが……」
「また? えぇ~……」
俺はルーシアへと向き直った。バグ技と経験のみで立ち回っているようなものだったが、想定外の事が起き続けている今、それも難しくなった。
俺は頭を下げ、ルーシアにパーティ申請を申し出る事にした。パーティ申請とは、ゲームプレイ時、共に行動をする為の手続きのようなものだ。申請が受諾されれば、お互いのステータスを確認できたり、多人数で攻略するクエストを一緒に遊ぶ事が出来る。他にも、離れていても会話が出来たりする。
まぁパーティと言ってもルーシアと俺、二人だけなんだけど。
俺の申し出に驚いたようで、彼女は目を丸くしていた。
「途中まででいいんだ。<洞窟>や<サイバーシティ>まで一緒に組んで貰えれば」
「えー……でもアタシ、攻略とか興味ないし」
食い下がるルーシア。俺のアツい視線から目を逸らすと、足を組み直した。
だが、俺も必死だ。こいつの良心に付け込んで……もとい、ほかに頼れるヤツは居ないのだ。攻略のチャンスを無下には出来ない。
「残念だ。一回殺されたんだがな……それくらいは付き合ってくれても……」
ボソリと呟いた俺の一言に、ルーシアの持っていたスプーンが止まった。瞠目すると、彼女は身を硬直させる。
そのまま目線だけをこちらへ投げかけ、俺と視線が合うと、また逸らすのだった。
俺は暫く無言のまま、真顔でルーシアの顔を見続けた。すると、スプーンを置いて彼女は大きく嘆息した。
「……分かった! パーティ、組めばいいんでしょ! でも途中までだからね!」
痺れを切らしたのか、ルーシアは椅子の背もたれに豪快に寄り掛かると、頭を抱えながら強気に言い放った。
なんだかツンデレみたいな台詞はさておき、よっしゃ! 攻略の糸口、ゲットだぜ!
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