第15話 俺を置いて先へ行け

 俺が後ろを振り返る前に、ルーシアは既に前方を疾駆していた。


「ファイアボール!」


 彼女は魔法を詠唱すると同時に、ホルスターから素早く得物を引き抜いた。黒い銃身からは半透明の刃が伸び、近未来的なテクノロジーを窺わせた。

 確か……<ガンソード>という武器だったと思う。

 動きの素早い野犬三体に火球を叩きつけると、彼女の間合いに入ったゴリラを一閃、瞬時にモンスター四体を撃滅させた。

 遅れてルーシアの元に辿り着いた俺の所に、野犬十数匹とバトルウルフが迫って来ていた。


「ルーシア!? なんで……いや、助かる!」


「話は後でいいよね……!?」


 ルーシアのレベルは確か55……アヌビスゲート内では中の下といった所だろう。難易度で言えばNORMALかHARD辺りのプレイヤーレベルだ。バトルウルフやグリフォンのレベルが幾つなのかは分からないが、到底敵うとは思えない。

 ……だが、折角力を貸してくれるんだ。俺だけが諦める訳にも行かない。どうせ蘇生するから死んでもいいやと思っていたけど、ここは足掻いてみせようじゃないか!


 ルーシアは装備を換装すると、大仰な<ショットガン>を構えた。ショットガンは単発式の銃だが、広範囲に弾丸が吹き飛ぶ為、相手が複数居る場合は確かに有効かもしれない。欠点は連射できない点と、一撃の威力の弱さだろう。

 ハンドガンで俺が応戦する横で、ルーシアの射程範囲に入った瞬間、彼女はトリガーを引いた。


 ズドンッ! ズドンッ! ズドンズドンズドンズドンッ――


 ルーシアは身構えた大型銃を乱射する。銃声が何度も鳴り響き、一匹、また一匹……とモンスターが倒れていく。そして一際大きい体だったバトルウルフも、彼女に肉薄する寸前の所で、半透明になり消えていった。モンスターの間合いに入られる前に、見事バトルウルフと十数匹を葬り去ったのだ。

 ……はっ? この女、ショットガンを連射しているぞ? ショットガンって一発ずつしか打てない筈なんだが……。

 いや、まぁいい。今は勝利が先決だ。残るは難易度GODのボス級モンスター、グリフォンだな。さて、ルーシアはどんな奥の手を出すつもりなのか……。

 当然、俺なんかがグリフォンに勝てる訳がないので、ルーシア任せだった。視線はグリフォンから逸らさず、彼女を窺っていたのだが、突然体に衝撃が走った。ルーシアに服を引っ張られたのだ。


「何してるの!? 逃げるのよ!!」


 ――で、ですよね~……。勝てませんもんね! もしかしたら切り札があるのかなぁとか思ってたんですけど。あっ、イテ! イデデデデ!! 強く引っ張らないでッ!! 俺、防御力が十分の一なんだって!!

 元来た道を、俺とルーシアは二人で必死になって逃げた。一旦フィールドに敵が居なくなった事で異能<テンパーセント>が解除されたのだが……走り始めて数秒後、グリフォンが湿地帯に着陸した。

 その瞬間、俺の体感がおかしくなる。まるで時間の流れが早くなったみたいな。俺だけがスローになったみたいな。――戦闘開始とみなされたのだ。テンパーセントが見事に発動した。俺はスローモーションになり


「――もう……折角助けに来たのに、なんなのよォ!?」


 グリフォンが着地した衝撃波が迫り、俺の体を貫いた。

 HPがゼロになり、視界がブラックアウトしていく中で、ルーシアの愚痴が聞こえた気がした。


 ◆


 目が醒めたら天井……はい、来ました。お馴染みの光景だ。

 流石に起きたら美少女エルフに膝枕されている、なんて事はなかった。そうだよな……。

 記憶はハッキリしている。グリフォンが着陸して衝撃波が発生した。あれは登場シーンの演出の一つみたいなモノなんだが、触れればダメージが発生する。広範囲に届く攻撃なので、避けるか防御するか、あとは遠くに行かなければならない。離れていたので俺の居た場所までは数秒のラグがあった訳だが、キッチリと衝撃波は届いたのだ。即死だった。


