第9話 一勝五敗

 今日は五回死んだ。朝一で出発し、スライムに正面から挑んでは死に、一撃目をかわして背後に回りこんでは結局死に、誰かが仕掛けたモンスター用のトラップに引っ掛かっては爆死した。

 次に、頭に血が上ってスライムに突っ込んでは死に、「いやいや、さっきのはスマートじゃなかった。よし……次は分析しながら戦おう」と最後、冷静に分析しながら死んだ。

 ギルドに泊まった昨夜。受付嬢に何か言われるのではないかとビクビクしていたのだが、俺が訪れた時間には既にあの娘は居なかった。ゲームの時は毎回同じ人が受付嬢をやっていたけど、現実世界と同様にシフト制、というか人員を交代するようになっているのだろうか。

 ハハ……、そんな、まさかな。


「あの~、ここは宿泊施設ではないのだけど……」


 俺は適当なソファを見繕うと、独りごちた。泰然とした態度で眠りにつかせてもらおうとしたのだが……職員だろうか? ヘソだしルック、短パンという、ラフな格好の金髪エルフ女性に話しかけられた。ウェスタンハットを背中に引っ掛け、腰にはガンホルスターを装備している。プレイヤーなのかもしれない。

 ……否、どちらでもいいのだ。なんて事は無い。俺が「な、なんだね、君は!? 私はあの企業の係長なのだよ!! 失礼なのではないかね!? エェ!?」と、面倒くさいどっかのお偉いさんの振りをかましてやった所、そいつは顔を引き攣らせていた。

 一瞬、腰に装備した小銃で眉間をブチ抜かれるんじゃないかと思ったが、そのエルフは「あ、はは……そうでしたか。どうもスミマセンね……ッ」と言い残すと消えて行った。

 その後の事だが、どうやらかなり疲労していたらしく、記憶が無い。ソファで爆睡していたようで、気付いたら夜が明けていた。

 アイテム倉庫や銀行など、プレイヤーの為に夜中も空いているのではないか、と思ってギルドを訪れたらビンゴ。神とギルドに感謝しながら、異世界転移の一日目は無事終了したのだ。


 そして翌朝、現在。俺は朝早くからフィールドに旅立った。そこでスライムと戦闘し、五回ほど死亡したという訳だ。今は神殿のベッドで横になりながら、対策を考えているところだ。

 正直言って、絶望的ではある。スライムが倒せなければ、恐らくこのゲームを攻略するのは無理だ。

 だが、それは倒せなければ、の話だ。


 もう一度、現状を把握しようと思う。俺はこのアヌビスゲートの世界に転移してきたようで、なんの因果か、レベルや装備が初期設定に戻されてしまった。加えて、異能は<1/10>っていう、呪いのような前代未聞のクソスキル。ステータスは


 シグレ Lv.1 Human

 称号:新人

 異能:1/10

 ■HP 5/50

 ■MP 2/20

 ■攻撃力 8

 ■防御力 5

 ■素早さ 4

 ■魔法耐性 2


 一日経った訳だが、一レベルたりとも上がってはいない。

 だって、モンスターを倒していないんだもの。

 今日の戦闘で分かったのだが、この異能<1/10>は、やはり“全てのステータスが十分の一になるもの”のようだ。ステータス自体は、レベル一のプレイヤーとしては妥当な数値である。で、日常生活に不便はない事から、行動全てが能力の対象になる訳ではないようだ。

 例えば街中で走ったり会話したりは、現実世界と同じく、不自由なく出来る。もしこれらも十分の一になるのなら、喋るスピードや走るスピードもスローになり、一人だけ街中でアメリカの映画<マトリックス>よろしく、弾丸の嵐を掻い潜って主人公ネオを演じる事になる。それはそれで面白そうなのだが……。

 おっと、イカンイカン。話が脱線した。

 あくまでバトルの時だけ、効果が反映されるようなのだ。戦闘が始まると、俺の攻撃力は十分の一になり、防御力も十分の一になる。素早さ、クリティカル、諸々もそうだ。恐らく、魔法に対する耐性なんかも十分の一になるのだと思われる。

