第18話 理不尽に立ち向かう為の、理不尽
あの夜、出来るだけ理知的に見えるよう、俺はルーシアへ言い放った。しかし彼女に俺のパッションは伝わらなかったようだ。
物凄く嫌そうな顔で、ルーシアは千ゴールドを貸してくれた。俺はと言うと、ハンドガンにまだ微かに残る彼女の馥郁たる香りと、手渡されたゴールドから伝わるルーシアの温もり、そして美人の嫌そうな表情を思い出し、夜中に超エキサイティングしていた。
宿屋にはちゃんと泊まった。金があったからだ。え? 当たり前だって? フン……まぁ、そうとも言う。
俺は以前追い出されたあの宿屋に泊まった。店に入ると、一瞬営業スマイルを見せた看板娘だったが、俺を見るなり露骨に嫌そうな面構えへと一変させた。奥からはまた大男が出てきてポキポキと指を鳴らし始める始末だったのだが、番台に俺が百ゴールドをきっかり叩きつけると、間の抜けた表情で部屋を案内してくれた。
……顔面の忙しい奴等だ、全く。
一頻り宿屋の説明を受けた後は、自室でずっと過ごしていた。
俺の部屋は二階で、階段を登って狭い廊下を少し進んだ先にあった。中は四畳ほどの広さで、小窓が一つ。簡易な造りのベッドに、木製の円卓とイスが一対のみ。何とも小ざっぱりした部屋である。トイレとシャワーは部屋には併設されておらず、共用のものが一階にあったので、そちらを使わせて貰った。
目下、俺達は異世界に閉じ込められるという危機的状況にある訳だが、ここだけの話、小旅行気分で楽しかった。不謹慎なので、他のプレイヤーには言わないけど。
昨夜はよく寝ていたのだと思う。気付けば朝七時頃、小窓から差し込んでくる光と、鳥の鳴き声で目を覚ました。
腹が減ったので宿屋の受付で朝食をねだってみると、「そんなものは無い」と言われた。仕方なく部屋に戻ろうかと思った所で、ルーシアにチャットを飛ばす事を思いついた。もしかしたら、もう起きているかもしれない。
ゲームだった頃と同じくチャット、つまり通話機能がプレイヤーにはある。離れていても、相手が承諾すれば会話が可能となる。昨夜、金を無心した後そのまま別れてしまったので、待ち合わせを決めていなかったのだ。今日は何時に何処へ集合するのか……それを聞きそびれた。昨晩の内にあちらから連絡が無かったので、俺に対する好感度ゲージは更に下がったのだろう。
そんな訳で、朝の散歩も兼ねて俺は早々に出立したのだった。
「やはりここに居たか……」
「鉄面皮って奴ね。それで、今日は何しに来たワケ?」
「酷いな。ちゃんと昨日、パーティ申請しただろう? ドラゴンを倒しに行くぞ。ついでにグリフォンもな」
チャットを飛ばす前に、もしかしたらルーシアが居るかもしれないと思い、ギルドへと俺は来ていた。いきなりチャットするのも、何だか躊躇われたからだ。
それに、これ以上好感度を下げるのも避けたかった。モラルに欠けた行動の結果、折角冒険を手伝ってくれると言われたのに、キャンセルされてしまったら流石にヘコむ。
酒場かギルドに居るだろうと考え、ギルドへと向かった。酒場はこの時間営業しているか分からなかったので後回しにした所、ギルドのソファに座っている金髪エルフの姿が見えたのだった。
……ドンピシャだ。フッ、我ながら名推理だったようだな。
何やら甘い匂いのする飲み物が入ったマグカップを片手に、鷹揚とソファにふんぞり返るルーシア。ドラゴン討伐を告げるとこちらを振り返り、何を言っているんだか理解できない、と言った面持ちで俺を見やった。
「ちょ、ちょっと……勝算があるの? グリフォンですら“無理ゲー”なのよ!?」
「まあな。まずは作戦会議だ。飯でも食いながらな」
小さな溜め息を吐いて、立ち上がるルーシア。俺が彼女を見つめながら無言で佇んでいると、マグカップをアイテムボックスに収納して外へと歩き出した。
傍から見るとマグカップが忽然と消えたように見えるだろうが、違う。アイテムを保管できる魔法のバッグに収納したに過ぎない。
何も無い空間から装備を取り出したり、逆に仕舞ったり。便利なものである。尤も、今の俺のアイテムボックスはほぼ空である。
金を借りた俺に関して、ルーシアは呆れている印象なのか、特に何も言ってはこなかった。半ば儀礼的ではあるが俺が感謝を述べると、適当にあしらわれた。
