第50話 VSアイ③

 ◆


 用意周到なんてものでは無かった、とアイは思っていた。

 前回の大戦で感じた脅威から、綿密に作戦を練ってきた。シグレへの対策、妨害……それから、他の勇者の動向も逐一確認していた。勿論リエルに関しても。

 ありとあらゆる手段を試し、奸計を巡らせた。狡猾だ卑怯だと謗られようともアイは構わなかった。

 何しろ、機械であるが故に万感を持ち合わせていなかったのだ。だから殊更、プレイヤーという種族の考えは理解出来なかった。実際は感情という概念が芽生えていたのだが、当の本人は知る由も無い。

 自らと双子とでも呼ぶべきリエルがシグレ達に加担した事は看破していたのだが、これは却って好都合であった。――リエルは自分と同じAIであり、同等の存在である。そのリエルの思考、演算はアイにとって推測しやすく、対応しやすかったからだ。

 だからこそ、サッポロのギルドの会談で、リエルが作戦立案から外されたのは完全な想定外だった。焦慮も恐怖も感じなかったが、何か違和感だけは覚えた。

 前回よりも勢力は増し、百万を超える軍勢となっている。アイの臨戦態勢は磐石である。前回は苦戦を強いられたものの、そう言った要因が歯車の小さな狂いなど微動だにせず、計画を遂行させるだろうと。アイは自らが敗北する事など微塵も感じていなかった。


 しかし、現下の状態はアイの明らかな失策であった。果たして何処で間違えたのか、それを考える余裕も無く、事態は変移していく。

 シグレのステータスが十倍に膨れ上がり、百万あったアイの軍も追い詰められていった。残り十万ほどまで削られてしまうのだが、ここまでは予測の範囲内である。勇者が摩耗して死亡するのを待つばかりだったのだが、突如一変した。

 ――風前の灯だった勇者が全快し、破竹の勢いで快進撃を再開したのだ。尽きていた筈の回復薬が無尽蔵に溢れ出てくるようで、不死身の集団のようだった。

 ニナが大技を放ち、数万体に分身したシンが機械の軍勢へと一斉に襲い掛かる。

 討ち漏らした敵をシグレが撃破してゆく。

 リエルも、ここぞとばかりに極大魔法を放つ。

 アイは焦燥に駆られ、回復薬の供給元と思われるシンを優先的に叩こうとする。しかし、ニナの物質崩壊に邪魔され、攻撃対象を即座に変更する。ニナを仕留める事を第一とし、集中砲火を浴びせた。広範囲の爆撃を行い、分身体もまとめて葬り去る。


「……死ぬ前に…………仕事をしておくか」


 最後の力を振り絞って、ニナが物質崩壊を放つ。サイバーシティを周辺のフィールドから隔離するように、黒いエネルギー体が地面を抉り、大きく切り取った。戦場が外界から断絶されたようである。

 ……そして、ニナのHPが尽きた。空中に飛んでいたニナの体が地面に叩き付けられ、ぐしゃりと嫌な音を立てる。


「ニナさん!」


「クソッ! ニナがやられた!」


 リエルが悲鳴を上げる。シグレもまた、憂悶していた。

 データ諸共消し去ってやろうと、サイバーシティ中枢のコンピュータから無数の腕が伸びてくるが、それをシグレが切り刻み、ニナを守ろうとする。

 邪魔なシグレを排除するため、全方位から戦車と戦闘機による突撃を食らわせる。……が、間一髪の所で二人共シンに救われたようだ。

 アイは憎憎しげに勇者達を見やる。

 この時点での生存者はシグレ、シン、リエル。対する機械軍団はアイと、その手下数千体となっていた。




 一気に優勢になったと思っていたシグレ達だが、攻撃の要であるニナがやられてしまった。慢心があった事は否めない。

 しかし大丈夫だ、と皆一様に思っていた。


 <シン、分身を数体、ニナに回しといてくれ。必ず守れるように。それと、もしもニナが神殿で蘇生したら分身体でここへ連れて来てくれ>


 <まさにアンデッド。ずるいッスね。いや、了解ッス。……勝てますかね?>


 <フフ、愚問だな……>


 <ハハッ、それって、どっちの意味ッスか?>


 シグレとシンは不敵に笑い合っていた。絶望的状況や、詰みゲーを前に舌なめずり。――廃人ゲーマーに散見されるタイプだ。こういう人種は、ピンチになると燃えてくるのである。