 きっとルーシアは呆れているだろう。俺はそう思いながらギルドに向かっていた。口約束した訳ではないが、たぶんアイツはギルドに戻っているだろう。あそこに行けば会える気がした。


「おーい、奥さん! が帰って来たぜ?」


「ブワハハハハ!! おう、兄ちゃん! お前の家、“蘇生するベッド”があるらしいな!」


「「「グワハハハハハハ!!!!」」」


 酒場に到着した俺を待っていたのは、酔っ払い共の悪絡みだった。時刻は夕刻。どうやらこの世界で酒場は、アル中達の楽園であるようだった。

 奥さんってのはよく分からないが、「蘇生するベッド」ってのは神殿の事だろうな。あれは俺の家じゃねえ!

 クソ、俺が死にまくるからって、どいつもこいつも馬鹿にしやがって! フザけた連中だ!


「お……奥さんじゃないし」


 気安く俺の肩を叩いてきたオッサンの手を払うと、俺は店内へと進んだ。すると店の奥にルーシアの姿が見えた。やっぱりここに居たようだ。恥ずかしかったのか、頬を紅潮させてご機嫌斜めであった。


「場所を移さないか? ここじゃ落ち着いて話もできねえ」


 提案すると、無言で頷くルーシア。どこからか「おアツいねぇ! ヒュウ~!」という野次が聞こえて、腹が煮える俺。

 しかし……ブチ切れたとして、ケンカになったとして、テンパーセントの俺が敗北して神殿でまた復活する未来が容易に想像できた。そうなれば火に油だ。こいつ等にネタを提供するようなものだ。

 俺は怒りを堪え、店外に出る事を選んだ。


 ◆


「――夕飯か?」


「そうよ」


 丁度良い時間だし夕飯にしましょう、とルーシアに勧められて適当な料理屋へと入る事になった。

 この世界で何が食えるのかよく分かってない俺は、ルーシアに一任する事にした。和食は流石に出ないと思うが、何かアレだろう。野菜のスープとかパンとか、そんなのが食えれば充分だ。こっちに転移して初日は、残飯だったしな。

 ぶらりと街を歩いて、目に入った料理屋に二人して入った。薄明かりに照らされた内装は質素で、木製のテーブルとイスが何対か。カウンター席もあった。厨房からは仄かに甘い匂いが漂ってくる。暗いせいか、隠れ家や穴場と言った印象を受ける。

 店内には客が数人居た。厨房では男性が一人で調理しているようだ。カウンター席には仕事着の女性が居り、別の客へ料理を供している最中だった。夫婦で経営しているのだろうか。どちらも三十代前後くらいに見える。

 厨房の男性は寡黙そうな人で、顎ヒゲと短髪の似合う渋いミドルだ。ずっと無言で調理をしている。

 女性の方はと言うと、こちらは丈の長いドレスのような服の上から、白い前掛けをしていた。白い頭巾を被っており、表情も朗らかな印象だ。俺達が入店すると、女性はこちらに気付いて頭を下げるのだった。


「空いている席へどうぞ、お座りください」


「ルーシア、すまん。俺、金持ってないんだ」


「……いいわよ。奢るわよ、それくらい」


 席に着くと、女性がオーダーを取りにやってきた。アヌビスゲートの世界の言語である筈だが、店のメニューは不思議と読めた。

 と言うか……日本語だよな? あ、そうか。ここが日本のサーバだからか。

 そんな俺だったが、所持金がほぼ無い事を思い出し、小声でルーシアに囁きかけた。目を丸くする彼女だったが、一呼吸置いてからそう答えた。何とも情けない気持ちになる俺を他所に、ルーシアは適当に注文を頼んでくれるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る