 HPなんかの、常時作用しているようなステータスは、戦闘時以外も異能によって十分の一になっているのだろう。

 これが、俺の立てた<テンパーセント>に関する推論である。


 この先、レベルアップ時に通常のプレイと同様にちゃんとステータス値が上がっていくかは疑問だが、理屈が分かってしまえば対策を立てられる。俺は小学校の時、女子のスカートの中を覗きたいが為だけに一生懸命努力し、その性に対する無類の向上心と野心から“神童エロス・キリスト”と呼ばれていた。

 ……何が言いたいかと言うと、俺は目標に向かって直向きに努力し、研究と対策の結果、成功を掴む事が出来る男なのだ、という事が言いたかった。

 悲観してはいけない。挫折というのは、挫折と思った瞬間に挫折となるのだ。廃人プレイヤーとして、技術と知識と経験はある。

 ようやくこの体にも慣れてきたからな。突破口が見えてきたぜ。


 スライムと数回戦って、俺は相手のリーチを掴んだ。個体差はあれど、デカくても三十センチくらいの奴等だ。あのブニョブニョのボディによる攻撃が届く間合いは、せいぜい二メートル程であった。

 それからスライムには、攻撃してからの、次の攻撃が来るまでのインターバルが存在する事に気付いた。乱数要素となっているのかと思ったが、連続では攻撃してこないらしく、一度攻撃した後は最低でも二秒、必ず空きがあった。

 ……ここまでつぶさにスライムを観察した事は初めてだった。何故なら通常では苦戦など一切しない相手だからだ。

 最先端のVRMMOとは言え、所詮はプログラムという事なのだろうか。もしくは……まるで俺のようなクソスキル能力者でも突破できるように、善意ある、とも思えなくもない。この辺のアルゴリズムに気付けるかどうかは別として。Anubis社がこのテンパーセントを把握しているのなら、その可能性も否定は出来ない。


 俺は神殿を出ると、すぐに森を訪れた。回復薬なんかを買う事は無かった。だって、HPが5しかないから一発喰らえば即死しちゃうし。

 目下、俺は例のスライムと対峙している所だ。スライムは通常の冒険者、プレイヤーであれば二~三発入れれば倒せるようになっている。単純計算で、俺は十分の一の攻撃力なので、最低でも二十発は入れないと倒せない計算になる。雑魚モンスターが途端に中ボス級に見えてくる訳だが……。やるしかない。まずはこちらから攻撃せず、相手に攻撃させる。そして二秒間のインターバルを利用して、安全な内に剣で攻撃する。――この時大事なのは、二秒経つ前に、即座に二メートル以上離れる事だ。そうする事で、攻撃を喰らう事無く、戦闘を継続できる。


「やった……た、倒したぞ! ようやく、だ!」


 繰り返すこと二十回以上。斬撃を浴びせたスライムは半透明になって消滅していった。スライムを倒した瞬間だった。

 まだ最初のステージだというのに、全身からは熱を放出し、汗をほとばしらせ、呼吸は荒く、傍から見れば燃え尽きそうな有様だっただろう。童謡で例えるなら、<チューリップが咲いた>の最初の“ド”の時点で既に声帯にポリープが出来ている……そんな始末である。イントロで満身創痍なのだ。

 しかし、俺は勝利の喜びを噛み締めずには居られない。右手で剣を強く握り締め、目を瞑る。これ程の達成感と充足感を感じたのはいつ以来だろうか。


 スライムの撃破後、この先に進むべきかを迷ったのだが、一旦森から出る事にした。出てから再度、このフィールドに入り直す事で、スライムは復活するだろう。俺の記憶ではゲーム時代、スライムを二回も倒せばレベルが一つ上がった筈だ。ここは、先にレベルを上げておきたい。森の奥に進むのはそれからだって良い。

 俺はもう一度スライムを倒すべく、剣を何十回と振った。その甲斐あって、暫くするとレベルが一つ、上昇したのだった。


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