第32話 あんな事いいな、出来たらいいな。
真っ赤な体に巨大な翼と尻尾。爬虫類のような眼、鋭利な爪と牙。顎門からは灼熱の炎が漏れていた。――ドラゴンである。
最奥地、湿原とは対照的に荒廃した一角を舞台に、目下シグレとルーシアはドラゴンとの戦闘中だった。
今やシグレのレベルも五十一。難易度が“EASY”だったのなら、ドラゴンの討伐など楽勝だっただろう。<テンパーセント>という足枷があるので一撃や二撃で倒せはしないが、余裕を残しつつクリアしていた事だろう。
だが、そうはならなかった。
そもそも、難易度“EASY”から“VERY HARD”までは森のボスモンスターはドラゴンである。そして、“GOD”になるとドラゴンの代わりにグリフォンが登場する。
グリフォンを倒した今、ドラゴン如きは二人の敵では無いと思っていたのだが……。やけにしぶとい上、攻撃力も尋常じゃない威力だった。
恐らく“VERY HARD”のドラゴン程の強さだ、とシグレは推測を立てていた。
ドラゴンからは時折火球が吐き出され、フィールドを焼く。
本来であれば難易度“NORMAL”か“HARD”辺りのプレイヤーであるルーシアでは歯が立たない。頼りの彼女はドラゴンに翻弄されており、回避するので精一杯と見受けられる。
しかし、シグレは一切の動揺を見せなかった。何故なら、今回も秘策があったからだ。
◆
半径五メートル程のフィールド上に、身を隠せるような障害物は無い。その為、ドラゴンの攻撃は回避するか、相殺するかしなければならない。
無論、俺は一発でも喰らったら成仏する自信があった。
ではどうするのかと言うと、だ。
一部のディープなファンの間では常識の裏技がある。
フィールドには確かに障害物が無いのだが、端っこに幾つか岩がある。そして、その外側は岩壁となっている。余りにも端に位置するので、この岩にはプレイヤーが身を隠すような隙間は無い。
これらはプログラムの際、ゲームを盛り立てる為、世界観を演出する為、設置しただけのようなマップ素材と言ってもいい。
背景に何も無いのは寂しいから、と。そういった事情で設置された程度のものだと思われた。しかし誰が最初に気付いたのか、このマップチップにバグが存在する事が判明したのだ。
裏技はこの岩が目印となっていて、ジャンプして岩の丁度真上に着地しようとすると、ハマって抜けなくなるのだ。ゆっくりと壁際に押し出され、壁の向こう側――全方位真っ暗の謎の亜空間に――閉じ込められてしまう。
謎の亜空間とはあくまで比喩であり、背景や地面が描かれていないが故の現象だ。一応プレイヤーが存在はしていられるようで、もう一度ジャンプすると、何事も無かったかのように、ドラゴンとの戦場に戻ることが出来るのだが……。
このバグの面白い所は二つある。まず、岩に挟まっている間、ボスに察知されないという事だ。察知されない為、攻撃される事が無い。そして、別のフィールドに居る扱いになるのか、ドラゴンの火球やブレスが飛んできても、プレイヤーにはダメージは通らない。
二つ目は、こちらの攻撃は通るという事だ。壁から銃器などの遠距離攻撃が出来る武器だけを露出させれば、ボスにダメージを与える事が出来る。
傍から見ると、壁からプレイヤーの手だけが出ており、攻撃を受けそうになると壁の中に手が引っ込んでいくという……戦闘相手からすれば卑怯極まりない戦闘スタイルであった。
俺は戦闘が開始すると、真っ先にその岩へと駆け出し、空中へジャンプした。すると想像通り岩の上には着地せず、壁の中へとめり込んでいった。
俺の奇行を見ていたルーシアはギョッとした様子を見せ、明らかに動揺していたが……当然だ。作戦の概要を説明し忘れていたからね。
暫く継戦した後、安全地帯からハンドガンを撃ちまくるそれが、俺の戦法なのだと察したようだった。
「アタシもそこに入れなさいよ!」
「ごめんな、ルーシア。この岩、一人用なんだ」
「何よ、それ!!」
どこぞの意地悪な小学生が眼鏡をかけたポンコツ主人公を仲間外れにする時の決まり文句みたいなセリフを俺が吐くと、ルーシアは怒りを露にした。
