第33話 天空の城ではなく……

 ドラゴンを倒した後、何も無い空間から荘厳そうな扉が出現した。――次のステージへの入り口である。

 アヌビスゲートでは、そのフィールドのボスモンスターを倒すと、次のステージへの扉が出現する手筈になっている。<森>の次は<海賊船>だ。大海原と、船上が冒険の舞台となっていて、海賊や沈没船など、森とは一風変わって独特の世界観が楽しめる。

 ちなみに、アヌビスゲートは森→海賊船→洞窟と鉱山→サイバー都市という順に攻略を進めるシナリオになっている。難易度によって微妙な差異はあれど、基本的には全てこのルートを辿って遊ぶ仕組みになっている。

 尤も、扉を抜けても次のフィールドへと直接繋がっている訳ではなく、冒険の合間の休息地や、村、<シンジュク>のようなプレイヤータウンに繋がっている場合が殆どだ。

 この扉を抜けると、そこは<オキナワ>というプレイヤータウンに出る。森はお終い。一呼吸できる算段になっている。


 俺とルーシアは迷わず、扉をくぐった。

 そこには、白い波頭の立つ海を背景に、のどかな街並みが広がっていた。

 町と言うか、村と言ったほうが正しいかもしれない。中世のヨーロッパの雰囲気は踏襲しつつ、現実世界の沖縄県の要素を足したような……。

 摩天楼が聳える訳ではなく、建造物の数は控えめ。家屋の軒高も低め。但し文化的成長は感じる。そこに鬱葱とした森や山、海と砂浜、照り付ける太陽と蒸し暑さが印象的な土地だろう。

 少し街を離れると、畑や防風林が目立つ。ヤシやタコノキ、マングローブも特徴的だな。そんな風景が、あちこちで見られた。


「リゾート地って感じよね」


「そうだな」


 うん、ゲーム時代とは特に変わっていないようだ。安心だ。

 ただ、ここでもシンジュク同様、NPC達が居る。生活を営む彼らはゲーム時代とは異なり、人格が芽生えているのだろう。

 現に、店を構えているNPCらしき人物も、以前とは様相が違ってプレイヤーと見分けが付かない。


「シグレさん、この後、どうする?」


「うーん。ちょっと散策したいかな。ゲームの時とどう変わっているか調べたいし」


 俺はルーシアにプレイヤー向けの主要な施設の場所を教えてもらった。ついでに宿屋も幾つか教えてもらう。

 後ほどチャットで連絡を取り合うと約束し、そこからは自由行動となった。




 俺は暫く街をぶらついた。

 一通りの物見遊山を楽しんだ後、飯でも食おうと思った。時刻は昼。恐らくルーシアもどこかで昼食の最中ではなかろうか。

 俺はたまたま目に付いた飲食店に入る。外観としてはデッキカフェみたいな雰囲気だ。中に入ると……やはり暑いからなのだろう。店内は満席との事。外のテラス席なら空いていますよ――と言われたので、俺は外で食べることにした。

 パラソルが差されたオープンデッキで適当な席を見繕うと、座ってメニューを見始める。

 お洒落なカフェ。パラソルの下で優雅に昼食。ぶっちゃけ俺の人生では初めてだな。大体、初めての事をすると上手く行かないもんなんだよなぁ……。まぁ、今回は大丈夫だろう。注文して食べて、お金を払うだけだしな。

 オープンデッキの片隅では梯子が立てかけられており、作業着を着た人達が屋根に上って改修工事をしていた。

 大工が仕事をしているようだな。『工事中』って看板も置いてあるし。


「外は暑いでしょう。すみません……」


「あ、いえ。お気になさらず」


 恰幅の良い主婦がトレーで水の入ったコップを運んできて、俺の前に差し出した。

 お洒落なカフェだと思ったけど、案外普通の大衆食堂のような感じだな。働いている人達も若いお姉さんって訳じゃあないし。


 俺はメニューで『オススメ! 海の幸、ランチセット』というのが気になったので、それを注文する。

 数分後、先ほどの気立ての良さそうなオバサンがランチセットを運んできてくれたのだった。


「この野菜も地元で取れたものを使用しているんですけど。このスープは地方で作ったお酒を少量入れておりまして、とっても美味しいんですよ」


 との事。海の幸をふんだんに使用したスープ。それから白飯。色鮮やかな野菜とマメの上から、香味の効いた調味料油がかけられている。

 それからトロピカルフルーツと思しき果実を輪切りにしたデザートも添えられていた。

 これは期待大である。

 しかし俺がスプーンを掴み、オバサンが説明を終える頃だった。工事している連中が何やら騒ぎ始めた。


「――親方、空から女の子が!」


 大工職人の一人が空を指差しながら叫んだ。

 何だって? 空から女の子、だと? そんなジブリの名作みたいな展開あるわけないだろ。どこのラピ〇タだよ。

 俺は鼻で笑うと、まずスープから頂こうとカップを持ち上げる。その時。

 突如、轟音と共に頭上のパラソルが弾け飛んだかと思うと、バキャ、という音がしてテラスの床に大穴が開いた。

 硬直する俺だったが、恐る恐る落下してきた穴を覗き込む。すると、そこには片膝をついた状態で女性が血を流していた。

 少女が降って来たのだ。キレ長の目。茶色のロングヘアーを後ろで纏めていて、長身の美女だった。ボディスーツの上から革鎧のような軽装で身を包んでおり、露出は比較的少ない。

 脚はスラリと長く……少女というには大人びていて、何だかクールビューティな印象を受けた。しかし、まだどこかあどけなさを残している……クール系美少女だ。


 茶髪の少女は何事も無かったかのように立ち上がると、一言「巨大生物は厄介だな」と吐き捨てた。

 そして一つ舌打ちすると、独特の構えを見せる。

 その視線の先には大海原と、街を併呑するかの如く巨大なモンスターの姿があった。

 大きいタコのような怪物――<クラーケン>か。難易度“GOD”の海賊船で出てくるボスモンスターだ。グリフォンよりも強いな。

 と言うか、ここは街中なんだけど?

 プレイヤータウンと呼ばれる<シンジュク>や<オキナワ>は、プレイヤーが攻略を忘れて休息を取れる安寧の場所となっている。

 必然的に、モンスターは基本的には出現しない。ボスモンスターも同様だ。

 しかし、今まさに目の前に出現している訳で……。


 動揺する俺は瞬刻固まっていたのだが、更に唖然とする事になる。

 なんと、クラーケンが増えたのだ。一匹だと思っていたクラーケンの奥から、別のクラーケンが現れる。更にその奥から……。計三体ものクラーケンが出現した。

 グリフォンより格上のボスが同時に三体。これは……全盛期の俺でも倒せたかどうか。それくらいヤバイ状態だ。

 俺は同じく硬直していたカフェのオバサンと、茶髪の少女を順に見やる。どうするべきか。否、逃げるしか無いだろう。

 そう判断した矢先、茶髪の少女が一歩踏み出した。

 何やら両手から黒く、凶悪そうなエネルギー体が迸ると、遥か遠くクラーケンの向こう側と少女の二点を結ぶように、刹那、黒い稲妻が走った。


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