昨晩に訪れた料理屋の前を通りかかると、既に営業しているようだった。ルーシアと顔を見合わせると、彼女が先んじて店の中へと入ったので、俺もそれに倣う。
木製のテーブル席に付き、朝食セットとやらを注文する。
今日は大丈夫だ、金ならある。――昨日ルーシアから借りた“千ゴールド”がな。ああ、でも宿屋で百ゴールド使ったから残りは九百ゴールドなのだが。
女性店員が角盆から幾つかの料理を寄越してくれた。こんがり焼きあがった丸いパン、野菜のスープ、ハムエッグ……現実世界ではありきたりのメニューだ。しかし、何故だろう。食べ物に、食事が出来る事に、敬服する何かがそこにはあった。
食べ物が食べられるなんて当たり前の事だ。だが、世の中では貧困に苦しむ人々も居る。当たり前の事が当たり前とは限らない。常識だって人によって異なる。異世界で、いつもと違う場所でも食事にありつく事が出来る。これは感謝しなくてはならない事なのだと思った。――お金をくれたルーシアにも、ね。
日常を今まで当然のように享受していた俺の中で、何かが少しずつ変わり始めているのかもしれない。
残飯しか食べられなかったり、美味しい食事にありつけたり。風呂にも入れずギルドの固いソファで寝たり、宿に泊まってベッドで寝れたり。バカにされたり、優しくされたり。
こちらの世界に来て最初は今まで通りに振る舞っていたけど、たった数日だけど、小さな変化を齎しつつあるのだろう。
「それで、作戦ってどうするの?」
フォークでハムを突き刺しながら、ルーシアは尋ねた。
俺はワザとらしく頷くと、不敵な笑みを浮かべる。
「グリフォンの懐に飛び込めれば、倒せる」
俺はゲーム時代、何度もグリフォンを葬ってきた。そこで気付いたのだが、あの巨大なグリフォンは、後ろから近づいて両脚の間にプレイヤーが入り込むと、感知されなくなる。攻撃を加えても反撃されることも無い。
と言っても幾つかの条件が必要であり、条件が揃わなければ強敵である事は間違いないのだが。
小首を傾げるルーシアに、俺は説明を続ける。
「懐が死角なんだよ。プレイヤーが複数居ないと成立しないんだが、プログラムに欠陥がある。誰かが囮になって、もう一人は気付かれないよう背後から懐へ飛び込むんだ。グリフォンの丁度足と足の間だな。そこからフルボッコにできる。
グリフォンが飛んだり移動したりしないように、囮はその間、前線でグリフォンを引き付けておかないといけないんだが」
この方法には戦闘のセンスが必要だ。囮役はグリフォンに近づき過ぎず、離れ過ぎず、絶妙な距離を維持しながらグリフォンの攻撃を回避しなければならない。近づき過ぎれば攻撃を喰らってしまうし、離れすぎるとグリフォンが移動してしまい、懐に居るプレイヤーが攻撃の対象へと替わってしまうからだ。
懐のプレイヤーは、グリフォンに踏まれないよう注意をするだけで良い。しかし――
「囮役は……シグレさんには無理ね。スピードが十分の一だし。掠っただけで即死しそうだし……でも、それなら倒せるんじゃない?」
「ああ。だけど問題があって。グリフォンはHPが三分の一になると、一度ジャンプして衝撃波を出すんだ。懐に居ても大ダメージを喰らう。それに耐えられないんだよなぁ……今の俺じゃ」
そう。懐に居たとしても、ノーダメージでクリアは出来ない。暫くはノーダメージで一方的に攻撃をし続けられるが、HPが減ると一度だけ、グリフォンが衝撃波を出すのだ。それは懐に居ると回避出来ない。
その後、グリフォンは一旦飛び去り場所を移動してしまう。
グリフォンが移動して戦場を変えられても、また背後から懐に飛び込めばいい。だが、今の俺では圧倒的にHPと防御力が足りない。攻撃力はどんなに小さくても必ず「1」入るようになっているから、こちらは延々と攻撃を続ければ理論上俺でも倒せるのだが。
ここまでは昨日の夜、宿屋のベッドで寝転がりながら考えていた。あと一つ、鍵が足りないのだ。何かを見落としている、そんな気がしてならない。ふと、何か名案が頭を過ぎった気がしたのだが……。
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