第34話 負のコンボ
――悪い事が重なる事ってあると思う。
あれは小学五年生の夏休みの時の話だ。長年愛用していたエアコンがとうとうブッ壊れてしまい、新しく買い直す事になった。
新品が届くまでの間は扇風機で代用する事になったのだが……その年は記録的な猛暑で、たかだか扇風機一台で乗り切れるような暑さではなかった。だから脳筋の父以外、全員不平を述べた。
最初に脱落したのは母だった。
――これ、死ぬんじゃない? と。家庭の危機的状況を、短いながらも死を匂わせるセリフで鮮やかに言い表した。
そんな母の言葉に、汗だくのクセして親父は告げる――大丈夫だ、と。
お前が大丈夫か、じゃねえよ。他の人が死にそうなんだよ。と俺は思ったが、暑さのせいで親父にガタが来たのだ、と幼心に思っていた。今思えば、俺が生まれる遥か昔からガタが来ていたのかもしれない。建設会社を一代で築き上げ、社長となった手腕と、養ってもらった事は感謝している。職人気質ではあれど、優しい所もあり、良い親父だった。だが、時折ワケの分からない事を言うのだ。あの人は。
さておき、次に白旗を揚げたのは俺だった。……何をどう言ったのかは覚えていないが、親父に文句を言った所、一家の大黒柱が動いたのだった。
当時住んでいたのはアパートで、地域の住民による町内会も盛んに行われていた。町内会で親父が発案したのか分からないが、結果、数日後にはアパートに簡易プールを設置する事になったのだ。
今思えば根本的な解決にはなっていないと思うのだが、地域の子供達は大いに喜んだ。そして俺も喜んでいた。
俺が喜んでいた理由の一つに、同じアパートに住む女の子の件が挙げられる。たまにアパート内ですれ違う程度の仲なのだが、とても可愛くて、俺はその子の事が結構気になっていた。
ある日、その子と偶然アパートの敷地内で出くわし、話す機会があった。その際、「明日一緒にプールに入ろう」という約束を取り付ける事に成功したのだ。
その晩、楽しみの余り一睡も出来ずに、翌日を迎える事になる。折りしも、その日は両親共に出かける予定があった。
子供達だけは危険だから、とその女の子の親御さんが一人付き添うみたいな話は聞いていたが、実質的に女子とマンツーマンで遊べる事を考えると、途端にマンツーマンという言葉の響きにさえ何だかエロスを感じてしまう……それくらい、俺のテンションはブチ上がっていた。
……異変は朝、起きた。ベランダからアパートの敷地内が一望できるのだが、そこにはプールの中に佇む見知らぬオッサンの姿があった。オッサンは呆然とした様子で、時折何かを考え込んでいるようだった。
俺はとりあえず向かう事にした。朝食を食べ、約束の時間までは宿題をやった。そして、いざプールへと向かった。
聞いてみた所、オッサンはその女の子の父親だった。そして、こう言うのだ。
――ごめんね。ウチの娘、風邪引いちゃったんだよね。と。
……俺は見知らぬ毛深いオッサンと二人きりで、プールで遊ぶ事になった。デスゲームの始まりだった。
遊ぶ相手が居なくなったら可哀相だと思って、おじさん来たよ――と、毛深いオッサンは優しげに笑っていたけど、俺は悟った。これは懲罰なのだ、と。
前世で将軍暗殺か何かをやらかした俺に対して、贖罪の機会が神から与えられているのではないかと思った。
数十分おじさんと戯れた後、俺は精根尽き果てて自宅へと戻った。たぶん死んだ魚のような目をしていたと思う。
自室の扉を開けると、ベッドに倒れこむ。羽根の生えたフルチンの金髪パーマの子供が迎えに来て、このまま天に昇っていくのでは? と思った。
それもさておき。
その翌日だ。家が涼しくないなら、空調の効いた図書館で過ごそうと考えた。
エアコンが壊れ、プールで見知らぬオッサンと水遊びを満喫し、最後……図書館のトイレで食中毒O157に感染して、ケツから下痢便と真っ赤な鮮血を噴射して、俺の夏休みは終わった。
悪い事が重なる事ってあると思う。
…………。
……。
「アッチイィィィッ!!」
「お客さんッ!?」
キュィン、という甲高い音が聞こえたかと思えば、黒い雷は走ると同時に角度を変えた。レーザー光線で物体を切断するようにクラーケンの極太の触手が真っ二つになる。
地面は抉れ、建物が両断され、一瞬何が起きたか分からず思考が停止したのも束の間で、寸刻遅れてその直線状で大爆発が起こる。
凄まじい爆発音がして、町が半壊した。
……当然、茶髪の少女の近くに居た俺らは無傷じゃなかった。
まず、最初のレーザー光線が煌めいた時、俺の持っていたカップが両断され、熱々のスープが俺の股間へブチ撒けられた。当店自慢のお酒と海の幸が瞬時に俺のナニ的なモノを包み込み、火傷を負わせる。局部にアツい接吻(ベーゼ)をお見舞いされた俺は、股間を押さえてのた打ち回った。
更にだ。痛みを堪えていた俺が、何が起きたのかを理解する前に始まったのは大爆発だ。至近距離で盛大に業火と爆風が巻き起こり、給仕していたオバサンのエプロンが吹き飛んだ。腕をクロスさせて顔面を防御しながらの仁王立ちであったが、着ている衣服は全て爆散し、だらしのない主婦の体が露になった。
「……何見てるんだいッ!!」
被害者の俺は何故かババァに平手打ちを喰らい、泣きながら宿屋へと向かったという訳だ。
クッソ、ババァの裸を見ちまったじゃねえか。
それにしてもあのババァ、只者じゃないな。吹き荒れる暴風の中、重心を落としつつ顔面を防御……それに、人畜無害の俺を容赦なく攻撃する残忍性。きっと名だたる女囚に違いない。
俺は宿屋のベッドから体を起こすと、小窓から外の様子を窺った。
クラーケンはどうなったのだろうか。いや、外が静かな事から察するに、倒したのだろう。
とすると……あの茶髪の少女が、三体も? あの黒い稲妻はなんだ? そもそも、街中だと言うのに、なぜボスとの戦闘があった?
分からない事が多かった。どこか、あの少女には見覚えがある気がした。だけど、記憶に無いって事は違うのだろう。
俺はルーシアにチャットで連絡を取ると、その日は早めに眠りにつくのだった。
最初のフィールドである<森>をクリアして、まだまだラストは先だが一筋の光が見え始めたと思う。溜飲が下がったのか、久々に俺は爆睡する。
『思い出して! ワタシの名前はリエル!』
夢の中で誰かに名前を呼ばれた気がする。リエル……誰だっけ?
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