第35話 ハチャメチャが押し寄せてくる
昨日は何だか疲れた。
考えてみたらドラゴンを討伐して、その後はカフェで事件。昼下がりからはずっと余暇みたいなものだったんだが……。何故だろうか。
今日はルーシアと合流して、今後の予定を話し合う予定だ。昨夜、難易度“GOD”のボスモンスター、クラーケンが複数街中に出現した事や、それを謎の少女が倒した事など、幾つかは既に報告しておいた。
より一層、戦いが激化すると思われる。そこに付随する痛みや苦しみ、恐怖、そういったものは少なくない。「死亡しても蘇生するから」とか「俺に貸しがあるから」と、随伴を強制するのは外道だと思うのだ。
俺の意思は置いておいて、その辺りルーシアはどう思っているのだろうか。
確かに良い動きをするプレイヤーだと思うし、異能<ラピッドファイア>も中々強力なものだ。これからも暫くはお世話になりたい、というのが俺の率直な思いではある……。
俺は宿屋を出発して、待ち合わせ場所へと一路を辿る。
その道中、このオキナワでのNPC達の変化について観察していた。
……思ったんだけど、NPCが薄着なんだよね。
プレイヤーが派手な格好をしていたり露出度の高いファッションをしていたりするのは分かる。
だがそこには太腿を大きく露出した売り子の女性や、胸元が大きく開かれたシャツやタンクトップ一枚の男性店主など。恐らくNPCであろう人々の服装がゲーム時代よりも更に過激になっていた。
いや、でもそりゃそうだ。NPCも普通の人間同様の存在となったのなら、個々によってファッションも変わる。暑ければ薄着にもなるわな!
だけどちょっと目のやり場に困るというか。ホラ、例えばあの娘。あんな白くて丈の短いワンピースを着た可愛らしいお嬢さんが一人で歩いていると危ないじゃないか。俺のようなタイヘンなヘンタイに――
「シグレさん! 探しました!」
白いワンピースを着たその女の子は俺に向かって話しかけてきた。俺と目が合うと、こちらへ駆け寄ってきたのだ。
――誰だ、コイツ。
まさか、逮捕的な? 事案発生? えっ、俺、何もしてませんよ?
その女の子は、焦りと嬉しさが半々に混じったような表情だった。
奇遇な事に、俺も焦りと嬉しさが入り混じったような顔をしていた。
美少女に話しかけられた嬉しさと、ハニートラップや冤罪、通報、少女誘拐未遂、警察……、様々な禁忌的キーワードが脳を過ぎった事による焦燥感だ。
っていうか、何で俺の名前を知っているんだ? ……ああ、でも俺って、有名っちゃ有名だしな。
ハハハ、参ったな。俺のファン? 少女のファンか。……おっと、待つんだ。こんな街中でテントを張ってはいけないよ、マイソン。ボーイスカウトで習わなかったのかい?
「あの……シグレさん、ですよね?」
俺の調子が悪いのかと、上目遣い気味で俺の顔を覗き込む少女。
「クッ……こ、こら。駄目だよ、キミ、知らない人に話しかけちゃあ。誘拐されちゃうよ?」
「そっか……記憶を失って……。そうですよね。すみません……私のせいで……」
「キミはNPCかな? プレイヤーっぽくは無いな……。この世界は危ないんだ。あらゆるモンスター。ゲーム時代と違うシナリオ。それから俺のような、もとい、性犯罪者――」
「さ、サンバースト!!」
「!? ――ぐわぁああああああああ!!!!」
怒りなのか悲しみなのか、白いワンピースを着たその娘は目尻に涙を浮かべながら魔法を解き放った。
直後、頭上の太陽が撃墜されたのかと見まがうほどの炎熱が、俺に向かって叩き付けられる。強力な一撃だった。街中で油断していたとか、美少女だったとか、そういうのはさておき。「あれってフォースの上位魔法だよな」とか思いつつ、死んだ。
◆
「――グレさん」
ふと気が付くと、木製の天井が目に入った。
ここは……いや、この天井には見覚えがある。懐かしき我が家、違う。神殿だ。
どうやら死亡し、神殿で蘇生したようだ。最後に立ち寄ったのはシンジュクではなくオキナワだから、……ここはオキナワの神殿と思われる。
「シグレさん」