 実は、ニナが戻って来るまでが肝心だった。攻撃を防ぎきれるか。そこが問題なのだ。分身体を通じて、街や安全地帯に逃げ戻るのは簡単だ。だが一旦逃げてしまうと、アイに逃げられたり、対策を練られたりする可能性があった。そして何しろ、ルーシアの身に危険が迫る可能性があった。これ以上、先延ばしには出来そうも無い。

 無論、アイも今が好機と睨んでいた。残る勇者二人を今倒してしまえば、完全な勝利となる。これを逃す筈が無い。


 ニナが脱落してしまった今、後に退く事は許されない。攻撃を防ぎきり彼女の参戦を待つのが良い。だが、アイがこれを阻むだろう。

 ……恐らく、ニナが復活する前に勝敗が決する。


 <時に、シン君。俺はリエルのサポートに徹するから、あの飛んでいるヤツ全部、任せてもいいかね?>


 <本気ッスか? 自分一人じゃ、ちょっと厳しいッスね。リエルさん、聞こえます?>


 シグレの思いついた奇策を実行するには、まだ残る数千の機械群が邪魔であった。空中戦が苦手なシグレは戦艦をシンに任せる事にする。その数およそ一千隻。

 ボイスチャットを通じて、シンはリエルに助力を請うた。

 大まかだが、魔法戦艦が一千。戦闘機や対空兵器が二千。戦車や機械兵はもう殲滅されており、残るは空中の敵だけである。


 <別に、倒してしまっても構わんのだろう?>


 <シグレさん、ふざけている場合ではありませんよ……来ましたよッ!>


 シグレはリエルの目の前に陣取ると、重心を少し落とした。――リエルに向けられた攻撃を全てシグレが弾くつもりなのである。高いHPや防御力を活かして盾となり、且つその攻撃力で以って、肉薄する相手の攻撃を相殺してゆく。

 リエルは防御を捨て、上級魔法を連発。防御はシグレに身を委ねて、自らは魔法攻撃を続ける。MPが少なくなれば、回復する。これを反復していった。

 シンも百万、百億、百兆……と分身し始めた。ここで終わらせるつもりなのだろう。果敢に攻め立てていた。一撃の威力はイマイチのようだが、数の暴力で以って戦闘機を撃墜してゆく。

 アイもここが正念場と悟ったのか、猛然と攻め立てる。怒涛の集中砲火がシグレのHPを削っていく。反転魔法により倍増された体力も、じわりじわりと減少していった。

 アイの戦法にも変化が生じ、シグレには毒攻撃や雷撃、火炎攻撃が浴びせられた。弱点を突かれ、シグレのHPゲージが驚異的なスピードで減っていく。常時回復薬を使用し続けていないと死亡してしまうような状態だ。

 防御も間に合わず、シグレは回復薬を投入し続ける。HPゲージが右へ行ったり左へ行ったりしている。


 <おおあああああッッ!! まだか……ッ!? リエル! シーーーーンッ!!>


 攻撃が止むのが先か、回復薬が潰えるのが先か。

 シグレが恐慌状態に陥りそうになった折、瞬刻相手の攻撃が止んだ。

 ――見やれば、残る相手はマザーコンピューター、アイだけとなっていた。


(ようやくボス一体か。だが、ここまでは前回の戦いで攻略できたんだろう? 難易度が高すぎだ……信じられねぇぞ)


