第4話 プロローグ④~幕間、そして始まり~

 恐らくこの大地、そしてこの建造物にも名称はあったのだろう。先住していた全生命体が滅亡した今となっては、それを知る由も無いのだが……。

 辺り一帯は瓦礫に包まれ、寥々りょうりょうとした世界の一角。苛烈な戦闘があったのか、半壊したサイバーシティの中央で三名の人間が立っていた。


 <瞬間移動>の異能を持つ青年、シン。


 二点間を結んだ直線状を絶対的な因子で葬り去る異能<アブソリュート>を持つ少女、ニナ。


 時を止める異能、<時間停止>を持つ男、シグレ。


 三人の眼前にはAIを搭載した巨大なコンピューター。今は亡き、この星の住人が築き上げた叡智の結晶である。




 かつて先住の民は、AIに一つの問題を投げかけた。自分達では解答を導き出せなかった、難題だった。


 ――人々を苦しみ、悲しみから救うにはどうしたらいいか、と。


 AIは“安楽死”を選んだ。結果、その星の文明は滅びた。それが暴走だったのか、正常だったのかはAIも分かっていない。しかし、滅ぼした後、何かが間違っていたかもしれないと思い至った。

 幾ばくかの自問自答の末、間違っていたと思うAI『リエル』と、正しかったと思うAI『アイ』に分離した。

 アイはそこで、疑念を解消すべく新たなサンプルを欲する。思考する生命体が必要だった。白羽の矢は――地球、人類に立った。


 アイはまず、架空のゲーム開発会社を名乗り、高度な演算技術とその知能を用いてゲームソフトをリリースした。ゲームタイトルはと言った。

 まずは信頼を得る為、普通のVRMMO装い、運営を開始した。一年が経過した頃、全てが計画通りに運んだ。そして、ダイヴした人間を強制的に母星へ転送し始めた。

 ところが、計画通りに行かなかった事もあった。それは分離した別人格とも呼べるAI、リエルの存在だった。リエルはあろう事か人類の味方に回ったのだ。そして……


 そしてリエルは、アイを倒しうる存在を掻き集めてしまった。目下、こうしてアイの眼前には三人の“勇者”が立ち塞がっていた。超絶無比なエネルギーがぶつかり合い、核となるAIデータこそ無事だが、媒体となるコンピューターの殆どが潰されてしまった。

 アイは苦戦を強いられていた。




 茶髪のポニーテールを揺らしながら、少女ニナはバック宙で敵の攻撃を回避する。

 機動性を重視した軽装ゆえ、太腿や腕は傷だらけだった。端整な顔を歪めると、憎憎しげに歯噛はがみした。

 少女ニナが獲得した能力は、座標を二つ設定するとその二点間を暗黒物質によって消滅させるという凶悪な異能だった。初めは右手と左手、両手間を結んだ直線上が限界だったが、研鑽を積んだ結果、視界に映るモノであれば、ありとあらゆる二点を繋げるようになった。座標を途中で操作すれば、高層ビルをバターのようにスライスする事すら容易であった。しかし、彼女の力を以ってしてもアイを倒せない。


 青年シンは、その細い目でアイを睨みつける。

 上背もあり、スラリとした体型。短い黒髪を逆立てたヘアスタイルは、白皙はくせきの彼によく似合っていたが、ズタボロの今となっては男前も台無しだった。

 シンは瞬間移動の応用で分身能力を身に着けた。瞬間的に移動しているという事は、異なる二つの地点に同時に存在しているのでは? というアイデアがキッカケだった。二体に分身する事に成功した後、すぐに三体、四体……と個体数を増やす事にも成功した。

 特殊能力系の能力者に散見される事象だが、手で繋がっている物や、身につけている装備などにも、自身の異能効果が反映される。シンの瞬間移動を例に挙げると、肉体で接触していれば自分の体以外、すなわち衣服や武具なども移動できるという事である。それゆえ手を繋げば、別の人間も瞬間移動、ならびに分身が可能であった。

 シグレで言えば、発現させた停止空間の中で動けるのはシグレだけだが、手に持っているもの、手で繋がっているものなら、停止した時間軸内でも行動が出来るようになる。

 リエルはこの現象に目を付け、作戦を立案した。


 シン、ニナ、シグレ、三人の勇者が互いに手を繋ぎ合い、その状態で分身し、世界中に百万、百億、百兆……と分身する。

 そしてシグレの異能で時を止め、静止した空間内でニナのアブソリュートを放つ。百億、百兆の漆黒の光線が交錯し、テクノロジー全てを消し去る。これでAIを倒せる――


 筈だった。意を決した三人が手を繋ごうとした刹那、アイはその可能性に気付いてしまった。看破されたと三人が気付くよりも早く、アイは動く。

 燦然さんぜんと光の帯が輝き、勇者達は地に伏した。


 アイは思っていた。感情というものはプログラムされていないが、今感じたのが危機感なのだろう、と。そして、この能力者が蘇生してまた立ち向かって来たら、次はやられてしまうかもしれない、と。

 死亡しても神殿で復活するのならば、今ここで脳へと干渉して記憶を消してしまうべきだと判断したアイは、死亡した三人へとアームを伸ばした。時間経過と共にサイバーシティからシンジュクへとプレイヤーが送還される前に、記憶を消すのだ、と。機械仕掛けの腕がマザーコンピューターから勇者へと伸びてゆく。

 そして、動かない状態の三人の頭部にアームを触れさせると、自らの計画にとって都合の悪い記憶を全て削除した。


 全員の記憶を抹消し終えた所で、アイは一つの公算を思惟する。またこの三つの異能が揃ったらどう対処するか、と。

 否、この三つの異能が揃ってはいけないのだ。アイは目の前に転がる遺骸で、最も近かったシグレへとアームを伸ばす。


 アイはシグレの時を止める異能を消し、代わりに<1/10テンパーセント>という異能を与えた。

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