第25話 VSグリフォン④

 <き、来たわよ! ジャンプは!?>


 <まだだ! 落ち着け! ギリギリまで引き寄せるんだ!>


 グリフォンが着地すると同時、凄まじい地響きが起きた。至近距離に陣取っていたルーシアにとっては、頭が割れるような鳴動であった。着地点から波状に地面が割れていく様子が分かり、それが自分へと迫ってくるのが分かる。

 前回一度耐えたダメージとは言え、衝撃波自体、恐怖の塊である。自分がプレイした事のない最上級難易度のボスモンスター。そんな存在を前に、死という概念が眼前に迫ってくるような錯覚を覚えるルーシアだったが、シグレを信じる事にした。まだ知り合って日の浅い間柄だが、プレイヤーとしての技量や知識、経験と言ったものは、何故だか信頼できる気がしていた。にわかには信じられないが、当人は元世界ランカーなのだという。そんなシグレの何処かに強者たる証左と魅力を感じているのだと、ルーシアは漠然と考えていた。


 <――来るぞ、今だ!!>


 恐怖に半分目を瞑りながら、意識が覚醒する。忘れかけていたチャットからの音声、シグレからの通話だ。抉れられた地面が宙へ投げ出され、土なのか岩なのか分からないが大地の壁がルーシアの鼻先まで迫る。訳も分からぬままであったが、覚悟を決めて両脚に力を入れると、ルーシアは空中へと跳ね上がった。

 直後、つぶてが頬や肩を弾く感覚と、ゴウ!! という突風。そして、爆音と共に衝撃波が通り過ぎていくのを感じた。ルーシアは地面へと着地すると、踏鞴を踏む。瞑目していた為に分からなかったが、一面が荒れ地となっていた。


 <ルーシア、大丈夫か!?>


 <う、うん。何とか……>


 <衝撃波が消え次第、俺も応援に向かう。ここからそっちの様子は見えているから、何かあれば合図を送る。頑張ってくれ!>


 衝撃波をやり過ごしたルーシアの白い頬を、血が滴る。少しだけ攻撃が掠ったようだ。それも束の間、土砂降りの雨で血は洗い流されてゆく。

 暫しルーシアは放心状態だったが、グリフォンが悠然と自分の方角へと向かってくる姿を見て、自嘲気味に笑う。


「そっか、そうよね。これからですもんね!」


 買い溜めした回復薬を取り出すと、ルーシアは惜しげなく使用した。


 ◆


 野犬四体を葬った後、俺はゴリラをハンドガンで応戦しながら、なるべくグリフォンから遠ざかった。ゴリラの攻撃は遅いので、気をつけていれば当たらない。

 もし俺のレベルが低い状態だったなら、攻撃を喰らっていたかもしれない。だが、最早レベルも上がりつつある。テンパーセントで敏捷性が十分の一になろうとも、ゴリラの攻撃を回避できる程のステータスは確保されていたのだった。


 遥か彼方でグリフォンが舞い降りるのを視認しながら、ハンドガンでゴリラを狙う。もう十発は入れているのだが、一向に沈む様子は無い。これはハンドガン自体の威力が然程高くないのと、ゴリラのHPが高いのが理由だろう。

 時折転がって攻撃をかわしながら、近づかれた時は剣で斬り付け、すぐにバックステップで距離を取る。これを繰り返していた。そしてルーシアにチャットを繋いだ。パーティを組んだ相手には離れていても会話が出来る。実に便利な機能だが、今回の作戦の要訣でもあった。

 暫くすると、遠方でグリフォンが着地するのが見えた。衝撃波が発生するのと同時に、ルーシアが狼狽している様子が遠くから窺えたので、チャットで呼び掛ける。彼女に的確な合図を送り、衝撃波を回避させた。こちらはと言うと、だいぶ離れた為、グリフォンの衝撃波からは安全地帯に入ったと思われる。俺は剣でゴリラにとどめを刺し、ルーシアの応援へと向かう事にした。


「三つカウントしたら右方向へ飛んでくれ。……一、二、三!」


 囮役のルーシアは、二挺拳銃スタイルで両手に小銃を装備し、グリフォンへと波状攻撃を行っていた。ショットガンやランチャーを使わないのは、回避に専念する為だと思われる。

 二挺拳銃はガンナーの中でも人気が高い装備でもあるのだが、案の定操作が難しい。機動性を重視したものであり、攻撃力も乏しく、両手で扱うスタイルは精密な射撃に向いていないからだ。

 だが今回はターゲットたる的、グリフォンの体躯が大きい為、出鱈目に連射してもヒットしやすく、この装備は正解とも言える。そしていざ俺から合図が来た時は、指示通りに動いてグリフォンの攻撃を回避しているようだった。

 グリフォンとは一定の距離を保ち、隙があれば両手に装備したハンドガンで迎撃を行う。なんとか継戦しているようである。

 それから数十秒後、俺もグリフォンのフィールドへと到着した。俺は装備を剣と盾に切り替える。酒場のオヤジに貰った身代わりの盾だ。そして、グリフォンに悟られないように、ゆっくりと弧を描きながら背後へと回りこむ。そして、タイミングを見計らうと、その懐に飛び込んだ。俺の様子を見ていたルーシアと目配せすると、頷き合った。


 ……今思ったんだけど、俺はグリフォンの攻撃が当たらない遠くに陣取って、指令役に徹していれば良かったんじゃないか? だって、俺がチャットで指示を出せばルーシアは攻撃も出来るし回避も出来るじゃん。

 攻撃するのはルーシアだけでもよくね?

 まぁ、今更の話だ。俺も戦闘に貢献するとしよう。経験値も貰える訳だし。

 グリフォンは鋭い鉤爪のついた前足でルーシアを攻撃する。それを必死になってルーシアが避ける。ルーシアも大体攻撃のパターンに慣れてきたみたいで、簡単な攻撃なら俺が指示を出さなくても避けるようになっていた。俺もグリフォンの懐から血眼になって剣で攻撃しまくる。与えているダメージは微々たるものなのだろうが、着々とHPを削っているように思えた。

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