 <シグレさん、駄目ッス……。ゴールドが尽きました。倉庫も空っぽッス。もう回復は出来ないッス……>


 シグレが独りごちていると、シンからの通話が入った。どうやら回復手段が絶たれたようだ。


 <リエル、まだMPは残っているよな?>


 <残ってます。ただ、もう極大魔法は使えないかと……>


 リエルに確認を取ると、シグレは「大丈夫だ、問題ない」と嘯いた。

 本来であればその台詞は大丈夫ではない結末を迎えるので、リエルもシンも心配そうな面持ちでシグレを見やる。


 <シン、作戦を開始するぞ。それからリエル、合図をしたら……分かってるな?>


 前回の戦いで、ここまでは来た。そして……負けた。

 次は無い。即ち最初で最後のチャンスだ。

 シグレは自らの鼓動が高鳴るのを感じた。全身から汗が噴き出してくる。


 十倍の速度で、シグレはアイ目掛けて突進を繰り出す。対地ミサイルが数十発ほど発射され、それを長剣と小銃で撃ち落としていく。地中から機械仕掛けのアームが無数に伸びてきて、彼の足を絡めようと、命を刈り取ろうと押し寄せる。

 爆炎が迫った。雷撃が迫った。それらを、必死になってシグレはかわした。

 一方で、がら空きになったリエルの元にも攻撃が差し迫る。それをシンの力も借りつつ魔法障壁で防御する。程なくして、リエルを庇い、シンの分身が全て消えてしまった。

 最後の一体となった所で、タイミングを見計って、シンがリエルの手を掴む。

 驚くリエルを無視し、二人はシグレの後方に転移して現われた。しかし、シグレは振り返らず、地面を蹴って飛び上がる。


「リエル、今だ!」


 空高く飛び上がっていたシグレが叫んだ。それを聞き、リエルが反転魔法を唱える。アイ目指して自由落下していくシグレは、小銃をしまうとアイテムボックスから何かを取り出していた。


 アイはその様子をつぶさに観察し、起こり得る未来を予測する。全てのパターンを演算し、確率が高い順に並べていく。シグレが何を企んでいるのか。何を取り出したのか。今だ不明であった。

 すぐに魔法陣が出現し、リエルからのエネルギーがシグレを包み込んだ。

 ――と思いきや、シグレの持っていたアイテムに反転魔法が照射されてしまった。咄嗟の所で、シグレが身を捻ったからだ。

 思わず、リエルが「あっ」と声を漏らす。それは回復薬だった。

 エリクサー。神々しく輝いていた液体がリエルの魔法を受けて、漆黒の、得体の知れない何かへと

 その瞬間、リエルとアイが同時にシグレの策を見抜いた。


 リエルがシグレの名前を叫んだ。顔には不安の色が広がっている。

 アイは逡巡していた。この作戦は……シグレは自殺する気なのか、と。刹那、思考を停止してしまう。やはり人間という種族は演算の埒外を行く、と名状しがたい感覚を覚えた。

 残存する幾多の弾頭がシグレ目掛けて発射され、機械腕が肉薄する。

 シンが最後の魔力を振り絞って、空中へ転移して弾頭を撃墜する。

 MPが枯渇したリエルはそれをただ見てる事しか出来ず、何度も彼の名前を叫んだ。

 シグレがアームを切断し、アイ本体へと落下を続ける。

 シンがアームに捕縛され、握り潰されて絶命する。


「馬鹿め……もう遅いわ! お前の敗因を教えてやる。それは人間を、廃人プレイヤーを舐めたことだ!!」


 弾丸をかわしたが、シグレは機械腕に搦め捕られた。その寸での所で、エリクサーの小瓶を一閃していた。

 この時点で、アイはもう諦観していた。それ故、シグレへの追撃は行わなかった。


 ドス黒い液体がシグレとマザーコンピューターへと降りかかった。

 シグレのHPが一瞬の内にゼロになり、肉体が光の粒となって消えてゆく。

 時を同じくして、マザーコンピューターであるアイの動きがピタリと止まった。


 もしリエルならば、シグレを助けようとするのではないか。リエルには人間の感情が色濃く出ている。だとすれば、決してシグレを見捨てないのではないか。

 アイはそう考えた。その躊躇が、趨勢を決めたのかもしれない。

 最後まで、アイには人々の考えが理解出来なかった。何故ならその躊躇いこそが、人の感情なのだから――

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