第13話 ハンドガン、キミに決めた!

 アヌビスゲートにおいて、プレイヤーが選べる職業、つまりクラスには色んな種類があると紹介したが、俺のクラス<ハンター>の場合、攻撃力が20を超えるとハンドガンを装備できるようになる。

 現在の俺の攻撃力は14。つまり、まだ装備できない。だが、あとレベルが一つ上がれば、20になるだろう。何度もプレイしているから分かる。

 森に来ていた俺は、酒場でゲットしたEXPポーションを飲んだ。汗だくになりながらスライムと何度か交戦し、都度撃破した。何度か倒すと、EXPポーションのお陰で俺のレベルが3になったのだった。

 EXPポーションは、ゲームを始めた段階ではゲットできない。レベルが3に上がるには……スライムを何十回も倒すか、森の先に進んで、より強いモンスターを撃破しなければならない。前者の選択肢は精神的に避けたかった。後者は無理だ。確実にだ。今のクソスキル<1/10>では倒せない。それ故、前者を選択した。

 更に問題だったのは、レベルが3になったからと言っても、この異能<1/10>がある限り、ゲームクリアは絶望的という事だった。最初のステージである森からも抜け出せないのだから。

 時折忘れがちだが、俺はこの世界に閉じ込められているのだ。元の世界に帰還できなくていい、なんて思っていない。進むことは決して諦めていないんだよね。


 この先に進むためにはどうすれば良いのか、俺は考えを巡らせていた。そこで考えたのが、遠距離から攻撃できる<銃器>の調達だ。ゲットを狙うのなら、実質レベルが3になると装備可能になる入門者用の小銃<ハンドガン>が狙いだった。但し、ハンドガンはこのステージでは手に入らないから、誰かに譲ってもらう必要があった。

 それと同時に入手しておきたかったのが、先ほど使用した<EXPポーション>だ。ぶっちゃけスライムを数匹倒したところで、レベルは上がらない。俺にとっては、たった一回の戦闘が“ビッグブリッヂ”よろしくラストバトル並みの死闘であり、肉体的にも精神的にも磨耗してしまう。であるならば、戦う回数を減らすのが妥当であった。EXPポーションを使えばそれが可能となる。


 俺はレベルが上昇したのを確認し、ステータス画面を開いた。攻撃力が20になっていた。これでハンドガンを装備出来る。

 ゲーム時代からこんな手法があったのか、と問われると答えはイエスだ。初心者がベテランプレイヤーから貴重なアイテムやレアな武器を譲って貰ったり、敵を倒せるように根回ししてもらったり。そう言った事例は多い。今回のケースでも、最初のステージで入手できないハンドガンを、エロフ先輩から譲ってもらった(というか買ってもらった)に過ぎない。

 だが、全く同じケースがあったかは疑問である。スライムで詰むという事態がまずあり得ないのだから。それ故、武器を調達する必要が無い。異例中の異例と言える。


 近くに誰も居ないのを確認して、俺はハンドガンを試し撃ちしてみた。


 ズガンッ!


 おお、大丈夫そうだな。てっきり射出された弾丸のスピードすら十分の一になるかも、と心配していたが……杞憂だった。

 弾丸は木の幹に命中し、銃口からは煙が上がっていた。連射できないのは残念だが、俺の異能、テンパーセントに限らず、ハンドガンは連射ができない仕様になっている。連射するなら<マシンガン>など、連射機能がついた武器を装備するしかないのだ。


 俺はフィールドの更に奥へと進んだ。途中、何体かスライムが出てきたが、遠距離から射殺しておいた。

 クフウ……気持ちがいいぜ。一方的に弱者を痛めつけるってのはな!

 俺が思うに、最初のステージでハンドガンが手に入らないのは、初期のうちに基本的な動きや戦術を学んでほしいという、開発元の意図があるからなのだと思う。最初から“ヌルゲー”になってしまっては面白くないのと、プレイヤーが操作を覚える為に、順当な流れを作らなければならないだろうし。

 まぁ、そもそもさっき言ったように、この森自体、入門者用に難易度が低く設定されている。どんなプレイヤーでも、突破できるように作られているのだが……。


 フィールドを暫く進むと木々は少なくなり、拓けた地形へと風景が変わった。フィールド上には所々大きな岩石が設置されているが、それ以外は見晴らしが良い野原である。大岩とは別に、黒く、大きな塊が動いている様子が俺の視界に入った。――そいつは全身が褐色の毛に覆われており、太くて短いが逞しそうな四肢で、巨躯を揺らしながら四足歩行していた。大型のモンスター、<クマ>である。

 クマは、この辺に出没するモンスターの中では強めの部類に入る。大柄な体格で、プレイヤーに向かって平手打ちを繰り出してくる。移動速度は遅めだが、HPが多いので、近接戦闘で殴り合いになると初心者プレイヤーでは死ぬ事もある。ヒットアンドアウェイが定石だ。

 無論、テンパーセントの異能を持つ俺にとっては、一発喰らえば死に至るラスボス級の脅威である。相手が素早くないとは言え、十分の一の素早さでは逃げ切る自信が無かった。ハンドガンの射程は決して広くないし、一発でも攻撃を当てると、こちらに向かって四速歩行で走ってくるのだ。だが俺には妙案があった。

 俺はまずハンドガンの射程距離、ギリギリの内側から、一発クマへと弾丸を発射した。

 すぐに雄たけびを上げ、こちらへと向かってくるクマ。俺はそのクマをおびき寄せながら、フィールドに鎮座している岩へと突進――実際は異能のお陰でモタモタ走ってるように見えるのだが――をした。岩へ激突する直前、絶妙なタイミングで俺は身を翻すと、岩を挟んで俺とクマが直線状に位置するように、相手取った。

 こいつはプレイヤーを見つけると、こちらに向かって進んでくる。ところが、プレイヤーとの間に岩などの障害物があると、岩にぶつかったまま進み続けようとするのだ。即ち「岩を避ける」という事がプログラムされていないのである。

 プレイヤーに向かって直線的に移動する性質があるらしく、岩陰に隠れるのが少しでも遅いと回りこまれてしまうのだが、岩に激突する勢いで突っ込むと、この“バグ”とも呼べる状態を作り出す事ができる。このバグは極一部の廃人の間では常識だが、マニアやディープなファンが立てた掲示板や攻略サイトにも載っていない。


「……うむ。やはり回り込んでは来ないか」


 ずっと走ったモーションのままこちらに到達できずに居るクマ。凶悪な顔をした猛獣だが、岩に向かって突進し続けるサマは滑稽であった。

 ……さてどうするかと言うと、岩を挟んだこの状態でハンドガンを打ち続けるのだ。リーチの都合上、剣ではクマに攻撃が届かない。近づき過ぎると攻撃を喰らう恐れもある。ハンドガンを調達したのは、こういったバグ技に銃器が必要不可欠だったからだ。これならばノーダメージで倒す事が可能だな。

 え、卑怯? 卑怯ではないさ。だって、この程度のバグを開発元が直していないって事は、“仕様”なんだろう? もしくは黙認する何か理由があるって事だろう。それはつまり、“オフィシャル”じゃないか。公式の攻略方法と言っても過言ではない。いや、過言だろうけど、方法をえり好みしている場合ではないしね、今は。


「グワオォォン!!」


 雄たけびを上げながら消えていくクマ。俺は安全地帯から、ハンドガンを撃ち続けてクマを倒す事に成功したのだった。

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