第24話 VSグリフォン③

「ちゃんと後で合流してよね! 置いてけぼりにしたら怒るからねーーっ!」


 ゴリラへと突撃する後方から、気の強そうな声が聞こえる。一瞥すると、ルーシアが手を振っていた。俺も軽く手を振り返し、ハンドガンを装備する。

 これが合図となった。戦端の幕が切って落とされ、俺の突進に気付いた野犬四体がこちらへ向かって猛然と走ってくる。中心で鎮座していたゴリラも、立ち上がって咆哮を上げた。同時に、俺の体が鉛のように重くなるのを感じた。――テンパーセントの影響だ。

 ハンドガンの射程距離に入った一匹目の野犬に弾丸が命中した。野犬は一瞬怯んだが、倒れない。俺のレベルも上がっているから一撃で倒せるかと踏んでいたが、そこまで甘くは無かったようだ。俺は踏み止まると、狙いを定めてもう一発射ち込む。二発目が野犬に命中した時、そいつは透明になり消えて行った。

 ――どうやら二発だ。二発当てれば野犬は倒せる。ここからは時間と距離の戦いになるだろう。敵に攻撃を喰らう前に倒す。距離を詰められる前に倒す。噛み付き攻撃なら一度か二度は耐えられるだろうが、難易度が変わっているなら即死する可能性だってあるのだ。

 俺は射撃しながら後退を開始する。野犬達がこちらに到達するまで、なるべく時間を稼げるようにと考えたからだ。何発かが命中し、二体目の野犬が地に伏す。そして、ルーシアの居た地点に戻ろうとした時、フィールド一帯が暗くなった。


「クソ、駄目だ! 戻れないか! 走り抜けるしかねえ!!」


 雨が降り始め、空が暗くなったのだ。――そう、グリフォンが登場するエフェクトである。雷雲が渦巻き、稲光と共に轟音が鳴り響く。雷雲の中心からグリフォンの巨躯が見え始めた。これでさっきの場所に戻ったら、俺は衝撃波を受けて死ぬ。そうしたら、この作戦がパーだ。

 俺は振り返る事無く、前方へと突き進んだ。後退は諦めるしかないだろう。


 三体目の野犬を撃破した矢先、その脇を縫って四体目が肉薄してきた。両者の距離、およそ二メートル。ハンドガンから硝煙が上がると同時に、俺は剣へと換装する。飛び掛かってきた野犬に弾丸が着弾するとほぼ同時に、両手で握り締めていた得物で切り伏せた。一閃。一瞬の内に二撃を叩き込まれた野犬が空中で半透明になってゆく。

 ……装備の切り替えの速さは世界一だという自負がある。舐めてもらっては困るのだ。


 四体目の野犬が消えていく、その向こう側。大柄な図体が霞んでみえた。それと同時に、視界の端に強大なモンスターの拳が迫り来るのが見えた。――否、見えてはいなかったのだが、直感で攻撃を予見した俺は咄嗟に地面を転がる。その瞬間、俺の頭上を大振りな一撃が通過していった。

 転がった衝撃で体に軽い痛みが走る。

 いつの間にか接近していたゴリラの攻撃だった。残るモンスターはこいつ一体のみ。もとい、グリフォンも残っているのか。


「尚更、ここでお前に負ける訳には行かないな!」


 俺のレベルが上がったとは言え、ゴリラの攻撃は一度でも喰らえば死亡する。ここからは薄氷を踏む戦いとなるだろう。だが……俺は知っている。例え能力が十分の一になろうと、培ってきたスキルは消えない。積み上げてきたものは失くならないのだ、という事を。

 先ほどゴリラの一撃をかわした事で確信した。こいつの攻撃はかわせる。かわしながらハンドガンで弾丸をブチ込み、その上でグリフォンから遠ざかる。そもそもゴリラというモンスターは、最初のステージの敵なのだ。そして、最初のステージにはハンドガンが無い。それは、ハンドガンが入手できてしまったら簡単にゴリラを倒せてしまうから、という点もあるのだろう。即ち、今の俺にとってコイツは敵ではないのだ。


 ◆


 戦闘が開始され、ハンドガンの銃声が聞こえた時、すぐに森の方角からモンスターの気配が感じられた。ルーシアは遠くを見据え、大仰なショットガンを構える。


「はぁ~、何だか最近、アイツにずっと振り回されている感じね。なんでパーティ申請受けちゃったかなぁ」


 ここ最近、ルーシアはシグレという男に良いように利用されている気がしてならなかった。ハンドガンをねだられた時までは許容できた。ゲームとはいえ一度癇癪を起こして銃殺してしまった故、罪悪感があったからだ。