俺は慌てて上半身を起こすと、回想する。
えっと、そうだ。俺は上級者フォースの一撃を喰らって全身を焼かれながら死んだんだ。
あの娘は一体? ……いかん、ルーシアとの待ち合わせに遅刻する。
何年か前、近所の女子小学生に話しかけた所、防犯ブザーを鳴らされて数人の巨漢に囲まれた事を思い出した。――子供の登下校を見守っていたボランティアの中でも、一際屈強な男達だった。通学路の安全対策には素直に称賛を送らねばならないだろう。
あの時は女子児童のランドセルが開いていて中身が落ちそうだったから親切心で教えてあげようとしたのだが、その子は可愛いパンダの形をした小型機器の輪っかを引っ張るとピュルルルルルルル、という警報を鳴り響かせた。即座に殺気を漲らせたご近所さん達が駆けつけ、「大人しくしろ、生きては帰さん!」とか「てめぇは建設会社ん所の……! そうか! やはり親父そっくりだな!」などと、訳のわからぬ戯言と共に数人に囲まれたかと思えば、破竹の勢いで蹂躙されてしまった。
……あの時は、全身でアスファルトを感じながら、俺の人生はどこでボタンを掛け間違えたのかと意気消沈したものだ。
だが、今は思い出に浸っている場合ではない。ルーシアと約束した時間に遅れてしまう。
回れ右をしてベッドから飛び降りようとした折、フニョン、と頭が柔らかいものにぶつかった。
何だろう。急に視界が暗くなったので、手探りで顔の前方の空間を探ってみる。すると、またしても柔らかく、そして温かい感触を感じた。
「薄いシルクのような感触。シャンタン。いや、タフタか? 温度は三十度後半くらい――」
「や、やめてください!」
「――へァッ!?」
頬に衝撃と痛みが走った。触覚から情報を得て、どうやら絹で出来た生地を撫でたらしいと悟ったのも束の間、俺はベッドに真横から激突し、跳ね返って神殿の床に仰向けに転がった。
同時に、真っ暗だった俺の視界は目まぐるしく変化し、ベッドが映ったかと思えば、肌色をした二本の肉柱と、その最奥部に存在感を放つ純白の下着を投影した。
ここは楽園(エデン)か? いいや、俺には分かる。これは女性の――
「ひゃっ、へ……変態! 変態ッ!!」
「おごぉッ! ガハッ!」
何がどうなったのか分からないが、少女のスカートの中に潜ってしまっていた俺は、そのまま数度顔面を踏まれ続けた。
先ほどの感触は少女のなだらかな胸だろう。第二次性徴を終えたかそれ以前程の、だ。
ベッドの横に恐らく少女が立っていて、俺は気付かずに衝突したのだと思われた。それで一瞬視界が真っ暗になり、柔らかい、その、アレだな。
それで、ぶっ飛ばされた後は少女のスカートの中へと、秋名のハチロクも真っ青のドリフトテクニックをキメたのだと思われる。
「ま、待て! 落ち着け、事故だ! 悪気は一切無い!」
顔面に圧を感じながら、俺は声を張り上げた。
いくら暑くて夏真っ盛りだからと言って、俺に一夏のアバンチュールの思い出を作ろうという気持ちは毛頭無い。
「……な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。気付けば双丘でピクニックを堪能し、白いパラソルの下で生肌を観賞していた。
催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ――」
「シグレさん! もういいです、大丈夫です!」
今のは偶然が重なった事故だ。もしくは何者かの陰謀だ。
俺は身の潔白を必死に釈明する。しかし、言い終わる前に少女によって言葉を捻じ伏せられてしまった。
足で踏まれるのも初体験だったのだが、体重が軽いからなのか、それとも冒険者の肉体で強化されているからなのか、然程痛くは無かった。ある種の人間にとって、これが“ご褒美”と呼ばれるのも何だか理解できた気がする。
それから、「変態、変態」と罵倒されるのも中々に悪くないと思ったのは内緒である。
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