第12話 ルーシア

 本日何度目だ、この光景は。あいつ……俺を撃ちやがったぞ!?

 俺はベッドに横になりながら、神殿の天井を見上げた。さっきの爆乳、もとい金髪エルフめ……蘇生するから良いものの。これがデスゲームだったらしょうもない最期だったぞ。とにかく、これはガツンと言ってやらねばならん!

 俺はベッドから飛び起きて、半ばタックル状態で神殿の扉をブチ破って、ギルドへ向かって突撃した。


 現場では銃声を聞きつけた野次馬が増えていたようで、ギルドの前には人だかりが出来ていたが、俺はそれを押し分けるとギルドの中へと転がり込んだ。彼女は逃げていなかったようで、そこにはバツの悪そうな顔をしたエルフが何人かに囲まれて弁論している最中だった。

 怒り心頭の俺が会場に現れると、紀元前十三世紀のエジプトで海を割ったモーゼよろしく、人混みが割れる。

「オイ!!」と俺が雷を落とすと、「じ、自分は関係ないッス」とでも言わんばかりに、取り巻き達は退散していった。


「よくもやってくれたな。さっきのは立派なプレイヤーキルだぞ!」


 プレイヤーが他のプレイヤーを攻撃したり、死亡させたりする事は<プレイヤーキル>、<パーティーキル>などと呼ばれる。略してPK“ピーケー”とも呼ぶのだが、ゲームによってはこれが禁止されていたりする。もしくはルール上、禁止されてはいないが、モラルに欠ける行いである為、プレイヤー間の良識でご法度としている場合が多い。

 このアヌビスゲートではプレイヤーキルが禁止されていない。その気になれば街中での大規模な銃撃戦も可能である。が、タイトルリリース以降、一度たりともそういった事態になった事は無かった。

 小さな諍いやプレイヤーキルは勿論過去にあったが、プレイヤー達のマナー、モラルによって上手く回避されていたように思える。殺すのは禁止されていないが、許されている訳ではない、と言えよう。

 これは異世界に転移した初日、俺を捕縛した兵隊から聞いた話なんだが、アヌビスゲートが具現化してプレイヤーが異世界に閉じ込められた時、少なからず治安は悪化したらしい。プレイヤーキルもあったようだ。しかし、希望を捨てなかった有志のプレイヤーや自我を持ったNPC達に助けられ、鎮静化した。

 ここからは俺の推測だが、それ以降、即ち五ヶ月近くの間は割りと平穏だったのではないかと思う。転移初日に俺が見たあの腑抜けきった人々の顔は、そんな背景を彷彿とさせた。

 現に、たかがプレイヤーキルだけど結構な大事になっているようだし。特に今回問題なのが、初期装備で初心者丸出しの俺を、ガンナー(かどうかは不明)の金髪エルフが一方的に射殺したのだ。そりゃあ寝覚めが悪い。弱いものイジメってもんだろう。

 俺は怒りを露にしながらエルフへと迫った。


「アヌビスゲートは痛覚もリンクしているんだぞッ!?」


「ご、ごめんなさい。アタシも頭に血がのぼっちゃって……それに、まさかそんなに弱いと思わなかったから」


 なんだと、この野郎。俺が弱いだと? バカヤロウ! 好きでこんなに弱体化してるんじゃねーっての! <時間停止>の異能が健在だったら、お前なんか一捻りだぞ! この野郎!

 ……だが、この状況は利用できるな。


「……いや、過ぎた事はいい。俺も悪かった。それで……侘びに相談くらいは聞いてくれるよな?」


 射殺されたからこそ、出来る交渉がある。俺はコイツに一度殺された。これはこのエルフにとってかなり分が悪い。何でも言う事を聞いてくれるのではないか――そう思うと、PKされた事で、最強のカードを手にした気分になる。

「なんでもしますから!」という言質が取れれば、エッチな要求をする事も出来るかもしれない。中学生の時の俺ならば真っ先に考えていた事だろう。いや、今も真っ先に考えていた訳だが。

 イカン、目的を見失ってはいけないな。それに、こんなに大勢の人が居ては籠絡しにくいというものだ。


 予想通り素直になったエルフに、俺は今までの経緯を軽く話した。ハンドガンが欲しいと伝えると「それくらい全然いいわよ」と快諾してくれたのだった。

 フフ、計画通りだ。

 ところが、ハンドガンは入門者用のショボい装備ゆえ、流石に所持はしていなかったようである。どうするのか尋ねると、俺はこのエルフと一緒に武器屋まで買いに行く事になった。


 ◆


「わ、悪いな。そこまでして貰うつもりは無かったんだが……」


「いえ、あれだけ人目があったし、丸く収めるにはこれが一番だったと思う」


 街を並んで歩きながら、俺は武器屋へと向かっていた。道中「あれ、これひょっとしてデートじゃね」とか思っていた。

 だだだだって、女の子とこんな感じで歩くのって考えてみたら人生で初めてだし、え!? 何か良い匂いしない!? や……やべぇ!! 考えたらちょっと股間が……! ぐおおおお静まれ……ッ! 今は静まるのだ、マイ・サン!!


 金髪エルフ――彼女の名はルーシアというらしい。レベルは55、職業はやはりガンナーだった。ここよりも先のプレイヤータウンや村に居てもおかしくないレベルだが、シンジュクに居る知り合いに用事があったので暫く滞在していたようだ。

 俺はと言うと、馬の耳に風。鼻の下を伸ばしきって街中を闊歩していた。


「大丈夫……? なんか、さっきから様子が」


「あ、ああ大丈夫! アレかな。さっき死亡した時の感覚が抜けなくて」


「……嫌味な奴ね」


 黙り込むルーシア。暫く無言で歩く二人だったが、気まずいと思ったのかルーシアが口を開く。


「ハンドガンを買うのは別にいいんだけど、シグレさんはまだレベル2なのよね? 装備できないんじゃない?」


「まぁね。だがいいんだ。――到着したぞ」


 確かにそうだ。ハンドガンはステータスの<攻撃力>が一定以上無いと装備できない。だが、そこはちゃんと考えてある。問題ない。

 俺は相槌を打つと、辿り着いた武器屋の扉を開く。


 俺が何を言うわけでもなく、ルーシアは武器屋の主人にさっさと注文して、ハンドガンを購入してきてくれた。

 購入すると、手に持ってハンドガンを構えるルーシア。なぜか自分で装備したようである。俺は一瞬、また殺されるのかとドキリとしたのだが、単に久しぶりに持ったハンドガンが興味深かっただけのようだ。トリガーに指を引っ掛けてクルクルと回すと、腰に装着したホルスターにルーシアは銃身を差し込んだ。


「懐かしかったから、つい。じゃあコレ」


 訝しげに見ていた俺の視線に気づくと、ルーシアは照れ臭そうに言った。そして彼女はホルスターからハンドガンをサッと引き抜き、俺に手渡してきた。

 貰ったハンドガンは仄かに温かかった。……ホルスターに銃身を差し込んだ時、ハンドガンがルーシアの太腿に密着していたのを、俺はバッチリ視認していたからな。脳内SDに保存しておいたぜ。

 フフ……こいつは良いハンドガンだ。まだ温かく、香りが良い。


 その後だが「これで貸し借りナシだからね」と告げると、彼女は去って行ってしまった。ルーシアとなら一緒に冒険してもいいかも。そう思ったのだが……。

 渡されたハンドガンの生温かさが、妙にエロかった。このハンドガンは今夜のオカズにさせて貰おうか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る