 問題はその後だ。宿代を無心されたのも癪だったが、人から借りた金で平然と朝食を食べている姿には頭に来た。だが極めつけはパーティ申請だろう。その場の空気も利用され、まんまと受理する事となったのだから。

 シグレがそこまで意図していたかどうかはさておき、冷静さを欠いた自らの判断に、ルーシアは猛省していた。シグレが悪いのではない。全ては因果応報。自らが選択した結果、人々は未来を歩んでいるのだ。

 そんな事を考えながらルーシアは大きく嘆息する。丁度その時、モンスターの群れが視認できた。


「きたわね! 腹いせに死んでもらうわよ!」


 往路からはバトルウルフと野犬の群れが迫って来ていた。ルーシアはウェスタンハットをわざとらしく被り直す。チラリと後ろを振り返ると、シグレがハンドガンを乱射している様が見て取れた。そして、何やら辺りが暗くなったのを感じて上空を見やると、雨が降り出し、雷が鳴り出したのだった。


「ボスが出てくる前にあいつらを殲滅しないとね……」


 前回同様、ルーシアは大仰なショットガンを前方のモンスターに向かって構えると連射していく。弾丸を喰らった野犬がばたばたと倒れていき、真ん中に位置していた白い毛並みの狼だけが残った。バトルウルフが接近し、獲物へと飛び掛かろうとする。地面を力強く蹴ると、巨体が宙へと舞った。

 バトルウルフが大きく跳躍している最中、ルーシアは淡々と換装を開始する。大きな鉤爪が眼前に迫ると同時、切り替えたガンソードで巨狼の胴体を両断してみせたのだった。


 バトルウルフを撃破してすぐ、雨音だけだったフィールドに、鈴のような音が響いた。――チャットの呼び出しである。通話相手はシグレからだ。

 ルーシアは天空からこちらに向かってくるグリフォンを睨みながら、回線を繋ぐ。


 <ルーシア、聞こえるか?>


 <聞こえるわよ。バトルウルフは今倒したけど?>


 <そうか、流石だな。こちらも何とかなりそうだ。それで、作戦通り行くぞ。グリフォンの衝撃波をかわすタイミングを伝えるから、回線はこのまま繋げておいてくれ>


 了解――と一言だけ述べると、ルーシアは言葉を切った。件のグリフォンがかなり地上近くまで降りて来ていた。高度にして凡そ数十メートルだろうか。暴風が吹き荒れ、雨粒が彼女の頬を強く叩いていた。

 ルーシアはガンソードの射撃機能を用いて、試しにグリフォン目掛けて撃ってみた。すると、僅かではあるがダメージが入ったようだった。


(成程。登場シーンでもダメージを与えられるのね。だとしたら、今がチャンスかも)


 ルーシアは装備していたガンソードを解除すると、一際大きな銃器へと換装する。無骨なフォルムで重量もありそうだが、何より威力のありそうな武器である。

 <ランチャー>という銃火器で、ガンナーの装備できる武器の中では最大火力を誇るものである。単体の敵にしかダメージを与えられない事と、単発式な事、それから有り余る重量ゆえに、装備すると回避行動が難しくなるという欠点があった。だが、装備を解除すればすぐに身軽になる為、いざという時に使える代物であり、愛用するプレイヤーも多い。

 グリフォンが地上まであと僅か十、二十メートルという所でルーシアはありったけの弾丸を叩き込む。本来は単発式の代物であるが、異能<ラピッドファイア>を持つルーシアにとって、リロードの制限は無い。

 ランチャーから煙が上がり、大口径の弾丸が空を裂くように幾つも飛んで行った。そしてグリフォンの翼に着弾すると、けたたましい轟音と共に弾丸が爆ぜるのだった。爆炎が起爆剤となり、連鎖が起こる。弾丸は次々と爆発していった。


 <……今のでHP、減らせたかしら?>


 <ほう、ランチャーか? どうだろうな。分からん。だが、そろそろ衝撃波が来るぞ>


 烈火に思わず一歩後ずさりながら、ルーシアはシグレと通話を行う。ランチャーを解除して、今度は二挺拳銃へと装備を切り替えた。

 同じ頃、グリフォンがその巨体を地面へと着地させた。


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