ポケットから便利なアイテムを出す猫型マシーンなんて、この世界には居ない。この世界を攻略する為にはバグだろうと何だろうと、利用できるものは利用するべきなのだ! ……俺はそう思う。
それに、の〇太君の心情は理解できなかったのだ。俺は勉強が難しいとは思わなかったし、小太りの小児にイジメられる事も無かったからな。
唯一共感できたのは同級生の女の子のお風呂を覗きたい――これだけだった。
「ブレスが来るぞ!」
強大なモンスターを前に、一人槍衾にされそうなエルフがあたふたしている最中、ドラゴンが動きを止める。そして口内が赤く光ったのを見て、俺は叫んだ。
すぐに回避行動に移ったルーシア。ドラゴンを正面に見据えると、真横に大きく飛んだ。その数十センチ横を、灼熱の光線が焼き払っていった。
…………。
……。
数十分後。ハンドガンの応酬とルーシアの頑張りもあって、森のボスモンスターであるドラゴンを見事打破する事に成功した。
折角新調したけど、長剣<ドラゴンバスター>は一切使わなかったな。ドラゴンをバスターするという名前なのに、使われないとは皮肉よな。――まぁいざって時や接近戦の時は重宝するだろう。そういった意味では、持っているだけで安心とも言える。
「シグレさん、信じられない!」
「な、何がだ?」
「何が、じゃないわよ! さっきのドラゴン戦! 自分だけ安全な場所から攻撃して、アタシは何回か死に掛けたわよ!」
終わった後、物凄い形相でルーシアに詰め寄られる俺。
おお……コワい。怒り心頭といった感じだ。
見れば、ルーシアは確かにズタボロで、被っていたウェスタンハットは一部コゲていた。攻撃が掠ったのか、少し出血もしているようだ。
今回は確かに説明しなかった俺が悪いな。戦いが始まる前に、ダイアログの件で一悶着あったものだから、うっかり忘れてしまっていたのだ。今思えば、すぐにチャットを繋いで説明するという方法もあった訳だけれど。
俺は素直に謝罪する事にする。
「……分かればよろしい」
ルーシアは腕を組むと、尊大な態度で言い放った。
昔の俺なら「俺は悪くない!」、「法律には違反していない! つまり、謝る必要などない!」とか言っていただろうか。頑固というか、偏屈というか。偏に性格が悪いとも言える。……そう回顧すると、俺も丸くなったのかもしれないな。
ドラゴンを倒した事で、フィールドには宝箱が出現していた。
俺はそれを一瞥すると、ルーシアの顔を見やる。「開けるんだろ?」という無言の圧力である。
未だ少し不機嫌そうなルーシアは肩を竦めると、すたすたと歩いて行き宝箱を開けた。そして、中身を確認すると、小さく溜め息をつくのだった。
「あまり良いアイテムは入ってなかったか?」
「そうね……。ところで、お金の取り分の話なんだけど」
「……俺は少なめでいいよ」
俺も宝箱の中身を確認してみる。すると――
<赤竜の長杖>
<30,000ゴールド>
――が入っていた。赤竜の長杖は一応、難易度“VERY HARD"のドラゴンを倒さないと手に入らないレアアイテムなのだが、ルーシアはお気に召さなかったようだ。この長杖は、魔法使い系の職業ならば喉から手が出る人も多い。実用的で、装備した時のステータス上昇や、魔法攻撃の威力増大といった効果がある。
見た目は長さ百数十センチメートル程で、色はドラゴンと同じ赤色。ミスリルと呼ばれる非科学的な硬度の金属製で、先端には輪っかがあり竜の翼を模った装飾が嵌め込まれている。
曰く「アタシは<ガンナー>だから杖とか魔法アイテムは要らないのよ。例えレアアイテムでもね」との事。俺が貰ってもいいかと尋ねると、快諾してくれたので頂くことにした。
『ロッド』か……。俺も装備出来ないが、所持品も寂しいし、持っておこうと思う。金に困ったら売り払えばいいし。
厳正な話し合いの結果、ゴールドの分け前は俺が一万。ルーシアが二万となった。
異議を唱えたが、却下された。
……今回は俺も頑張ったと思うのだが、認めてもらえなかった。遺憾ではあったが、あまり機嫌を損ねると一緒に冒険してもらえなくなる可能性があるので、黙っておく事にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます